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第六十八章 その一 ユーラシア決戦への気配

 メキガテル・ドラコンという最重要人物の消息が不明という事実は、レーア達にとっても、帝国軍側にとっても重大だった。

「メキガテルの死が確認されるまでは、奴は生存していると考えろ」

 帝国の大帝であるザンバース・ダスガーバンは各部署に通達した。彼はそれほどメキガテルの存在を重要視していた。しかし、さすがのザンバースでも、そのメキガテルと愛娘のレーアが結婚の約束までしているとは夢にも思っていなかった。

(奴はこの混乱を利用しようと考えているのかも知れん。油断はできん)

 数々の戦いでメキガテルに苦戦を強いられたのを思い起こし、ザンバースは煙草を灰皿にねじ伏せた。

「トップが生死不明なのは反乱軍にとって致命的です。今こそ畳みかける時かと」

 帝国軍司令長官を兼務するタイト・ライカス補佐官が進言した。ザンバースはゆっくりとライカスを見上げ、

「様子見程度にしておけ。メキガテルが消息不明という情報ですら、奴が仕掛けた罠だと想定する必要がある」

「は!」

 ライカスはそう応じながらも、いつになく警戒しているザンバースを不審に思っていた。

(大帝はお嬢様の事を気にしていない素振りをお見せだが、実は気になっているという事なのか?)

 彼はザンバースが慎重なのをレーアの存在に絡めて考えていた。

(お嬢様のお姿を見かけた者はいないから、戦場にはおいでになっていないはず。それならば何をそれほど躊躇われているのだ?)

 ライカスは大帝室を退室し、司令長官室へと向かう途中でもザンバースの弱気とも取れる発言の真意を想像していた。

「補佐官」

 司令長官室のドアノブに手をかけた時、情報部長官のミッテルム・ラードが声をかけて来た。

「ちょっとよろしいですか?」 

 ミッテルムは周囲を見てから囁いた。

「ああ。入れ」

 ライカスは目を細めたが、ミッテルムが何を企んでいようと今の段階では関係ないと判断し、中に招き入れた。

「何かね、ミッテルム?」

 ライカスはミッテルムをソファに誘導し、向かい合って座るなりそう切り出した。

「大帝はメキガテルの進撃に合わせるかのようにリトアム・マーグソンが動いた事を警戒されています」 

 ミッテルムはライカスに顔を近づけて言った。ライカスは目を見開き、

「リトアム・マーグソンだと?」

 彼は一度も直接顔を合わせた事はないのだが、救国の英雄の事はよく知っている。そして、ザンバースからも、

「この帝国復活の最大の障壁は反乱軍でも急進派でもなく、リトアム・マーグソンだ」

と言われた事がある。そのリトアムが動いたとなると、ザンバースが慎重なのも合点がゆくのだ。

「現在、情報部の総力を上げてマーグソンの捜索に当たっていますが、発見の報告をした部下全員が消息を断っています」

 ミッテルムの顔が険しくなった。彼なりに部下の死を悼んでいるのか、とライカスは思った。

「そのため、未だに奴の居所は掴めておりません」

 ミッテルムは鋭い目でライカスを見た。ライカスはギクッとしたが、

「もしや奴は大帝の暗殺を狙っているのか?」

「その可能性が高いかと。それにわざわざ人目に付くように大帝のお邸に現れ、旧知のマーガレット・アガシムと会うという念の入れようはそうとしか考えられません」

 ミッテルムの話にライカスは身を乗り出し、

「大帝はその事を御存知なのか?」

「もちろんです。私が報告しましたし、マーガレット自身が大帝に話をしています」

 ミッテルムは眉をひそめて続けた。

「マーグソンは口止めをしていないのか?」

「ええ。するだけ無駄だと悟ったのでしょう。お邸の周囲にいた部下達に気づき、ほんの数分で全員を倒してしまいました」

 ライカスは腕組みしてソファに寄りかかった。

「どうすればいいのだ? マーグソンを止められるほどの者はいないだろう?」

「悔しい限りですが、その通りです。私もこれ以上部下に無駄死にをさせるのは……」

 ミッテルムは俯いて言葉を切ったが、彼がそれほど情け深い人間だとは思っていないライカスは、ミッテルムのポーズだと思っている。

「マーガレットを尋問し、奴が立ち回りそうな場所を訊きましたが、彼女は本当に何も知らないようで、手の打ちようがありません」

 ミッテルムはもう一度ライカスを見て続けた。ライカスは腕組みを解いて、

「リトアム・マーグソンの捜索はお前に任せる。私は大帝にお心の内をお尋ねしてみる」

「わかりました」

 ミッテルムはライカスがソファを立って自分の机に歩き出した時、ニヤリとした。


 数ヶ月の間意識不明だったとは思えないほど、ナスカートは活発だった。メキガテルが消息不明のためにすっかり意気消沈してしまっている司令室の一同を叱咤し、指示を出し続けた。

(メックがそんな簡単に死ぬ訳がない。俺にできる事をするだけだ)

 ナスカートは戦況の把握と情報の整理をザラリンド・カメリスに一任し、他の者には地球各地の仲間への通信をさせた。どこの基地の者達も、ナスカートの復活を喜び、メキガテルの消息を憂えた。

「レーア」

 ナスカートは人心地つくと、忙しそうに歩き回るレーアに声をかけた。

「何、ナスカート?」

 レーアは持っていた荷物をステファミーに渡すと彼に近づいた。

「恋人がようやくお目覚めなんだぜ。お帰りのキスくらいしてくれてもいいんじゃないの?」

 ナスカートは大真面目な顔で言ってのけた。レーアは呆れ返りながらも、

(これがナスカートなのよね)

と思い直し、

「いつから貴方と私は恋人同士になったのよ、ナスカート?」

 そう言ってナスカートの額を指で突いた。

「お帰り、ナスカート」

 レーアはナスカートの右頬にキスした。それを見かけたタイタスが色めき立つが、イスターが止めた。

「ナスカートの奴、俺がどんなに心配したのか話した時は、ヘラヘラ笑ってたくせに!」

 タイタスが怒るのも無理はないのだ。イスターはいきり立つタイタスを見て苦笑いした。

「そうか、唇にはしてくれないんだ。俺が寝ている間に好きな男ができたな?」

 ナスカートはそう言いながら、

(俺、嫌な奴だなあ)

 自分に呆れていた。するとレーアは真っ赤になって、

「う、うるさいわね! 私が誰を好きになろうと、私の勝手でしょ!」

「あらま、図星って奴?」

 ナスカートはニッとした。レーアはプイと顔を背け、

「知らない!」

と言うと、また作業に戻った。


 ヨーロッパ解放戦線を北に展開しているカミリア・ストナーは、メキガテルの消息が不明なのを知り、ショックを受けていた。

「メックが行方不明なんて、大打撃だ……」

 しかし項垂れている訳にはいかない。ユーラシアを席巻しつつあるエメラズ・ゲーマインハフトの軍がまた進軍しているのだ。

(奴もメックが行方不明なのを知って、また攻勢をかけて来ている)

 いくら強気のカミリアでも、ここは援軍が欲しい。しかし、頼みの綱の南米基地は今は混乱状態で、自分達の事で精一杯だ。

(ナスカートが意識を回復したのが不幸中の幸いだけど、まだ彼も本調子じゃないし……)

 カミリアは進退窮まったと思った。


 そのゲーマインハフトは、メキガテル・ドラコンが消息不明と知ると、すぐさまカミリア達解放戦線の殲滅に動き出した。

(南米基地が身動き取れないのであれば、ザンバースはヨーロッパを固めようとするはず。その前にこちらの取り分を増やしておかないとね)

 彼はどこまでも狡猾であった。

(私は決してあんたの思い通りにはならないよ、ザンバース)

 ゲーマインハフトは揺れる装甲車の中でフッと笑い、グラスの酒をあおった。


 カミリア達は後退しながらゲーマインハフト軍の攻撃に反撃し、北限に追い込まれて行った。ゲーマインハフトは戦いがすぐに終わってしまうとザンバースに援軍を要請されると考え、カミリア達をまるでからかうように四方から追い込みながら攻撃し、次第にその輪を狭めていた。

 ユーラシア大陸の北限で苦戦を強いられているカミリア達の状況を知りながらも、レーア達は何も手が打てないでいた。制圧したジャマイ島は最前線基地としての機能をほとんど失っており、基地としての能力を取り戻すまでに数週間かかる。カミリアに援軍を送れば、その分最前線基地の展開が遅れ、帝国に反撃を許してしまう。レーアやナスカート達も手詰まりなのは同じだった。

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