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第六十七章 その三 還って来た男

 カリブ海の島の一つであるジャマイ島の帝国軍基地は、一人の指揮官の暴走で阿鼻叫喚の地獄に成り果てていた。黒煙が澄み渡った空を蹂躙し、炎が辺り一面を焼き尽くす。

「何で止めたんだ、イスター!? メックが炎の中にいたんだぞ!」

 両目を真っ赤にして、タイタスはイスターに掴み掛かっていたが、イスターはタイタスの言葉が聞こえないかのように彼を引き摺りながら、炎上する基地から離れていく。一刻も早く海に辿り着き、爆炎で熱くなった皮膚を冷ましたいと思ってしまうくらい、彼は辛かったが、それでも長年一緒にいるタイタスよりは冷静だった。

「お前を死なせる訳にはいかない」

 イスターはタイタスを見ずに応じた。


「くそ、何て事だ!」

 二班に分かれて上空に残ったメキガテル・ドラコンの親友であるカラスムス・リリアスは戦闘機に備え付けられた消火剤を散布しながら毒づいた。白い消火剤はまるで雪のように島に降り注ぎ、荒れ狂っている炎を少しずつ鎮めていく。最初はリリアス達の戦闘機に攻撃を仕掛けていた帝国軍の戦闘機も、同じく消火剤を散布している。戦いはそれを機に終了し、互いが協力しての消火活動となった。


 ナスカートの意識が回復したという朗報の直後、レーア達はジャマイ島の惨状を知った。

「そんな……」

 レーアはそう言ったきり動けなくなってしまった。ステファミーもアーミーも同様である。

「現場が混乱していて、正確な状況が把握できていないようです」

 比較的冷静なザラリンド・カメリスがコンピュータを操作しながら告げる。それでもレーアは呆然としたままだった。

(ナスカートがやっと目を覚ましてくれたのに……)

 メキガテルと喜びを分かち合いたいと思っていたレーアにとって、メキガテルが爆発に巻き込まれたらしいという情報は衝撃的だった。

「戻ります」

 いたたまれなくなった医師達はそっと司令室を抜け出し、医療室に戻って行った。


 司令室を出て、あてがわれた自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込んでいたマリリアは、メキガテルの事を知らずに天井を仰ぎ見ていた。

(メック……)

 彼女の大きな瞳から涙が零れる。届く事はないと思うメキガテルへの恋慕にマリリアの感情は昂ぶっていた。


 ジャマイ島の惨状は、艦隊戦を終結した帝国軍の艦船を通じて、首府アイデアルの大帝府にももたらされていた。

「基地の指揮官が精神錯乱を起こし、周囲を巻き込む形で自爆したようです」

 帝国軍司令長官に正式に任命されたばかりのタイト・ライカスは、蒼ざめた顔でザンバースに報告していた。

「それで、その場にいたメキガテル・ドラコンの生死は判明しているのか?」

 ザンバースは報告書を机の上に置き、ライカスを見上げる。

「いえ、確認されておりません」

 ライカスは身を固くして応じた。ザンバースは目を細めて、

「それが最優先の確認事項だな。メキガテルが死んだとなれば、反乱軍は崩壊する」

「はい」

 ライカスはザンバースを見た。しかしザンバースは目をインターフォンに向け、

「ミッテルムにつなげ」

と言った。


 そのミッテルム・ラードは、彼が率いる帝国情報部の工作員を通じて、別ルートでカリブ海会戦の顛末を知っていた。

(馬鹿者の暴走で基地を一つ失ったが、それ以上の成果があったかどうかだな)

 彼もメキガテルの生死がこの戦局を大きく動かすと考えていた。そんな時、ザンバースからの呼び出しが来た。彼は席を立ち、情報部のフロアを出た。

(メキガテルが生きていれば抹殺、死んでいれば組織として立ちいかなくなった反乱軍を心理的に追い込む)

 ミッテルムはニヤリとして廊下を大股で歩いた。


 レーア達より一足先に司令室を出て、ナスカートのところに来ていた元地球連邦月支部知事のアイシドス・エスタンは、医療ブースから普通のベッドに移されたナスカートに対面していた。

「よく戻って来てくれた、ナスカート君」

 エスタンが目を潤ませて手を握ったので、

「ありがとうございます。こんな事を言っては申し訳ありませんが、できれば手を握ってくれるのはレーアが良かったですね」

 ナスカートは事故以前と変わらない調子でそう言ったので、エスタンは苦笑いし、

「すぐにレーアさんも駆けつける。皆、君が意識を回復してくれたのを喜んでいるのだから」

と言うと、手を放した。ナスカートもそれに応じて苦笑いし、

「それより、戦況はどうなんですか? ヨーロッパやアフリカはどうなりましたか?」

 エスタンは手短にナスカートの意識がない間の出来事を話した。月基地がエレイム・アラガスの手で爆破され、帝国軍破壊工作部隊司令のヤルタス・デーラ達を巻き添えにした事、ミケラコス財団のアジバム・ドッテルが独自の軍隊を組織してザンバースに挑んだが、滅びた事。そして、ザンバースの秘書であったマリリア・モダラーが投降して来た事。

「マリリアがねえ……。で、やっぱり偽装投降でしたか?」

 ナスカートが尋ねた。エスタンは首を横に振り、

「それはまだわからない。私の見ている限り、彼女が我々に危害を加えようとしている素振りはない。只、その……」

 口籠りながらも、元南アメリカ州知事のナタルコン・グーダンがマリリアにたらし込まれた事を告げた。ナスカートは肩を竦めて、

「そうですか。裏情報じゃ、グーダンはあまり信用できないと言われていましたからね。まあ、大きな事にならないうちに発覚して良かったですよ」

 そう言いながらもニヤリとし、

「俺なら喜んでたらし込まれちゃって、メックにどやされてたろうから、意識がなくてちょうど良かったです」

などと戯けてみせた。するとそこへ医師達が戻って来た。

「あれれ、誰も来てくれないの?」

 ナスカートは少しショックを受けた顔で医師達を見上げた。

「それが……」

 医師達は重い口を開き、司令室で見聞きした事を二人に告げた。

「何て事だ……」

 エスタンは目を見開いて呆然とした。ナスカートは黙っていたが、スッと起き上がった。

「あ!」

 医師達が驚いて彼を制止しようとしたが、ナスカートは腕に付けられているたくさんのチューブを引き抜き、ベッドから出てしまった。

「そんな大変な事になっているのに、ここでのんびり寝ていられないですよ。さあ、どいて」

 しかし、ナスカートは完全に回復した訳ではないので、歩くのもままならない。

「無理ですよ、ナスカートさん」

 医師の一人が止めようとしたが、

「車椅子を貸してくれ。私が司令室まで連れて行くよ」

 エスタンが間に入って言った。


 ジャマイ島の爆炎はようやく収まり、巨大だった黒煙も細くたなびく程度になっていた。海辺まで避難していた双方の生存者達は港に取り付いた救護船に移っている。しかし、タイタスとイスターはそれを拒否し、焦げくさにおいが充満している基地跡に戻って行った。リリアス隊の半分も焼け焦げた滑走路に慎重に着陸し、敵味方の別なく、行方不明者の捜索を開始した。だが、見つかるのは炭化した死体ばかりで、生存者は発見されない。

「メック……」

 リリアスが涙を堪えながら呟く。彼の部下達も悲痛な表情で周囲を捜索している。

(あの不死身の男がこんなところで死ぬものかよ……)

 リリアスは泣くのはいつでもできると考え、再び捜索を開始した。イスターとタイタスは彼らに合流した。

「メックは絶対に生きてる……」

 タイタスは泣き腫した目でイスターに言ったが、それは自分に向けた言葉でもあった。


 レーアはメキガテルが未だに見つからないのを知り、不安におののいていた。

(ナスカートの意識が回復しても、貴方がいなくなってしまったら、喜べない、メック……)

 レーアばかりでなく司令室の一同は、基地の中心人物であるだけではなく、パルチザン隊の総隊長でもあるメキガテルの消息がわからないせいで、騒然としていた。

「何をしているんだ、お前ら。メックが知ったら激怒するぞ」

 そこへ車椅子に乗せられたナスカートが姿を現した。

「ナスカート……」

 レーアはナスカートの姿を見ると我慢していた涙をこらえ切れなくなって泣き出し、彼に駆け寄った。

「メックが、メックが……」

 そう言いながら泣くレーアを見て、

(そうか、メックとレーアは……)

 メキガテルとレーアの関係を感じ取り、少しだけ悲しくなったナスカートだったが、

「メックは無事だ。だから俺達にできる事を全力でする。それだけを考えろ」

 個人的な感情を押し隠して、檄を飛ばした。

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