第六十七章 その二 消える命、還る命
美しいカリブ海で地球帝国とパルチザン隊の艦隊戦が続いていた。撃墜された両陣営の戦闘機と艦船が炎上して撒き散らす油が青い海をどす黒く染めていく。
「総隊長、艦隊が総崩れになりつつあります! 援護を!」
通信機を通じて絶叫する空母の乗組員の声。パルチザン隊の全ての頂点に立つメキガテル・ドラコンは、歯噛みしながら操縦桿を引き、敵機を振り切りつつ、味方艦船に向かった。それにカラスムス・リリアス率いる戦闘機部隊が続く。
「カラス、お前は敵艦を攻撃しろ。イスターとタイタスは俺について来い!」
「了解!」
リリアス隊は再び帝国軍艦隊へと進路を変え、イスター機とタイタス機がメキガテル機を追った。
「艦船を全滅させられたら、俺達の戻る場所がなくなる。絶対に守り切るぞ!」
メキガテルがイスターとタイタスに通信機で言った。
「はい!」
イスターとタイタスは声を揃えて応じた。
「標的はメキガテル・ドラコンの戦闘機のみだ。雑魚は無視しろ。奴さえ落とせば、反乱軍は総崩れになる」
ジャマイ島前線基地の指揮官が通信機の怒鳴った。
(メキガテルを落としたとなれば、大金星だ)
彼は千載一遇のチャンスにニヤリとした。
メキガテル機と共に味方艦の援護に回ったイスターは、敵機の動きを不審に思った。
(何だ、こいつら? メックだけを集中的に攻撃しているぞ)
イスターは最初は敵が寄って来ないので少しホッとしていたのだが、彼らの目的がメキガテルだと気づいた。
「タイタス、敵はメックを集中攻撃するつもりだ。陣形を変えるぞ」
イスターは通信機でタイタスに呼びかけた。
「わかった!」
二人の機は、メキガテル機より上空で後方につけた。これで近づく敵を撃墜するつもりなのだ。
「どうした、イスター、タイタス? しっかりついて来い」
二人の動きに気づいたメキガテルが言った。
「敵はメックを狙っているんだ。この陣形の方がいい」
タイタスが応じた。するとメキガテルは、
「余計な事は考えなくていい」
と言うと、味方艦目がけて急降下する。
「わわ!」
イスターとタイタスは慌ててメキガテル機を追いかけた。更にそれを敵の戦闘機が追尾する。
リトアム・マーグソンが姿を消した後、ザンバース邸を監視していた黒尽くめの帝国情報部員達は彼の行方を追ってアイデアル中を捜索していた。しかし、リトアムの足取りは全く掴めなかった。
「足取りが掴めないではすまん! 何としても見つけ出せ!」
情報部長官のミッテルム・ラードは焦っていた。今度しくじれば、只ではすまないと感じているからだ。
「リトアムと接触したマーガレット・アガシムに事情聴取しろ。何か知っているかも知れん」
ミッテルムは情報部員の一人に命じた。
(こんな時に余計な動きをしおって! あのジジイ、只ではすまさんぞ)
ミッテルムは歯軋りし、右拳で机を殴った。
南米基地では、メキガテル達の苦戦が伝えられており、レーア、ステファミー、アーミーは気が気ではない。
「メック……」
レーアは時々刻々と情報が上げられていくスクリーンを見つめ、メキガテルの無事を願っていた。
(リームもディバートもケラルももう戻って来ない……。その上、貴方までいなくなってしまったら、私達はどうすればいいの? だから、必ず戻って来て、メック……)
そんな必死の思いのレーアを横目で見ながら、マリリアは複雑な顔をしていた。
(メックには無事でいて欲しいけど、この女と……)
このような状況下でも、マリリアはレーアに嫉妬している自分が怖くなった。
(私、一体……)
任務のために身体を投げ出したナタルコン・グーダンが半狂乱になって兵士に連行されるのを見て、メキガテルという男の信念を見た思いがしたマリリアは、レーアに対して殺意を抱きかけたが、もしレーアを手にかければ、メキガテルは躊躇うことなく自分を殺すと結論づけた。
(見苦しいだけだ……)
マリリアは自嘲気味に笑い、司令室を出て行った。レーア達はそれに気づかず、スクリーンを食い入るように見つめていた。
リリアス隊は戦闘機との空中戦を制しつつあり、中の数機が抜け出して、ジャマイ基地へと向かい始めた。それに気づいた他の帝国軍機がこれを追尾するため、反転した。
「よくやった、カラス!」
メキガテルも反転し、守備に回ろうとしている敵機を攻撃する。敵機は反撃する事なく、そのまま基地上空へと速度を上げた。
「味方機全機に通達! 制空権は押さえた! これより敵基地に進撃する!」
メキガテルが通信機に言った。イスターとタイタスの両機もメキガテル機に続き、空からの攻撃を受けなくなった味方艦船も反転攻勢に入った。
「何をしている!? 物量で圧倒しながら敗退したら、俺の立場はどうなるのだ!?」
指揮官は顔色をなくして周囲に怒鳴り散らした。部下達は自分の事しか考えていない指揮官に呆れ顔だ。すでに敗北は必至だった。
「制空権を押さえられた以上、もはや降伏か玉砕しかありません」
副官の言葉に指揮官は更に顔色を悪くした。
「ど、どうすればいいのだ……」
パニック状態に陥ってしまった指揮官は何も指示を出せなくなっている。身の危険を感じた部下達は、喚き散らす指揮官を放置し、そっと司令室を逃げ出してしまった。そして、我先にと投降を始めた。
「何だ、防戦もせずに白旗か?」
メキガテルは激戦になるのを覚悟して基地上空に来たのだが、基地の兵士達が白旗を掲げ、武装解除をしているのを見て拍子抜けしてしまった。
「何だよ、少しは抵抗してみせろよ、腰抜け共が」
リリアスが毒づいたが、イスターとタイタスはホッとしていた。
「罠の可能性も考えられる。警戒して着陸しろ」
メキガテルは戦闘機をゆっくりと基地の滑走路に降ろしながら、リリアス達に告げた。
「一応俺達は二班に分かれて降りるよ」
リリアスが安全策を講じた。彼が上空に残り、敵に不審な動きがあった時にはすぐに対応するつもりだ。
「よし、降りるぞ」
メキガテル機とイスター機、そしてタイタス機と続いて垂直下降して着陸し、リリアス隊の半分の十機も次々に降下した。
「罠ではなさそうだな」
メキガテルは機体から降りながら、銃器を地面に放り出して手を上げている兵士達を見て呟いた。
「投降したい。命だけは助けてくれ」
兵士の多くが震えながらメキガテルに懇願して来た。メキガテルはその様子をほんの少しだけ哀れに思った。
(こいつらだって、好きで戦争している訳じゃないんだよな)
メキガテルは苦笑いして、
「もちろんだ。我々は悪魔ではない。投降者は歓迎する」
と応じた。すると、
「てめえら、何勝手に投降してるんだよ! 許さんぞ、そんな事、許さんぞ!」
建物の中から狂乱気味の指揮官が飛び出して来た。
「貴様がこの基地の指揮官か?」
メキガテルは一人違う軍服を着たその男に尋ねた。指揮官はメキガテルを睨みつけて、
「貴様がここを攻めなければ、俺の人生は順調だったんだ! 貴様のせいで!」
メキガテルは指揮官の異様さに眉をひそめた。
(何だ、こいつ?)
次の瞬間、指揮官が軍服のボタンを引き千切るようにして前を開いた。彼は手榴弾を何個も身に着けており、そのピンを容赦なく抜いた。
「もう俺はおしまいだ! 貴様を道連れにしてやる!」
指揮官は涙を流しながら絶叫すると、大声で笑い出した。
「メック!」
イスターとタイタスが叫んだ。メキガテルは反射的に二人を突き飛ばした。その時、手榴弾が起爆した。
「うわあ!」
手榴弾を身体に着けていた指揮官は跡形もなく吹き飛び、そばにいた兵士達の多くも吹き飛ばされた。更に悪い事にそのそばに燃料タンクがあり、それに引火してしまった。
「メック!」
上空からその惨状を見ていたリリアスが叫んだ。メキガテルは手榴弾の爆発からは逃れられたのだが、燃料タンクに引火しての爆炎からは逃れ切れなかった。彼の姿は炎に飲み込まれ、見えなくなってしまった。
「メック!」
イスターとタイタスが叫んだが、メキガテルからの応答はなかった。燃料タンクへの引火はそれだけでは終わらず、次々に誘爆を始めた。基地一体は地獄絵図さながらになり、黒煙がカリブの青空を覆っていった。
「タイタス!」
焔の中に飛び込もうとするタイタスを引き止め、イスターは爆炎から逃れた。
「ナスカートの意識が戻った?」
レーアは司令室で医師からそう告げられていた。




