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第六十七章 その一 命散る戦場

 ザンバース・ダスガーバン邸の庭園の片隅にある東屋で、レーアの世話係であったマーガレット・アガシムと旧帝国打倒の英雄であるリトアム・マーグソンはハーブティを飲みながら歓談していた。ザンバースが新に興した地球帝国とメキガテル・ドラコンが率いるパルチザン隊の最終決戦が始まっているとはとても思えない空間だ。

「三十年ぶりにお会いすると、何だかとても気恥ずかしいですわ」

 マーガレットは少女のように含羞はにかんだ笑顔で言った。リトアムはカップをソーサーに置いて、

「それは私もです。年老いて枯れ木のようになってしまいましたから」

 三十年前、マーガレットはまだ三十代、リトアムは六十代。親子ほども歳が違うとは言え、リトアムはその当時救国の英雄であったので、夫を戦争で亡くしたマーガレットにとって、彼は異性と言うより神に近い存在であった。そのリトアムのすすめでザンバースの邸に勤めるようになって、誰よりも長くザンバースを見て来た彼女は、今のザンバースの行動が信じられない。ある者は「とうとう本性を現した」とか、「優秀な兄がいなくなったので、自分の時代だと勘違いしている」などと口さがない事を言うが、マーガレットにとってザンバースはそのような野心家にはどうしても思えないのだ。

「マーグソン様、旦那様の事、どう思われますか?」

 マーガレットは憂いをたたえた目でリトアムを見た。リトアムは口に持っていったカップを止めてマーガレットを見返す。

「急いでいる。何かにき立てられているように見えます」

 リトアムの謎めいた言葉にマーガレットは目を見開いた。

「私も、彼の変わりようには驚いています。エスタルトでさえ、驚きを隠していなかったほどです」

 リトアムはハーブティを一口飲んでから、

「今やザンバースは彼の父アーベル以上になってしまっている。味方の命も気にかけない戦術は凄まじいとしか言えない」

 マーガレットは空になったカップにポットからハーブティを注ぎながら、

「やはり、奥様のミリア様がお亡くなりになったのが原因なのでしょうか?」

 彼女はそう言いながら溢れる涙を慌てて拭った。しかしリトアムは首を横に振り、

「いや。ミリアさんの事は切っ掛けに過ぎない。エスタルトですら、ザンバースの変貌はミリアさんの死が切っ掛けだと考えていたようだったが、そうではないと思えて来ました」

 マーガレットはポットをテーブルに置きながらリトアムを見る。

「そう思われるのは何故ですか?」

 リトアムはマーガレットが怯えているように見えたので、優しく微笑み、

「もし、只単にザンバースが残虐になり、暴君になろうとしているのであれば、まだ十分利用価値があったミケラコス財団を見限って潰したり、優秀な部下を些細な事で処分したりせず、地球帝国を盤石なものにするために利用するはずです。私が急き立てられているようだと言ったのは、それなのですよ」

「では旦那様は何をなさろうとしているのですか?」

 マーガレットの目から涙が零れた。リトアムはそれを優しく指で拭い、

「それはまだわかりません。ただ一つ言える事は、ザンバースは命懸けで行動しているという事です」

「命懸け?」

 マーガレットはリトアムに涙を拭われた事に赤面しながら首を傾げた。

「はい」

 リトアムはその時、邸の周囲に何者かがうごめくのを感じていた。

(私がここへ来た事をすでに察知しているのか……)

 リトアムは静かにテーブルから離れた。マーガレットはハッとしてリトアムを見上げた。

「どうなさいましたか、マーグソン様?」

 リトアムは周囲に気を配りながらもマーガレットに微笑み、

「もう行かなくてはなりません。私もこの戦争を悲劇的な終結から回避させたいので」

「え? それはどういう……?」

 更にマーガレットが問いかけたが、

「失礼」

 リトアムはすでに九十歳を超えているとは思えない速さで東屋から走り去ってしまった。

「マーグソン様……」

 マーガレットは唖然としていたが、

(まだ昔話に花を咲かせる時ではないのですね……)

 また彼女の目から涙が零れた。


 時を同じくして、アイデアルから遠く離れたカリブ海では、パルチザンと帝国の艦隊戦が続いていた。一時押され気味だったパルチザンの航空部隊だったが、総隊長のメキガテルが参戦した途端士気が上がり、戦況が逆転した。しかし、空は盛り返したものの、海戦の方が苦戦を強いられ始めた。

「空母三番艦、大破! 巡洋艦三隻撃沈!」

 悲痛な報告が通信機から伝えられ、戦闘機を操るメキガテルは歯軋りしていた。

「物量が違い過ぎる……。ザンバースめ、読んでいたのか……」

 メキガテルは敵艦の攻撃を引きつけるため、高度を下げた。

「総隊長に続け!」

 メキガテルの親友であるカラスムス・リリアスが率いる剛腕揃いの戦闘機部隊がメキガテル機を追尾した。

「イスターとタイタスは反対側に回り込め!」

 リリアスは続こうとする二人に指示した。タイタスとイスターは機を反転させ、敵艦隊の後方へ回り込もうとした。するとそこへ帝国軍の爆撃機が立ち塞がり、空中戦が始まった。

「こんなところで!」

 タイタスはまだ意識を回復しないナスカート・ラシッドに直接謝罪するまでは絶対に死ねないと思っている。だからここで堕ちる事はできないのだ。

「俺だって!」

 イスターもまた、長年の思いが叶い、ステファミーとかわした約束を思い出している。

(ステフにもう一度会うんだ!)

 個人的な事情で戦う二人であったが、それが戦果に結びつけばいいとリリアスは思っていた。


 南米基地には、リアルタイムでカリブ海の戦況が伝えられていた。レーアとステファミーとアーミーは支え合うようにして司令室で戦況を見守っている。

(メック……)

 レーアに対しては冷ややかな態度のマリリアも、パルチザンが不利だと知るとメキガテルの事を心配していた。

(見送らなかった事を後悔させないで、メック……)

 信仰心の欠片かけらもなかったマリリアは、その時初めて神に祈りたくなった。

「戦況はどうなのかね?」

 そこへのこのこと現れたのは、マリリアに溺れてメキガテルに事実上の謹慎を言い渡されていた元南アメリカ州知事のナタルコン・グーダンだった。司令室の一同は彼の登場にギョッとした。

(この豚が……)

 マリリアはヨレヨレのスーツに皺だらけのシャツを着たグーダンをさげすむような目で見た。

「マリリア、どうなんだ、教えてくれ」

 グーダンはマリリアを見ると下卑た笑みを浮かべ、彼女に近づいた。

「近づかないで、汚らわしい!」

 マリリアはグーダンから走って逃れ、男性兵士の背後に隠れるように立った。兵士はマリリアを庇って立ち、

「グーダンさん、総隊長の許可が出ておりませんので、お部屋にお戻りください」

 グーダンはその兵士の言葉が聞こえていないのか、ニヤニヤしながら更にマリリアに近づこうとした。

「取り押さえろ!」

 兵士のリーダーが命じた。巨漢のグーダンを取り押さえるために五人の兵士が彼に飛びかかった。

「な、何をするんだ!? 私はこの基地の最高幹部だぞ!」

 グーダンは血走った目で兵士達を睨み、抵抗したが、屈強な五人に取り押さえられ、動けなくなった。

「さあ、お部屋にお戻りください、グーダンさん」

 グーダンは何かを喚きながら司令室から連れ出された。

(何て事なの……)

 レーアはそんなグーダンの姿を見て驚いていた。そして、マリリアを見た。しかしマリリアはレーアの視線を避けるように顔を背けてしまった。レーアはマリリアを見るのをやめて、再び戦況に耳を傾けた。

(メック……)

 レーアもマリリア同様、神に祈りたくなっていた。


 ザンバースは首府アイデアルの大帝府の中にある大帝室で、リトアム・マーグソンが行方不明になった事とカリブ海会戦の戦況の報告を受けていた。彼の机の向かいには、深刻な表情の情報部長官のミッテルム・ラードと晴れやかな表情のタイト・ライカス補佐官が並んで立っていた。

「マーグソンは危険人物だ。何としても見つけ出せ」

 ザンバースは目を細めてミッテルムに命じた。

「は」

 ミッテルムは俯き加減で敬礼した。ザンバースは視線をライカスに移した。

「カリブ海の会戦は帝国軍の優勢です。もうすぐ勝敗が決すると思われます」

 ライカスは久しぶりの戦勝報告をできそうなので顔がほころんでいる。

「油断するな、ライカス。敵艦隊にはあのメキガテル・ドラコンがいるのだ」

 ザンバースがライカスを睨みつけて言ったので、ライカスはギクッとしてしまった。

「南米基地は難攻不落と言われていた。しかし、奴はそこを占拠し、今なお北米大陸を窺っている。甘く見ると、手痛い竹篦しっぺ返しを食らう事になるぞ」

 ザンバースはそう言うと背を向けた。ライカスの顔に嫌な汗が流れるのを見て、ミッテルムはほくそ笑んだ。


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