第六十六章 その二 出撃
まだ朝靄が煙っている南米基地のヘリポートに対帝国軍奇襲部隊として編成されたメキガテル・ドラコン率いる小隊が集結していた。構成員は隊長のメキガテル、副隊長のカラスムス・リリアス、リリアスの直属の屈強な部下達二十人、レーアの高校時代の同級生であるイスター・レンド、タイタス・ガットである。イスターとタイタスはさすがに緊張して来たのか、震えが止まらない。
「怖いのか?」
二人が震えているのに気づいたリリアスが尋ねる。すると負けん気だけは強いタイタスが、
「いえ、怖くなんかありません!」
リリアスはタイタスをジッと見て、
「それは間違いだ。怖いという感情を押し殺そうとすると、死ぬぞ」
「え?」
意外な事を言われた気がして、タイタスはイスターと顔を見合わせた。
「怖いと思わないという事は、危険を危険と思わないという事に繋がる。戦場では一瞬の判断ミスが命取りになる。常に怖がりながら行動しろ。その方がいざという時に的確な対処ができる」
リリアスはタイタスとイスターを交互の見て言った。
「はい」
リリアスの言葉で多少は落ち着けたのか、タイタスとイスターは彼の目を見てゆっくりと頷いた。
「大丈夫かな、タイタスとイスターは……」
彼らの様子と離れた場所から見守っているレーアが呟く。ステファミーがそれを聞いて、
「大丈夫と思うしかないわ。私達にできるのは、みんなが帰って来た時に温かく迎えて、抱きしめたあげる事だけよ」
ステファミーはイスターが自分の事をずっと思っていてくれたのを知り、彼と約束をした。戦争が終わった時、必ずお互い生きていようと。
「そうね……」
レーアはステファミーの言葉に微笑み、今度はメキガテルを見た。彼は一緒に行く仲間一人一人に声をかけているところだった。
「後方支援を手を尽くしてしましょう。銃後にいる我々の使命ですから」
ザラリンド・カメリスが言った。大きく頷いているのは、アーミーである。彼女は未だに彼に思いを告げていないが、カメリスは薄々アーミーの気持ちを感じてるようだ。只彼は亡きクラリア・ケスミーの事を完全に吹っ切れていないので、自分からはアーミーに近づけないでいる。
「はい」
レーアとステファミーはカメリスを見て頷いた。
やがて、メキガテル達は南米基地から北にある仮陣営で待つ別の部隊と合流するため大型ヘリコプターに乗り込む事になった。基地にいる人達のほぼ全員がヘリポートに集まり、最後の戦いに向かう彼らを見送った。
「メック、必ず生きて帰って」
レーアは涙を浮かべてメキガテルの手を握る。メキガテルはフッと笑って、
「ああ。もちろんそのつもりだ」
レーアは感情が昂ぶったせいか、いきなりメキガテルに抱きつき、キスをした。タイタスとリリアスがギョッとしたが、それを見ていたステファミーもイスターに抱きつき、キスをした。
「ス、ステフ……」
イスターは顔を真っ赤にしてステファミーを見た。ステファミーは涙を拭いながら、
「生きて帰ってよね。でないと私、一生結婚できないかも知れないから」
その言葉の重大さに気づき、イスターも涙を流した。
「絶対に生きて帰るよ、ステフ。その時は必ず……」
「うん!」
ステファミーはもう一度キスした。キスをし終えて離れたレーアとメキガテルは、ステファミーとイスターを見てクスッと笑った。
「羨ましそうに見てるなよ、タイタス」
リリアスが泣きそうな顔のタイタスに囁いた。
「健闘を祈る。こんな事しか言えないのが悔しいが」
ようやく傷が完治して普通に歩けるようになったアイシドス・エスタンがメキガテルに言った。
「いえ、そのお言葉で十分です。必ずこの一戦で戦争を終わりにします」
メキガテルはエスタンと握手を交わすと、ヘリに乗り込んだ。
その頃、北米大陸のケベック地方区に居を構えるリトアム・マーグソンは毎朝の日課の薪割りをしていた。
「風向きが変わったな」
彼はエスタンを通じ、メキガテル達が最後の戦いを挑むのを知らされていた。
「機は熟したのか……。 ザンバースは一体何を考えているのだ?」
彼は斧を振り上げ、薪を割った。
「さて、山を下りる時かな」
マーグソンは斧を置くと、小屋の中に入って行った。
汚名を返上するため、北米中に散っていたパルチザン達の動きを部下達に探らせていた帝国情報部長官のミッテルム・ラードは、マーグソンが山を下りたと言う情報を得ていた。
(旧帝国打倒の影の立役者であるマーグソンが動いただと? 何をするつもりだ?)
ミッテルムはしばらく考え込んでから、
「マーグソンから目を離すな。奴は急進派とも繋がりがある。何かをするつもりかも知れん」
と報告した部下に命じた。
(南米基地の主だった連中が動いたと聞く。いよいよアイデアルへ向けて進軍するつもりなのか?)
ミッテルムはパルチザン達の戦力を分析していた。その結果、まだ帝国軍の十分の一にも達していない事を把握している。
(だが、連中の得意なのはゲリラ戦だ。戦力の比較だけでは勝敗は計れない)
ましてや、今回はパルチザン隊の総隊長であるメキガテルが動くのだ。闇雲に特攻を仕掛けるという事は考えられない。
(北米各地の反乱軍が次々に集結しては姿を消しているというのも気にかかる。何をするつもりなのだ?)
ミッテルムの眉間に深い皺ができた。
(それから、あの牝狐だ。また最近脳波受信用のチップが激しく反応しているのはどういう事だ?)
ミッテルムはマリリアの感情がまた昂ぶっているのを探知していた。だが、それが何故なのかはわからない。
先発部隊がゲーマインハフト軍と交戦状態に入ったカミリア・ストナー率いるヨーロッパ解放戦線は、メキガテル達と北米のパルチザンが一斉に行動を開始した事を知った。
「私達の役目は、ゲーマインハフト軍をできるだけ引きつける事」
カミリアは後退しながら迎撃する戦法を指示し、深追いや突出を禁じた。
(ゲーマインハフトの事だから、そんな見え透いた作戦に乗ってくるとは思えないけど……)
カミリアはそう思っていたが、ゲーマインハフト軍は彼女の予想を超えて、進撃して来ていた。
「どういうつもりなの、あいつ?」
カミリアにはゲーマインハフトの考えが理解できない。
(何か考えがあるというの?)
カミリアは謀略家で有名なゲーマインハフトの行動を訝った。
そのゲーマインハフトはカミリアの作戦に乗った訳ではなかった。彼は帝国軍本隊の救援に向かいにくい状況を作り出そうとしていた。
(北米大陸から離れれば、救援は難しくなる。どちらかと言えば、ザンバースと反乱軍の共倒れになるのが理想だけどね)
彼はそんな深い考えがある事を部下の誰にも話していない。どこにザンバースの放ったスパイがいるかわからないからだ。
(昔の諺で言う漁夫の利(profiting while others fight)だね)
彼はフッと笑い、右手に持ったグラスのワインをあおった。
「どちらにしても、傷は浅くすませたいものさ」
彼のその言葉を聞いた部下達は意味がわからず、互いに顔を見合わせて首を傾げた。
ザンバースはさまざまな部署から上げられてくる情報に目を通しながら、煙草を燻らせていた。
(マーグソンが動いたか。あの男は一番危険だが、今は奴を止める人員が惜しいところだな)
マーグソンが旧帝国との戦いで大きな力を振るったのは一番近くで彼の活躍を観ていたザンバースが誰よりもよく知っている。今は亡き兄エスタルトを除いては。
(それにしても、どこへ行くつもりだ? いくらあのジイさんが健脚でも、南米までは行けはしない)
マーグソンの行動は、さすがのザンバースにも見抜けなかった。
(それに引き換え、ゲーマインハフトの行動はわかり易いな。余程北米を救援したくないと見える……)
ザンバースは最初からゲーマインハフトの援軍など期待してはいない。むしろ救援に来られた方が厄介だと考えていた。
(奴は危険な賭けには出ないタイプだが、チャンスは見逃したりはしない。遠方で消耗してくれた方がやり易いというものだ)
ザンバースはゲーマインハフトをとことん利用しようと考えているのだ。
「大掃除にはまだ手間も時間もかかりそうだがな」
彼は謎の言葉を吐くと、椅子に深く沈み込み、目を閉じた。
「メック……」
マリリアはメキガテルの許可が出て監禁室から解放されたが、その日がメキガテルの出撃の日だったので、酷くショックを受けていた。彼女だけは与えられた部屋に籠り、メキガテル達を見送る事はしなかった。メキガテルに対する恋愛感情はますます強くなっていたので、ミッテルムの仕込んだチップが反応したのだ。
(このまま会えなかったりしたら、どうにかなってしまいそう……)
かつてザンバースに誰よりも近く、絶大な権力を手中にしていた面影など、今のマリリアには微塵もなかった。
「ああ……」
マリリアの右手が秘所に伸びた。彼女は押さえ切れない自分を慰めていたのである。




