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第六十五章 その三 北限の戦い

 ユーラシア大陸とアフリカ大陸の覇権を手にしたエメラズ・ゲーマインハフト率いる東アジア州帝国軍は、パルチザンのカミリア・ストナー達が所属するヨーロッパ解放戦線の一団を次第に追いつけていた。カミリアは戦略的撤退をし、ゲーマインハフトの軍をできるだけ南北アメリカ大陸から引き離そうとしていたが、それも徒労に終わろうとしていた。

「何だって?」

 カミリアは北に先発していた部隊からの報告を受けて驚愕していた。帝国軍の別動隊が北海から迂回して北極海まで到達し、上陸作戦を展開しているというのだ。

「恐らく、帝国軍の本隊かと思われます」

 伝令兵は言い辛そうに告げた。カミリアは隣にいるドラコス・アフタルを見た。

「挟み撃ちということか?」

 アフタルは独り言なのか質問なのかわからないような声で呟いた。

「ということは、帝国の中枢は手薄になっている可能性があるのか?」

 カミリアが尋ねると、伝令兵は首を横に静かに振り、

「いえ。北極海に派遣された部隊は少数です。本隊の大半はそのままアイデアル周辺に留まったままです」

「ならばこのままだ。帝国軍本隊が少数であるなら、そちらを先に撃破し、ゲーマインハフト軍を迎え撃つ」

 カミリアはアフタルを見てから伝令兵を見た。

「そうだな。ゲーマインハフト軍の進軍はあまり早くない。我々の罠を警戒しているようだ。カミリア君の判断に従うのが最適だ」

 アフタルもそう言って伝令兵を見た。


 カミリア達を追撃している形のゲーマインハフト軍であったが、司令官のゲーマインハフトは不機嫌そうに大型装甲車のキャプテンシートに身を沈めたままだ。

(本隊は派遣されただけで、指揮権がライカスの阿呆にあるのでは、こちらには何も旨味がない)

 彼は帝国軍の本隊をおとりに使い、自分達の部隊の被害を最小限に抑えようと思っていたのだ。

(そうはさせないという事か、ザンバースめ)

 忌忌いまいましかったが、現段階ではどうする事もできない。

(遥か上空にある衛星兵器は反乱軍だけを狙っている訳じゃないだろうからね)

 ゲーマインハフトはチラッと天井を見やり、舌打ちした。するとそこへ彼にとっては朗報となる話が舞い込んで来た。

「反乱軍は進軍速度を速め、我が軍を突き放しにかかっております」

 陸上部隊の隊長がゲーマインハフトを上目遣いで見ながら告げた。ゲーマインハフトはシートに更に沈み込み、

「我が軍は速度そのまま。ライカス補佐官に連絡を取れ」

と通信士に命じた。

(本隊の数を知って、あちらを先に叩くつもりかい? いい判断だよ、お嬢ちゃん)

 ゲーマインハフトは物腰は女性的だが、決して男が好きな訳ではない。彼は反乱軍を叩き潰したら、噂になっている美しきリーダーのカミリアを抱きたいと思っているのだ。

(私がお前をいただくまで死ぬんじゃないよ、カミリア)

 彼は舌舐りして右の口角を吊り上げた。


 帝国軍司令長官を正式に拝命したタイト・ライカスは、カミリア達の軍が進軍速度を上げて、北米大陸から派遣した部隊に向かい始めたのを知らされ、意外に思っていた。

「こちらの方が少数だから先に潰そうという事か? 浅はかな指揮官だな」

 ライカスは最新鋭の兵器を有する派遣部隊を甘く見ているパルチザンを哀れんだ。

(無理もないか。連中には我が部隊の情報は数しかない。それ以上は知り得ないだろうからな)

 ライカスは目の前のテレビ電話の受話器を取り、

「全軍に通達。すみやかに反乱軍を撃滅せよ」

と命じた。


 カミリア達の軍がゲーマインハフトと帝国軍本隊に挟み撃ちにされようとしているのは、レーア達がいる南米基地にも伝えられていた。

「応援部隊を送るべきだ、メック」

 司令室でカラスムス・リリアスが進言した。しかし、アイシドス・エスタンは、

「時間的に間に合わない。それに大部隊を派遣すれば、衛星兵器で狙い撃ちにされる」

「しかし、このままではカミリアの部隊はなぶり殺しにされますよ!」

 リリアスが苛立った顔でエスタンに反論した。

「カラス、カミリア達を信じよう。これまで戦い続けてこられたのは、決して彼女達が強運だったからではない」

 メキガテルはリリアスの肩を叩いて彼をなだめた。

「メック……」

 リリアスは何か言い返したそうだったが、諦めて口をつぐんだ。誰もがリリアスと同じ気持ちなのだ。しかし、南米大陸からどれほどの部隊を派遣しようと、アフリカとヨーロッパを押さえられたパルチザンには、進路がないのだ。

「そして送れない理由がもう一つある」

 メキガテルはリリアスの顔を見て続ける。

「陽動の可能性だ。俺達が部隊を送れば、ザンバースは間違いなくこちらに帝国軍の本隊を送り込んで来る。それは避けたい」

 メキガテルの読みにリリアスは息を呑んだ。

「今までヨーロッパの戦いを静観していたザンバースが増援を送った理由は只一つ。俺達を動かすためだ。俺達がヨーロッパへと動けば、奴はたちまちここを攻めるだろう。ヨーロッパを守れても、ここを落とされては元も子もない」

 メキガテルは司令室にいる一同を見渡しながら話す。

「そして、更にもう一つ行かない理由がある」

「え?」

 レーア始め、そこにいた全員がメキガテルを見た。メキガテルはニヤリとして、

「俺達はヨーロッパではなく、北アメリカ大陸に向かう」

 レーア達女子は仰天したが、リリアスと彼の部下達は歓声を上げた。

「ザンバースが俺達を動かそうというのなら、それに乗ってやろうというのが今回の作戦だ。但し、奴が提案したヨーロッパ旅行はキャンセルするけどな」

 メキガテルは天井のスクリーンに北アメリカ大陸を表示した。

「今まで膠着状態だった西岸のサラミス基地も、帝国軍の一部が東方へ移動したので、グランドキャニオン基地周辺は安定するだろう。そして、北米大陸各地に散らばっていた同志達が一点に集まりつつある。陽動を兼ねての一斉蜂起にも着手できそうだ」

 レーアはメキガテルがいつそこまで段取りを組んでいたのかと思い、びっくりしていた。

「しかし、補給路の確保が難しいですね。先日のネメスの汚染で、各所に支障が出ています」

 ザラリンド・カメリスが言った。先程まで嬉しそうに話を聞いていたアーミーだったが、愛しのカメリスが否定的な意見を述べたので、一気に沈んでしまった。

「わかっています。ですから、ここからは最小部隊で出ます」

 メキガテルはそう言ってリリアスを見る。

「おう、その方がいい。北アメリカ旅行は貧乏旅行になりそうだから、こじんまりと行こうぜ」

 メキガテルは心配そうな顔のレーア達を見ながら、

「危険なのは承知だ。しかし、俺達が行動しないと、本当にカミリア達は嬲り殺しになってしまう。この作戦は、ヨーロッパの帝国軍を引き揚げさせる事も考えたものなんだ」

「それを言われると……」

 レーアはエスタンやステファミーと顔を見合わせてからメキガテルを見た。


 カミリア達の軍は北極圏を越え、南下して来た帝国軍本隊と衝突した。最新鋭の戦車と戦闘機の攻撃で次々に死者を出し、戦線は散り散りになってしまったが、各所でゲリラ戦も成功し、数多くの敵機を撃墜し、戦車を破壊した。それは始めは小さな反撃であったが、やがて戦車部隊を全滅させ、敵の戦線を立ち切るまでに至っていく。

「正面から行くな! 散って遠巻きに攻撃しろ!」

 カミリア自身もホバーバギーを駆り、戦線を走り抜けた。戦いは激烈を窮め、敵味方双方に甚大な被害をもたらした。街そのものが消失するような帝国軍の攻撃であったが、士気に優るヨーロッパ解放戦線が善戦し、帝国軍本隊は次第に後退し始めた。カミリア達はゲリラ作戦を続けつつ、無傷で手に入れた戦車を使い、一転攻勢に出た。


 戦況が不利だと知らされたライカスは蒼くなった。

「バカな……。圧倒的な戦力差だったはずが……」

 彼は絶望的になっていた。

(このままでは、私はリタルエス・ダットスと同じになってしまうではないか……)

 そこまで考えが至った時ライカスは背筋が凍る思いがした。

(まさか……)

 ライカスは、かつて帝国軍司令長官であったリタルエス・ダットスの堕ちていくさまを思い起こしていた。

(使えない者は容赦なく切り捨てる。それがザンバース・ダスガーバン……)

 ライカスの額に幾筋もの汗が流れた。


 その頃、ザンバースは大帝室の椅子に身を沈め、煙草をくゆらせていた。

「また一歩前進、か」

 彼は帝国軍本隊が壊滅的打撃という一報を受けたにも関わらず、ニヤリとした。

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