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第六十五章 その二 もう一つの戦い

 ヨーロッパ解放戦線のリーダーであるカミリア・ストナーは南米基地周辺で起こっている変死の報告を受け、驚愕していた。

「帝国は本気だ。本気で私達を潰そうとしている」

 カミリアはレーアがいる南米には、ザンバースは攻撃を仕掛けず、ヨーロッパが決戦の地になると予測していたのだ。

(ザンバース・ダスガーバンという男を甘く見ていた。あの男は自分の娘すら犠牲にしてもかまわないのか)

 カミリアは迫り来るエメラズ・ゲーマインハフト軍をどこで迎え撃つか考えていたのだが、ザンバースの動きを知り、できるだけ引きつける作戦を考えた。

「帝国が本当に潰したいのは、メックのいる南米基地。ヨーロッパはついででしょう。だからこそ、ゲーマインハフト軍と帝国の本部軍を合流させてはならないと思うんです」

 カミリアは西アジア州元知事のドラコス・アフタルを交えた作戦会議で言った。

「敵もそう考えているだろうね。君とメキガテル君を合流させてはいけないと」

 アフタルは腕組みをしてカミリアを見た。カミリアは頷き、

「そうですね。しかし、衛星兵器で頭上を押さえられている私達には、大きな動きをする事ができませんから、密に連絡を取り合い、敵を撃破する。それしかないと思うんです」

 カミリアは会議に使われている円卓に並んだパルチザンの各支部リーダーを見渡しながら言った。

「それにゲーマインハフトには何としても一矢報いたいんです。奴の残忍なやり方で、東アジアの仲間達がたくさん命を落としていますから」

 カミリアは最後にアフタルを見た。

「追いつめていたはずの奴がいつの間にか自分達の背後に迫っている。これほどの屈辱はないな」

 アフタルもカミリアを見て頷いた。


 多くの者に恨まれながらも、着実に自分の地位を向上させ、版図を広げているゲーマインハフト率いる陸上部隊と航空部隊は、確実にカミリア達ヨーロッパ解放戦線を追いつめつつあった。ゲーマインハフトはヨーロッパ州帝国軍の司令官だったカリカント・サドランやオセアニア州帝国軍司令官だったメムール・ラルゴーのように勝利に酔いしれるような性格ではない。彼はあまり反撃せずに後退するパルチザンの動きを不審に思っていた。

「連中、どこまで退却するつもりだい? まさか北極海まで下がるつもりじゃないだろう?」

 大型装甲車の中で、ゲーマインハフトはカミリア達の思惑を見抜きつつあった。

「あまり調子に乗って深追いするんじゃないよ。最終決戦は北米大陸なんだ。それまで戦力は温存しなくちゃね」

 ゲーマインハフトはあわよくば帝国を乗っ取ろうとも考えている。しかし、だからと言って哀れな死を遂げたアフリカ州帝国軍司令官のタムラカス・エッドスのような末路は辿りたくはない。彼の狙いは労せずして目的のものを手に入れる事だ。

(まだ今のところは帝国が圧倒的に優位だ。このままの状態なら、ザンバースを見限る理由はない)

 あくまでも冷静な男なのである。ところがそんなゲーマインハフトの戦術を変更せざるを得ない連絡が帝国本部から入った。

「司令官、ライカス補佐官からです」

 通信士が振り返って告げる。ゲーマインハフトは不機嫌そうに通信士を見て、

「こちらに回せ」

と言うと、手許にあるテレビ電話の受話器を取った。

如何いかがなさいましたか、補佐官?」

 ゲーマインハフトは愛想笑いを浮かべてモニターに映るタイト・ライカスに尋ねた。ライカスはゲーマインハフトを見て、

「軍本部より、陸上部隊一個師団、航空部隊二個師団、海上部隊三個師団を北海経由で差し向ける事になった。ヨーロッパにいる反乱軍の残党をそれらと挟み撃ちにし、殲滅せよと大帝がおおせだ」

 ライカスはあくまで事務的に言った。ゲーマインハフトは顔では笑って見せたが、腹の中では怒り心頭だった。

(ザンバースめ、私の戦力を温存させないつもりか?)

 彼は歯軋りしたくなるのを堪え、

「了解です、補佐官。反乱軍の残党を増援部隊と連携して殲滅致します」

「海上部隊にはバトルフィールドカンパニーの最新鋭戦車と戦闘機を搭載させている。お前の軍にも配備するために全部で五百確保した。ありがたく受け取れ」

 ライカスはゲーマインハフトが苛ついているのを見抜き、ニヤリとしてそう言った。

「はは!」

 ゲーマインハフトは怒りを押さえ、敬礼した。


 ライカスはゲーマインハフトとの交信を終えると、すぐにザンバースの元に行った。

「ゲーマインハフトの反応はどうだった、ライカス?」

 ザンバースは椅子に沈み込んで煙草の煙を吐き出しながら尋ねた。ライカスはカチンと踵を合わせて、

「面食らった顔をしておりました。大帝のご推察通り、あの男は戦力の出し惜しみをするつもりだったようです」

「そうか。だが、奴はエッドスとは違い、頭が切れる男だ。露骨に裏切りはしない。警戒を続けろ」

 ザンバースは煙草を灰皿にねじ伏せて言う。

「はい」

 ライカスは敬礼して応じた。

「それから、ヨーロッパ派遣軍の指揮はお前が執れ、ライカス」

 ザンバースは目を細めてライカスを見上げた。

「は!」

 ライカスはもう一度敬礼して応じた。


 南米基地の司令室には、各部署からの報告が次々上がって来ていた。それによると、いくつかの部署の監視員が、敵らしき人間を見かけていた事がわかった。しかしその者達は武器は携帯しておらず、攻撃を仕掛けては来なかったという。

「それと合わせて、ネメス川流域で妙な機械を発見したとの報告も上がって来ています」

 通信士がその報告書のコピーをメキガテル達に配った。

「ポンプ?」

 レーアはそこに記されている文と画像を見て呟いた。

「確かにそう見えるな」

 メキガテルが顎に手を当てて同意した。

「発見した部隊はすぐにその機械をネメスから引き上げ、内部を調べましたが、毒物は一切検出されず、そのポンプらしき機械が何のために設置されたのかわからないそうです」

 通信士が更に追加の報告書のコピーをメキガテルに手渡した。

「取り敢えず、その機械をねじ一つ漏らさずにここに運ばせてくれ。カメリスさんに調べてもらうから」

 メキガテルは通信士に指示し、レーア達を振り返った。

「毒物が出なくても、ネメスに設置されていたものである以上、容疑は濃厚だ。そして一つわかった事は、飲料水に毒を混入された可能性があるという事だ」

 メキガテルはもう一度通信士を見て、

「全部署に通達。ネメスからの取水を禁止。飲料水を一度全て破棄し、本部からの配給を待つように」

「はい!」

 通信士は大急ぎで機器を操作した。

「レーア、もう一度マリリアに会いに行くぞ」

 メキガテルが司令室を出て行く。

「あ、はい!」

 レーアは慌てて彼を追いかけた。それを見て、タイタスはまた泣きそうである。

「お前、いい加減レーアに告白したら、タイタス?」

 イスターが見かねて小声で忠告した。

「う、うるさいよ!」

 タイタスは赤面してイスターを睨んだ。


 マリリアはまたメキガテルが取調室に呼び出したので、ドキドキしていた。

(何度も彼に会っていると、本当に好きになってしまいそう……)

 恋人のマルサス・アドムの事を思い出さない日はあっても、メキガテルの事を思わない日はないほど、マリリアは彼に惹かれていた。

「悪いな、連日」

 メキガテルがそう言って入って来た時、マリリアは思わず愛想笑いをしかけたが、またしてもその後ろからレーアが入って来たので、顔を硬直させた。

(また一緒なの……?)

 マリリアはすでにレーアを憎み始めていた。レーアもマリリアの自分に対する目が怖いので、つい愛想笑いをしてしまう。それが余計にマリリアの怒りを呼ぶとも知らずに。

「何かしら、今日は?」

 マリリアはレーアを視界に入れないようにはすに座り、メキガテルを見た。

「帝国の科学局には毒薬課があると言ったな?」

 メキガテルは机の上で手を組んでマリリアを見る。マリリアはチラッとメキガテルを見て、

「ええ。それが何か?」

「痕跡を残さない毒薬の研究はされていたのか?」

 メキガテルはマリリアを睨みつけるようにして尋ねた。マリリアはその問いかけにある事を思い出していた。

(まだ連邦政府時代に、ザンバースが急進派掃討のためにカラカス・サンドラに作らせようとしていたのがそれかしら?)

 マリリアはメキガテルを見て、

「以前、そんな研究をしていたような気がするわ。でもそれは極秘任務だったようで、私もそこまでしか知らないの」

と言うと、メキガテルの手に自分の手を重ねた。それを見たレーアがムッとしたが、

「そうか。他には?」

 メキガテルはマリリアの手をそっと払い除け、更に尋ねる。

「それくらいね。ごめんなさい、お役に立てなくて」

 マリリアの色目にレーアはピリピリしたが、メキガテルはスッと立ち上がり、

「ありがとう。また何かあったら訊きに来るよ」

と言うと、取調室を出て行こうとする。するとマリリアが、

「ねえ、もう私は裏切ったりしないってわかったでしょ? いい加減監禁を解いてくださらない? そうすれば、貴方もいちいちこんなところまで来なくてもすむわよ」

 レーアはギクッとして立ち上がりかけた身体を止め、マリリアを見た。メキガテルは振り返り、

「考えておくよ」

と言うと、出て行ってしまった。レーアも大急ぎでメキガテルを追いかけた。

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