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第六十四章 その三 密やかな野望

 ヨーロッパ解放戦線のリーダーであるカミリア・ストナーは、東アジア州帝国軍司令官のゲーマインハフトが反旗を翻したアフリカ州帝国軍司令官だったタムラカス・エッドスの軍を壊滅させた事を地中海に出ていた偵察部隊の連絡で知った。

「とうとうゲーマインハフトがユーラシアとアフリカを手に入れたか……」

 カミリアは、どの司令官よりも、ゲーマインハフトを警戒していた。彼の底知れぬ残忍さ、味方でも犠牲にしかねない狡猾さを聞き知っていたからだ。

(あいつは猫を被っていた東アジア州知事時代ですら、警察と警備隊を使って荒っぽい事をさせていたくらいだからね。エッドスも騙し討ち同然だったようだし……)

 ゲーマインハフトはそのまま自分の領地に戻るはずがない。必ずヨーロッパに進軍して来るはず。カミリアはそう読み、戦線の地下の秘密基地で元西アジア州知事のドラコス・アフタルに相談していた。

「オセアニアを帝国に奪還され、現在南アメリカ州も攻撃を受けているらしいから、我々だけでゲーマインハフト軍を迎え撃つしかないだろう」

 アフタルは厳しい表情で言った。カミリアは悔しそうに拳を握りしめ、

「こうなる事がわかっていながら、ゲーマインハフト軍の背後を突く作戦をできなかった事が不甲斐ないです」

「いや、それは違うよ、カミリア君。あの狡猾な男には、奇襲は通用しない。返り討ちに遭うのが関の山だ」

 アフタルはカミリアをなだめた。

「そして仮に奇襲が成功したとしても、遥か上空から我々を狙っている衛星兵器がある。どちらにしても、被害は甚大なものになったはずだ」

「ありがとうございます……」

 カミリアはアフタルの心遣いに感謝した。

「但し、一方的に敗北するのだけは避けたいな」

 アフタルは腕組みをし、考え込んだ。

「はい……」

 カミリアも俯き、思索に耽った。


 そのゲーマインハフト軍は、カミリア達の読み通り、進路をヨーロッパへと向けていた。ゲーマインハフトは射殺したエッドスの遺体をそのまま置き去りにするという残忍さを部下に見せつけ、裏切り者の末路がどうなるのかを印象づけた。

「さてと。これで競争相手はいなくなったって事だね」

 装甲車の特別室のゆったりとした椅子にくつろぎ、グラスに酒を注いで、ゲーマインハフトはニヤリとした。

(ザンバースは私がどう出るか考えているだろう。私は他の連中とは違う。野望や野心は胸の奥底にしまっておくものさ。決して他人ひとに悟られないようにね)

 ゲーマインハフトは酒をあおった。


 レーアは司令室に戻ると、通信士に近づき、

「メックに連絡をとってみて。そろそろ敵と接触したはずだわ」

「はい」

 通信士が機器を操作する。

「どうぞ」

 彼はレーアにマイクを手渡した。レーアはそれを受け取り、

「メック、そちらはどう?」

「こっちはほぼ全員倒した。只、一隊が別行動をしていて、そちらに向かったようだ」

 メキガテルの答えにステファミーやアーミー達が騒然とした。もちろん、メキガテルの話は誤情報だ。敵の潜入を許したと言えば、スパイが何かしらの行動を起こすとメキガテルは考え、レーアに作戦を告げたのだ。そこへまさしく待っていたかのようにミッテルムの部下達の潜入が実際に起こったのである。

(あまりにタイミングが良かったので、それすらメックの仕込みかと思ったわ)

 レーアがそう思ってしまうほど絶妙だったのだ。

「捕まえた工作員から聞き出したんだが、一隊はマリリアを監禁している場所に向かったようだ」

 メキガテルは事前の打ち合わせ通り、そう続けた。何も知らないステファミーは、

「レーア、マリリアさんが危ないわ。きっと口封じのために……」

 彼女は自分で言いかけて怖くなったのか、アーミーときゃあきゃあ騒いでいる。レーアは苦笑いしそうになったが、

「そうね。マリリアさんが危ないかも」

 すると更にメキガテルの声が聞こえた。

「一隊だけじゃなかった。もう一隊いたぞ。そいつらは司令室を爆破するつもりらしい。すぐにそこから離れてくれ」

「ええ!?」

 ステファミーとアーミーはパニックになっている。普段は冷静なザラリンド・カメリスも動揺している。それでも彼はアーミーとステファミーを宥めていた。

「早くしろ。もう時間的にすぐそこまで行っているはずだ」

 メキガテルの真に迫った叫び声で、とうとうアーミーとステファミーが司令室を飛び出してしまった。

「二人共、落ち着いて!」

 レーアが慌てて追いかける。それにカメリスが続き、他のパルチザン達が続いた。


 廊下の角に潜んでいるイスターとタイタスは、手持無沙汰だった。

「本当にスパイなんているのかよ」

 タイタスが愚痴を言い始めた時である。

「おい、出て来たぞ」

 イスターが告げた。タイタスはビクッとして身を引き締めた。角から司令室の方を覗くと、最初に飛び出して来たのは、アーミーとステファミーだ。二人共酷く慌てており、大声で泣き叫んでいる。いつも二人にやり込められているタイタスは、少しだけニヤッとしてしまった。

「あれ?」

 イスターがタイタスの肩を叩く。

「何だよ?」

 タイタスはニヤッとした事を咎められるのかと思い、ドキドキしながらイスターを見た。

「あいつ、変じゃないか?」

 イスターは一人だけ周囲の様子を気にしながら、廊下を足早に移動する男に気づいた。その男はメキガテルと共に戦って来たパルチザンの幹部だった。いつもは司令室で補給の指示を出しているあまり目立たない存在だ。

「あの人、ここでも古株の人だぜ」

 イスターは驚いていた。

「メキガテルさんとずっと一緒に戦って来た人だよな」

 タイタスも仰天していた。

「まさか、あの人?」

 イスターはタイタスを見る。タイタスは廊下を駆け去って行くその幹部の後ろ姿を見ながら、

「だって、明らかに様子が変だよ。追いかけようぜ」

 考えるより行動。それがタイタスの長所であり短所でもある。彼はイスターが止める間もなく走り出していた。

「待ってくれよ!」

 イスターも仕方なく走り出した。幹部の男はまさかつけられていると思っていないのか、小型の通信機を使って誰かと連絡中だった。

「どこに行くんですか?」

 タイタスがいきなり声をかけたので、幹部とイスターはほぼ同時に仰天した。

「へ、部屋に取りに行きたいものがあるんだよ」

 幹部の男は顔を引きつらせて言った。明らかに目が泳いでおり、動揺が隠し切れていない。

「そうですか。じゃあ、一緒に取りに行きますよ」

 タイタスがそう言った時、幹部の男は走り出しながら、

「ついて来なくていい。私一人で大丈夫だから」

 彼はタイタスを振り切ろうと全力で走った。

「待てよ!」

 タイタスの中ではそこでその男がスパイ確定となったので、敬語を使うのをやめた。

「くそ、速いぞ、あいつ!」

 タイタスは息を切らせて追いかけたが、幹部の男は彼より遥かに速く、距離を詰められない。

(くそ、このままじゃ、通信機を処分されてとぼけられちまう!)

 タイタスは焦っていた。しかし、廊下の角を曲がると、そこにはひっくり返っている男とメキガテルの姿があった。

「え?」

 タイタスには何が何やらわからない。メキガテルは怒りよりも悲しみが優っているらしい様子で、幹部を睨んでいた。

「マカード、まさかお前だったとはな……」

 メキガテルは右の拳を震わせて言った。どうやら男はメキガテルに殴られて倒れたらしい。

「な、何の事だ、メック? 俺は只、部屋に取りに行くものがあったから……」

 マカードと呼ばれた男は言い訳をしているが、声が裏返ってしまい、嘘なのが明白である。

「司令室が爆破されるかも知れないのに自分の部屋に戻る奴はいないよ、マカード」

 メキガテルの顔が悲しみから怒りに変換されていくのをタイタスははっきり見た。

「そんな事ができるのは、お前が何としても持ち出さなければならないものを持っているからだ」

 メキガテルはマカードの襟首を掴んで引き起こした。マカードはガタガタ震えていた。

「そしてもう一つ。部屋に戻っても、別の脱出ルートから避難できる事も知っていたからだよな」

 タイタスは、メキガテルのその言葉で、どうして彼がここに先回りできたのか理解した。

「捕まえた工作員から聞き出したのは、別動隊の話じゃなくて、隠し通路の事だったんだよ」

 メキガテルは凄みを利かせた声でマカードの襟を持ち上げながら言った。

(こ、怖い……)

 遠くから見ていたタイタスでさえ、その迫力に泣きそうになった。

「タイタス、大丈夫?」

 そこへイスターと共にレーア、ステファミー、アーミーが走って来た。

「作戦成功みたいね、メック」

 レーアが微笑んでメキガテルに言うと、

「ああ」

 メキガテルも先程の凄みのある顔から一転しての笑顔だ。

(やっぱり素敵)

 メキガテルはレーアの事が好きだと思っているステファミーだが、彼の笑顔を見てしまうとそんな思いを抱いてしまう。

(敵わない……)

 タイタスはメキガテルとレーアの間に自分が割り込む余地がないのを悟った。

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