第六十一章 その三 分岐点
帝国軍アフリカ州司令官であるタムラカス・エッドスは遂に重い腰を上げ、大帝ザンバース・ダスガーバンに対して反旗を翻す事を決意した。
「全軍に指令。我が軍の敵は南米ではなく北米である。陸海空の全軍を以てこれを殲滅し、地球の新たなる歴史にその名を刻むのだ」
エッドスは通信機に向かって叫んだ。元々旧帝国軍出身の兵士が多いアフリカ州軍は反ザンバースが大勢を占めていた。エッドスは上からも下からも圧力をかけられていたのだ。
(ドッテルに同調する訳ではない。自らの思いに素直になるだけだ)
彼自身もザンバースに服従しているつもりはなかった。只、時の流れを見ていたのである。
反乱軍となったアフリカ州軍は手始めに帝国本部軍が送り込んでいる監察官達を捕縛し、監禁した。そして次に地中海沿岸に停泊しているヨーロッパ州軍の艦船を急襲し、破壊、あるいは強奪した。
当然の事ながら、その情報は帝国軍司令長官代理を兼任しているタイト・ライカス補佐官の耳にも入っていた。
「やはり裏切ったか、エッドスめ」
ライカスはギリッと歯を軋ませ、机を拳で強く叩いた。彼はテレビ電話の受話器を取ると、
「ヨーロッパ州は言うまでもなく、東アジアにも通達。全軍を以てエッドスの反乱軍を殲滅せよ」
と命じ、椅子から勢いよく立ち上がる。椅子はそのあおりを食らって倒れた。しかしライカスは気にもかけず、そのまま部屋を出て廊下を足早に歩いた。
「思った通りだよ。だから私はあいつを加えるのは気が進まなかったんだ」
東アジア州軍の司令官であるエメラズ・ゲーマインハフトは手の爪を磨きながら言った。
「こっちだって、反乱軍のゲリラ作戦で手いっぱいなんだ。そうそうアフリカくんだりまで援軍を送れるものか」
ゲーマインハフトは不満そうに呟いたが、
「だが、ここは一つ貸しを作っておこうか。ほどほどにね」
彼は万事が謀略の男なのである。
「戦争終結の暁には、西アジアだけではなく、主不在のままのヨーロッパもいただくためにね」
ゲーマインハフトは低く笑った。それを聞いて、側近達は顔を引きつらせていた。
空が明るくなり始めた南米基地では、通信士の偽情報をキャッチした工作員達がメキガテル・ドラコンの思惑通り、ほとんど明かりのない第三倉庫に誘導されていた。メキガテルと五人の兵士達はホバーカーの陰に隠れて工作員達が入って来るのを待ち構えていた。
「油断するなよ」
メキガテルは銃を構えて兵士達を見る。兵士達は黙って頷いた。その時だった。
「うわ!」
いきなり背後から工作員が現れ、兵士の一人が首の骨をへし折られた。
「何!?」
メキガテルは慌ててそこから離れ、残った兵士達と走り出した。
(連中、赤外線スコープを持っているようだな。こっちの動きが丸見えのようだ)
メキガテルは自分の迂闊さを呪った。また何かが動いた。
「ぐえ……」
また一人兵士が倒された。メキガテルは銃では太刀打ちできないと考え、ホルスターに戻した。
「肉弾戦か? 望むところだ」
彼は屈めていた身体を起こして立ち上がった。
「おい、帝国のどこの所属だか知らないが、大変だな、組織の人間っていうのは。俺一人を始末するためにこんな山奥の基地に来させられてさ」
メキガテルは敵を挑発した。彼が第三倉庫を選んだのは、熱感知レーダーが完備されているからだ。敵の怒りを掻き立てて、居場所をはっきりさせるつもりである。
(こんな単純な手に引っかかるとも思えないが、単純だからこそっていうのもある)
メキガテルは敵襲にいつでも対応できるように身構えた。残った三人の兵士達も背中を合わせて立ち上がった。
(動いた?)
メキガテルは右前方の微かな光を遮った影に気づいた。その影はすぐにどこにいるのか分からなくなってしまったが、それでも収穫だと思った。
(相手は人間だ。完全に気配を消せるはずがない)
メキガテルは全神経を集中させ、周囲の空気の動きを読もうとした。
「お!」
敵は上から現れた。倉庫にメキガテル達がいる事を知った他の部隊が屋根に上がったようだ。
「く!」
メキガテルを襲撃した影は次に後ろ回し蹴りを繰り出した。メキガテルはそれを右腕で往なし、態勢を崩しかけた影の軸足をスライディングの要領で払った。
「うぐ!」
思い掛けない反撃で腰を地面で強打した影が初めて発した声だった。
「少し休んでろ」
メキガテルは立ち上がろうとした影の顔面に右フックを見舞い、崩れ落ちるところを首に手刀を叩き込んだ。影は気絶したのか、そのまま顔から地面に倒れた。
「おら!」
三人の兵士達も二人の影を相手に苦戦していたが、メキガテルが応援に駆けつけると、たちまち影を倒してしまった。しかしまだ敵の気配はたくさんあった。
「キリがないな」
メキガテルの呼吸も荒くなって来ていた。
レーアとステファミーは第三倉庫の様子をモニターで見守っていた。ほぼ真っ暗な状態なので、ほとんど中の様子はわからないが、何かがぶつかり合う音や悲鳴は聞こえていた。
「メック……」
レーアは祈るような目で呟いた。ステファミーはそれを見て、
(やっぱりレーアはメックが好きなのね)
自分はどうしようか? そんな事を思うステファミーであったが、それでも同級生のイスターやタイタスは思い出してもらえなかった。
東アジア州軍が西に向かって軍を展開している情報を入手したカミリア達ヨーロッパ解放軍は動きが取れなくなっていた。地中海でアフリカ州軍とヨーロッパ州軍との小競り合いが始まり、東アジア州軍が西進を開始したとなると、戦場はヨーロッパ及び西アジア付近になるからだ。
「アフリカ州の帝国軍が反乱を起こしたらしいが、必ずしも我々の味方という訳ではないからね」
元西アジア州知事のドラコス・アフタルがホバーバギーの助手席で言った。運転席のカミリアはそれに頷き、
「奴は恐らくアジバム・ドッテルにつくつもりでしょう。そうなると、連中が潰し合ってくれるのが私達にとっては一番なのですが」
「戦場が拡大するのは好ましくない。特にゲーマインハフトの軍は容赦がないから尚更だ」
アフタルは忌ま忌ましそうに言う。カミリアはハンドルをギュッと握りしめ、
「とにかく、アフリカ軍にコンタクトを取ってみましょう。私達に敵意がないのであれば、こちらも攻撃はしないと打診した方がいいと思います」
「そうだね」
アフタルは助手席に身を沈めて応じた。
ミケラコス財団ビルの地下にある情報集積センターの司令室で、ドッテルはエッドスが動き出した事を知り、ほくそ笑んでいた。
(これで更にザンバースは追いつめられた。そして我が軍は一歩も二歩も前進できた)
ドッテルは通信士を見た。
「全軍に指令。作戦開始だ。今度こそ帝国の中枢を破壊せよ」
「は!」
通信士は機器を操作し、各部署に指令を伝えた。
ライカスは大帝室にいた。彼は目の前の椅子に座っているザンバースが全く慌てた様子がないのを見て呆気に取られていた。
「エッドスはいずれにしても切り捨てるべき男だった。それが早まっただけの事だ。それよりも、金で全てを掌握できると思い込んでいる男に鉄槌を食らわす方が先だ」
ザンバースは鋭い目でライカスを見上げた。ライカスは思わず後退りしそうになった。
「直ちにキラーサテライトの展開をさせます!」
ライカスは敬礼し、大帝室を出て行った。ザンバースはそれを見てフッと笑った。
「さてドッテル、金に飽かせて作り上げたお前の軍隊がどれほどのものか、見せてもらうぞ」
ザンバースは余裕綽々の顔で呟いた。
地球を周回しているカラスムス・リリアス達が搭乗しているシャトル内は帝国の衛星に動きがあったのを察知し、色めき立っていた。
「遂に攻撃目標が定まったか?」
リリアスがコンピュータ係に言う。
「そのようです。発射準備を開始しました」
「こちらの読み通り、ミケラコス財団ビルならいいんだが」
リリアスはキャノピーから見える青い地球を見て言った。