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第六十章 その三 タムラカス・エッドス

 地球帝国アフリカ州司令部の司令官室では、司令官のタムラカス・エッドスが荒れていた。

 机の上にあったものは全て床に散らばっていた。大きな陶器製の灰皿が粉微塵になり、煙草の灰が辺り一面に散乱している。飲みかけの酒が入っていたグラスは壁まで飛んで砕け、染みを作っていた。

「ザンバースめ……。この俺を愚弄しやがって!」

 地球連邦時代、ザンバースが水面下で地球帝国建国を進めていた時、エッドスはまだ態度を保留していた。彼は旧帝国軍の出身で、ザンバースの後押しによってアフリカ州知事に就任できたのだが、その後ザンバースの策略で旧帝国軍が全滅したのを見て、気持ちが揺らいだのだ。

(奴は俺に対しても同じ事をするのではないか?)

 エッドスはザンバースに陥れられる予感がして、最後まで躊躇った。だが、ヨーロッパのカリカント・サドラン、東アジアのエメラズ・ゲーマインハフト、オセアニアのメムール・ラルゴーが参加するのを知り、連邦側が形勢不利だと考え、帝国に加担する事を決めた。

(結局、最後に加わった事があだになったって事か)

 自分の決断力のなさを棚に上げ、エッドスはザンバースの仕打ちを呪った。どこまでも小さい男なのだ。

「何だ?」

 ドアのノックにエッドスは怒鳴った。

「ドッテル様よりお電話が入っております」

 ドア越しに女性秘書の震える声が聞こえた。エッドスは大股でドアに近づくと、勢いよく開いた。女性秘書はエッドスの鬼のような形相に驚き、後退あとずさった。

「要件は何だ?」

 彼は女性秘書を睨みつける。彼女は泣き出しそうな顔で、

「直接お話になると言われまして……」

「わかった」

 エッドスは秘書が涙を浮かべているのに気づき、ぎこちなく微笑むと彼女の肩を軽く叩き、司令室へと廊下を歩き出した。秘書は力が抜けたようにその場にしゃがみ込んでしまった。


 南米基地の司令室では、思わぬドッテル軍の勝利が不可解で、メキガテルが分析を急がせていた。

「誰が考えても、ドッテル軍が勝利する可能性はほとんどなかった」

 メキガテルは腕組みし、報告書を睨んだままだ。レーアはメキガテルの顔が険しくなったので、ちょっと怖くなり、キラーサテライトの軌道を解析しているステファミーとアーミーに近づいた。

「どう? わかりそう?」

 レーアは小声でステファミーに尋ねた。ステファミーはキーボードを叩きながら、

「少しずつ規則性が見えて来たわ。メキガテルさんの言う通り、ランダムに見えて実はそうではないという事がね」

「そうなんだ」

 レーアはまだ怖い顔をしているメキガテルをチラッと見てクスッと笑う。

「解析結果、そちらに転送しますね」

 ステファミーがザラリンド・カメリスに告げた。

「了解です。アーミーさん、どうですか?」

 カメリスはもう一台のコンピュータで解析中のアーミーに声をかける。アーミーはニコッとして、

「こちらも完了です。データ、転送しますね」

 レーアはステファミーに顔を近づけて、

「アーミーったら、本当にカメリスさん狙いなのね」

 ステファミーは苦笑いして、

「ええ、相当本気よ。何だか羨ましい」

「ステフもカメリスさんが?」

 レーアが意外そうな顔で言ったので、

「違うわよ。思いを寄せる相手がいていいなって思ったの」

 ステファミーは慌てて否定した。

(私はメキガテルさん狙いだとは、レーアには言えないなあ)

 もどかしいステファミーである。

「ああ、そういう事」

 レーアがまたチラッとメキガテルを見たのをステファミーは見逃さなかった。

(やっぱり……)

 ステファミーは思わず溜息を吐いてしまった。

「メキガテルさん、解析完了しました」

 カメリスがメキガテルに声をかけた。

「そうですか」

 険しい顔だったメキガテルがニコッとした。

(おお!)

 思わずその顔にキュウンとなってしまうレーアとステファミーである。

「膨大な数ですが、規則性は確実にあります。ですから、軌道の予測は可能です」

 カメリスがプリントアウトした資料を手渡す。今度はそれを見て、アーミーがうっとりしている。

「但し、攻撃のチャンスは一度だけです。失敗すれば、帝国側に悟られ、また軌道を変えられてしまいますから」

「そうですね」

 メキガテルは衛星兵器をどう攻撃するか思案した。

「やっぱり、カラス達に頼むしかないか」

 メキガテルは資料をカメリスに返して言う。カメリスは頷き、

「地上からの攻撃では撃墜は不可能です。シャトルから軌道を予測して狙撃してもらうしかありません」

 メキガテルは頷き返し、

「カラスに暗号で通信だ」

と通信士に命じた。


「どうした、エッドス?」

 ミケラコス財団ビルの地下にある情報集積センター脇の私室で、アジバム・ドッテルはテレビ電話のモニターに映るエッドスの不機嫌そうな顔を見てニヤリとした。

「ザンバースが南米基地を攻撃するよう命じて来たんだよ」

 エッドスは不愉快な感情を隠す事なく言った。

「そうか。で、どうするつもりだ?」

 ドッテルは愉快そうに尋ねた。エッドスはキッとしてドッテルを睨み、

「あんたはどうして欲しいんだ?」

「ザンバースはお前を試しているんだよ、エッドス」

 ドッテルの言葉に更にエッドスはイライラをあからさまにした。

「どういう事だ?」

「考えてもみろ。南米基地には、レーア・ダスガーバンがいるんだぞ。殲滅するような攻撃はできんだろう?」

 ドッテルの問いかけにエッドスはグッと詰まった。

(レーア・ダスガーバンか……)

 エッドスはザンバースの愛娘だという事以前に女としてレーアに興味が湧いていた。

「お前がどう対応するか、奴は見ようとしている。同時にお前の忠誠心がどれほどのものなのかも見極めようとしているんだと思うがね」

 ドッテルはエッドスを心理的に揺さぶり、本音を引き出そうとしているのだ。

(もし奴がザンバースにつくのなら、これで縁切りだ)

 ドッテルは探るような目でエッドスを見た。エッドスはさっきまでの不遜な態度を引っ込め、俯いて黙り込んだ。

「私としては、お前が愚かな選択をしない事を望んでいるよ」

 ドッテルはそう言ってまたニヤリとし、通話を切った。

「あの男、信用ならないわ。どうするつもりなの?」

 傍らに立つカレン・ミストランが尋ねる。ドッテルは椅子から立ち上がってカレンの腰を抱き寄せると、

「きっちり働いてもらうさ。我々は最小限の犠牲で新しい地球連邦を創設するのだからね」

 カレンはドッテルの口づけを拒み、彼から離れた。

「どうした、カレン?」

 ドッテルは怒るでもなく、哀れむような目でカレンを見る。

「あれほどの殺戮を命じた後で、よくもそんな感情が湧くものね」

 カレンは身震いして言い放った。ドッテルは肩を竦めて、

「殺戮? 私は誰も殺してはいない」

「貴方が命じて、帝国の戦闘機と戦艦を攻撃させたんでしょう!? あれで何人殺したのよ!?」

 カレンはイラッとした顔で怒鳴った。するとドッテルはいきなりカレンの髪をグイッと掴み、

逆上のぼせるな、カレン。人を殺さずに戦争ができるか? 愚かな事を言うもんじゃないぞ。温厚な私だからこの程度ですむのだ」

 カレンは髪を掴まれた痛みで顔を歪めた。ドッテルはカレンをそのままソファに押し倒した。

「お仕置きだ」

 彼は嫌がるカレンの服を引き裂いた。


 エッドスは司令室を出てまた私室に籠っていた。彼はザンバースとドッテルの思惑に押し潰されそうだった。

(どうすればいいんだ?)

 そこへノックをして先程の女性秘書がトレイにコーヒーカップを載せて入って来た。

「どうぞ」

 彼女は床に散乱した物を避けながらエッドスに近づき、机の上にカップを置いた。

「ありがとう」

 エッドスは力なく微笑み、彼女を見た。秘書はビクッとして会釈し、部屋を出て行こうとした。

「待て」

 エッドスが呼び止める。彼女は硬直した用に立ち止まった。

「昔のようにまた俺を慰めてくれ」

 エッドスは秘書を後ろから抱きしめ、胸をまさぐった。秘書は嫌がるかと思ったが、

「はい」

と言うと、エッドスの唇に貪りついた。


 地球帝国首府のアイデアルを中心にした戦闘は終結した。勝利したドッテル軍はいずこへとなく姿を消し、瓦礫の山と化した街は静まり返っていた。

「エッドスはどう致しましょうか?」

 大帝室のソファに腰を下ろしたミッテルム・ラード帝国情報部長官が尋ねた。

「しばらくは動かんだろう。別に何もする必要はない」

 向かいに座ったザンバースが応じる。ミッテルムは声を落として、

「しかし、つい先程ドッテルが接触したようです。このままですと、エッドスがドッテルに……」

「その心配は無用だ。それより、マリリアと工作員の方はどうなった?」

 ザンバースはミッテルムの言葉を遮って言った。ミッテルムはビクッとしてザンバースを見ると、

「マリリアは動きが止まりました。そのため、工作員を基地に潜入させる事にしました。メキガテル暗殺部隊も確実に基地に接近中です」

 ザンバースは目を細めてミッテルムを見ると、スッと立ち上がった。ミッテルムも慌てて立ち上がる。

「エッドス如きが何をしようと大勢に影響はない。それよりもメキガテルだ。奴を仕留めれば、反乱軍は瓦解する」

「は!」

 ミッテルムは敬礼して応じた。

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