第六十章 その二 無敵空軍
北アメリカ大陸東岸に位置する地球帝国首府アイデアル。
そこから西へ百キロメートル程離れたところに帝国軍の巨大な基地がある。そこはザンバースが地球連邦警備隊総軍司令官の時代から密かに建設されていたものだ。基地は大きな森に覆われていて対レーダー装置も完備しており、上空からもそれとは認識できないように造られている。建設にはミケラコス財団の創始者のナハル・ミケラコスの協力があった。彼は連邦総裁であるエスタルトがケスミー財団を重用しているのを不満に思っていたので、エスタルトと対立する事が多いザンバースに接近したのだ。ナハルにしてみれば、ザンバースを利用して地球連邦を陰から操り、ゆくゆくはケスミー財団を追い落とす計略だったのであろうが、実際に利用されていたのはナハルの方だったのだ。
「全軍発進準備完了しました!」
基地の副官が司令長官代理であるタイト・ライカスにテレビ電話で報告した。
「目標はミケラコス財団ビルだ。鉄骨一本残さず粉砕せよ」
ライカスは目を細めて命じた。
「は!」
副官は敬礼して応じた。ライカスはテレビ電話を切ると、椅子から立ち上がり、窓の外を見た。現在大帝府は地下に潜行しており、窓の外には大帝府を動かすたくさんの機械が見えているだけだ。
(これでドッテルはおしまいだな。哀れなものだ)
ライカスは信号灯を点滅させながら動く機械を眺めながら、ザンバースに弓を引いた愚かな男の冥福を祈った。
程なく基地から無数の戦略爆撃機と哨戒機が発進し、アイデアルの北に停泊していた巡洋艦と空母が動き出した。
「目標ミケラコス財団ビル」
爆撃機のパイロットが告げる。
「目標、敵潜水艦」
空母と巡洋艦の艦長がマイクを握りしめて言った。
一方、ドッテル陣営も只手を拱ねいている訳ではなかった。
「帝国軍の空軍がアイデアルの西に出現。数およそ五百」
レーダー係が報告する。ドッテルはニヤリとし、
「そう来なくてはな。さすがだ、ザンバース、しぶといな」
カレン・ミストランはドッテルを背後から見ていた。
(まだやり合うつもりなの、アジバム? 相手は貴方よりずっと上手だわ)
カレンは逃げ出したかったが、すでに手遅れだと思っていた。
「我が空軍にも発進命令を。どちらが次の支配者になるのか、はっきりさせてやれ」
ドッテルは追い込まれて自棄を起こしているようには見えなかった。
(策があるの?)
カレンは眉をひそめた。
ドッテル陣営の空軍は、アイデアルの北にある広大な工場に隠されていた。そこはドッテルが実質的な大株主であるコンバットファクトリーの軍需工場である。
「全機発進」
ドッテル軍の航空隊長が全機に指令する。工場の屋根が開いて行き、その下に潜んでいた戦略爆撃機が垂直上昇する。不思議な事にコクピットには誰も搭乗していない。
「恐れを知らぬ無敵の航空部隊だ」
それを見上げながら、航空隊長は呟き、ニヤリとした。
レーアとメキガテルは帝国軍の基地が突然出現した事に驚き、更にミケラコス財団に私設軍とも言うべき戦力があるのにも仰天した。
「アイデアルを攻撃したのはやはりミケラコス、いや、ドッテルの息のかかった連中だったか」
メキガテルは報告書に目を通して呟く。レーアはカメリス達が解析している帝国軍の衛星の軌道が気になっていた。
(頭を抑えられた状態では何もできない)
更にそれに加えて敵か味方か判別のつかないドッテル軍の出現。彼女は眩暈がしそうだった。
「帝国は今現在はミケラコス財団の私設軍との戦いに集中するだろう。しかし、どう考えても戦力差は歴然としている。アジバム・ドッテルがどれほどの戦力を有していようとも、帝国と正面から戦ってはひとたまりもないだろう」
メキガテルはレーアを見て言った。レーアは頷いて、
「そうね。私達も次の一手を考えないと、衛星兵器にやられてしまうわ」
二人はカメリスとアーミー、そしてステファミーの三人を見た。
「帝国軍の空軍とドッテル軍の空軍が交戦状態に入りました」
通信士が報告した。メキガテルとレーアは通信士を見た。通信士は、
「現在帝国軍の撃墜総数二百、ドッテル軍の撃墜総数五、です」
その数字にメキガテルとレーアは唖然とした。
「帝国軍が押されているのか?」
メキガテルは通信士に詰め寄って尋ねた。通信士は後退って、
「はい。数では帝国軍が倍以上ですが、結果は惨憺たるものです。被害は更に拡大しています」
と次の報告書をメキガテルに差し出した。メキガテルはそれを食い入るように読み、
「どういう事だ? ドッテルの軍にはエースパイロットがたくさんいるとでも言うのか?」
レーアもその報告書を背伸びして覗いたが、まるで大人と子供の喧嘩のように勝敗は決しようとしているのがわかるものだった。
「何が起こったんだ?」
メキガテルは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
空軍惨敗の報告を受け、ライカスは色を失った。
「圧倒的な戦力差のはずだぞ? どういう事なのだ!?」
彼は基地の副官に怒鳴った。副官も何が何だかわからない顔で、
「自分にも全く理解不能です。どのパイロットも優秀で、勝利を確信していたのですが……」
彼は顔中から汗を拭き出して応じていた。
「すぐに増援を向かわせろ。このままで終わる訳にはいかない!」
ライカスはそう怒鳴ると、受話器を叩きつけるようにしてテレビ電話を切った。
(どうすればいい? 大帝に何と報告すれば……)
ライカスも全身に嫌な汗を掻いていた。
ドッテルは空軍圧勝の報告に顔を綻ばせた。
「よくやった。さすが無敵空軍だな」
彼はご満悦でソファに座ると、ワインを開けてカレンを見やった。
「そんなところに立っていないで、ここに来い、カレン。祝杯をあげるぞ」
ドッテルはグラスにワインを注ぎながら言った。
「ええ……」
あまりにも意外な展開にカレンは夢でも見ているのではないかと思いながらソファに腰を下ろした。
「無敵艦隊より入電。帝国軍の空母と巡洋艦全てを撃沈、です」
通信士が報告した。ドッテルの顔が更に得意そうになる。
「勝ったな」
彼はそう呟き、カレンを抱き寄せると唇を貪った。
ザンバースは帝国情報部長官のミッテルム・ラードと大帝室のソファに向かい合って座っていた。
「見事に負けましたね」
ミッテルムは苦笑いして言った。ザンバースはフッと笑って、
「被害は最小限だ。あそこの基地はいずれドッテルに気づかれる。捨て石にはちょうどいい」
ミッテルムはザンバースに報告書を渡し、
「ドッテルの軍は思った通りコンバットファクトリーの工場から現れました。次はアフリカが動くと思われます」
「慎重な小心者のエッドスが欲を出す頃か」
ザンバースは報告書を見ながら言う。ミッテルムはニヤリとして、
「はい」
ザンバースはソファから立ち上がり、
「そろそろ揺さぶりをかけるか。ヨーロッパは抑えたから、南米を何とかしろとな」
「そうですね」
ミッテルムも立ち上がった。
帝国軍アフリカ方面司令官であるタムラカス・エッドスは、ドッテル軍の大勝利の連絡を受けていた。
(呆気なさ過ぎるのが気になるが……)
元旧帝国軍の出身のエッドスはザンバースの下で働いていた連邦時代からザンバースとは反りが合わなかったが、だからこそ彼の性格をよく知っていた。するとそこへそのザンバースからの連絡が入った。
「大帝御自らのご連絡とは痛み入ります」
エッドスはテレビ電話の受話器を持って慇懃な調子で言った。ザンバースはフッと笑い、
「思わぬ敵の出現で軍が浮き足立っている。救援を送ってくれ」
「了解致しました。すぐに向かわせます」
エッドスは頭を下げて言い、ニヤリとした。
(救援のフリをして叩き潰せばいい)
彼はそう思っていたのだ。ところが、
「救援は我々にではなく、南米に派遣してくれ。ミッテルムが送り込んだ工作員が追い込まれている。メキガテルの基地を攻撃して、援護するのだ」
ザンバースの指令は意外なものだった。エッドスは思わず口をポカンと開けたままになった。
「どうした、エッドス?」
ザンバースが言った。エッドスはハッと我に返り、
「あ、いえ、何でもありません。ではすぐに南米に救援部隊を派遣します」
「頼んだぞ」
受話器を置くと、エッドスは怒りのあまり椅子を蹴倒した。部下達がそれを見てビクッとした。
(何のつもりなんだ、ザンバース!?)
エッドスはギュッと拳を握りしめた。