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第五十九章 その三 アイデアル炎上

 帝国軍が打ち上げたレーザーを搭載した人工衛星の攻撃で、優勢になりかけていたパルチザンと共和主義者達の勢力が一気に硬直化し、事態は大きく動いた。

 ヨーロッパ解放戦線を陣頭指揮していたカミリア・ストナーと西アジア州の元知事であるドラコス・アフタルは攻撃を回避するために地下に避難し、多くのパルチザン達もそれに従った。それを機にヨーロッパに進攻した帝国軍の艦隊は地中海を制圧し、避難中のパルチザン隊や支援者達を攻撃、多くの死傷者が出た。

「ザンバースめ、一気に畳みかけるつもりだろうが、そうはいかん」

 ミケラコス財団ビルの地下にある情報集積センターにいるアジバム・ドッテルはニヤリとして呟いた。

「大西洋無敵艦隊はどうか?」

 ドッテルは通信士に尋ねた。通信士はドッテルを見て、

「予定時刻には北米大陸の東岸を有効射程に捉えます」

 その応えにドッテルは満足そうに頷き、

「空に一機人工衛星を打ち上げたくらいで図に乗るなよ、ザンバース」

と言った。彼の目は血走っていた。

(アジバム……)

 そんなドッテルをカレン・ミストランは心配そうに見つめていた。


 地球帝国の首府であるアイデアルにある大帝府では、大帝補佐官のタイト・ライカスが色めき立っていた。彼は大西洋艦隊の哨戒しょうかい機が味方識別信号を発進していない無数の潜水艦と思しき船影をキャッチしていたのを知らされていた。

(反乱軍には潜水艦はそんなたくさんないはずだ。一体何者だ?)

 ライカスは陸海空の全軍に指令し、謎の船影の正体を探らせ、その上で大帝室に赴き、ザンバースに報告した。

「そうか」

 しかしザンバースはライカスが呆気にとられるほど至って冷静だった。

「大帝、これは一大事です。反乱軍以外に軍事力を有する組織があるとしか思えません」

 ライカスはザンバースが事態を理解していないと思い、語気を強めて言った。するとザンバースはライカスを見上げ、

「そんな事ができる人間は一人しかいないだろう?」

「は?」

 ライカスはギクッとして身を引いた。そんな事もわからないのかと言われた気がしたのだ。

(大帝は謎の組織の正体に気づかれているのか……?)

 そこでライカスはようやく誰が黒幕なのか理解した。

「アジバム・ドッテル、ですか?」

 背中を冷たい汗が伝わるのを感じながら、ライカスはその名を口にした。ザンバースは椅子から立ち上がって窓の外を眺め、

「奴は恐らく、エスタルトが死んだ時点で、私が何をしようとしているのかわかったのだろう。あの頃から準備を進めていれば、潜水艦数十隻くらいは用意できよう」

「はあ……」

 ライカスは手が震えるのを感じ、溜息とも返事とも区別のつかない声を漏らした。

「そして、奴の狙いはここだろうな」

 ザンバースは振り返って床を指差す。ライカスはまた別の汗を掻き始めた。

「であれば、すぐにでも避難を……」

 ザンバースはライカスの狼狽えぶりに大笑いしながら椅子に戻って沈み込む。

「お前には教えていなかったが、このビルは可動式なのだ。すでに地下への移動を開始する準備はできている」

 ライカスは呆気にとられていた。

「私が何故地球連邦とエスタルトの象徴であるこのビルをそのまま地球帝国の大帝府としたのか? 理由は簡単だ」

 ザンバースは身を起こしてライカスを見ると、

「このビル全体が巨大な避難壕の機能を備えているからだよ。そんな部分だけは、エスタルトは優秀だった」

 ザンバースはニヤリとした。ライカスはその笑みに身を震わせた。

「エスタルトは、恐らく私に対する備えとしてこのビルを造らせたのだろう。それが結果として私を守ってくれる。何とも言えないほどの皮肉だな、ライカス」

 ザンバースはまた大笑いした。

(この方は二手三手どころか、数十手も先を読んでいるのではないだろうか?)

 ライカスはザンバースの洞察力に寒気がした。

「何にしても、少しは反撃しないとドッテルが怪しむ。陸海空の戦力を海岸沿いに集中させ、敵に備えよ」

 ザンバースは真顔になって立ち上がり、命じた。

「は!」

 ライカスは慌てて敬礼し、退室した。


 メキガテル・ドラコンとレーアは、取調室でマリリア・モダラーと机を隔てて向かい合っていた。

「今度は何がお知りになりたいのかしら?」

 マリリアは女性兵士二人に手錠を外されながら、メキガテルを流し目で見る。メキガテルは全く動じていないが、レーアは赤面した。

(いきなり色仕掛けなの、マリリアさん?)

 メキガテルはマリリアを射るような目で見て、

「グーダンをそうやってたらし込んだのか?」

と単刀直入に尋ねた。レーアがまた赤くなる。

(た、たらし込んだ?)

 どんな事をしたのか、具体的には想像すらできないレーアであったが、それでも胸がドキドキして来た。

「貴方もそうして欲しいの、坊や?」

 マリリアは更に色っぽい目でメキガテルを見る。舌がチロチロと唇を舐め、机の上に置かれた右手がリズムを刻むように小さく動かされる。

(メックって何歳だっけ?)

 レーアは横目でメキガテルを見た。マリリアの年齢も知らないレーアだが、一見してメキガテルの方が年下には見える。

「いや、遠慮しとくよ。誰にでも股を開く女は嫌いだからな」

 メキガテルの言葉は辛辣だった。レーアはマリリアがムッとするかと思って彼女を見たが、意外にもマリリアはほんの一瞬だったが悲しそうな顔をした。

(今のはどういう事?)

 レーアにはマリリアの心理状態が理解できない。

(貴方にそんな事を言われるのは辛いわ……)

 マリリアは自分が間違いなくメキガテルに惹かれているのを思い知った。

「そう」

 しかし彼女はすぐに仮面を被り、ニヤリとしてみせた。

「帝国がロケットを打ち上げ、衛星を射出した。その衛星が放射したレーザーで、ヨーロッパ解放戦線の前線基地が壊滅し、多数の死傷者が出た」

 メキガテルはさっきの会話などなかったかのように本題に移った。

「あら、それは大変ね」

 マリリアはあくまで無表情に応答する。

(衛星のレーザーなんて、一度も聞いた事がないわ。発案者は恐らくエッケリートだろうけど)

 彼女はザンバースの側近だったので、帝国の部署には精通しているが、現在の状況はわからない。

「その作戦について知っている事があれば教えて欲しい」

 メキガテルが言うと、マリリアは、

「何も知らないわ。軍事関係は私の仕事の範囲外だったから」

 素っ気なく応じた。するとメキガテルは身を乗り出して、

「ならば、そういう事を担当する部署、あるいは人物を知っていないか?」

 マリリアはビクッとしてメキガテルを見た。顔が近い。彼の吐息がかかるくらいだ。

(私……)

 恋人のマルサス・アドムを助けるために偽装投降をしたはずなのに、マリリアはそれすらどうでもよくなりそうだった。

「どうなんだ!?」 

 マリリアが黙ったままなので、メキガテルが語気を荒らげた。今度はレーアがビクッとした。

「そうね。恐らく動いたのは、科学局のエッケリート・ラルカスね。彼ならその手の軍事兵器を開発できるわ」

 マリリアは落とし所を探っていたのだ。何も話さないのでは、投降自体を疑われる。かと言って、必要以上に情報を提供する事はできない。

(ミッテルムの事だから、私の動きを何かで捉えているだろうし)

 彼女は帝国情報部長官のミッテルム・ラードの事をまだ警戒している。

「ありがとう」

 メキガテルはマリリアの右手を握りしめて礼を言った。

「え、あ……」

 マリリアはその行動にドキッとしてしまい、顔が火照るのを感じた。

「行こう、レーア」

 メキガテルは女性兵士を呼び戻し、マリリアに手錠をかけさせた。

「また何かあったら訊きに来るよ」

 メキガテルは笑顔でマリリアに言い、レーアをエスコートして監禁室を出た。

(メキガテル……)

 マリリアは帝国もマルサスもどうでもいいと思い始めた。


 カミリア達は地下壕に避難を完了し、ホバーカーで地下道を移動していた。

「これから先、どうしますか?」

 ハンドルを切りながら、助手席のアフタルに尋ねる。

「以前と同じようにゲリラ戦に戻るしかないだろう。大規模戦闘は衛星に狙い撃ちされるだろうからね」

 アフタルは腕組みをして苦々しそうに応じた。

「そうですね」

 カミリアは溜息交じりに言った。その時である。地鳴りがし、土煙が背後から迫って来た。

「何、一体?」

 カミリアは全体を停止させ、様子を窺った。

「帝国のレーザーのようです。基地が破壊されました」

 通信士が付近のパルチザン隊に連絡をとって答えた。カミリアは歯軋りし、アフタルを見た。

「足場を失ったか。帝国は何としてもヨーロッパを獲らせないつもりのようだな」

 アフタルは悔しそうに小石が落ちてくる天井を見上げて呟いた。


「帝国軍はレーザーの第二撃で反乱軍のヨーロッパ方面の基地を殲滅した模様です」

 ドッテルは通信士から報告を受けた。

「連中は我々の動きも把握しているはずだ。哨戒機はどうなったか?」

 彼はレーダー係に尋ねた。

「帰還したようです」

 レーダー係は機器類を操作しながら応じた。ドッテルはニヤリとし、

「作戦開始だ。アイデアルを火の海にしろ」

と命じた。

「え?」

 カレンはその言葉に仰天した。

「アジバム、市民に事前通知はしないの? このままでは……」

 カレンは慌ててドッテルに詰め寄った。するとドッテルは、

「そんな事をしたら、ザンバースを取り逃がしてしまうよ、カレン」

と言い、狡猾な笑みを浮かべた。

(狂ってるの、アジバム?)

 カレンは恐ろしくなり、ドッテルから逃げるように離れ、センターを飛び出した。


 ドッテルの命令で、アイデアル近海に潜航していた潜水艦総勢二十隻が一気に浮上し、大帝府に向けてミサイルを連射した。たちまちアイデアルの町並みは焼き尽くされて行き、何も知らされていない市民達の多くはその死を意識する間もなく消滅した。車が炎上し、ビルが崩壊し、道路が溶ける。まさしく地獄絵図がそこに展開されていた。

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