第五十八章 その三 野望の進軍
帝国軍が打ち上げたロケットから射出されたものが何なのか、カラスムス・リリアスは気になっていた。
(何だ? 今この時に打ち上げるとは、相当重要な物のはずだ)
彼は通信士や他のオペレーターに命じて、射出された機材を調べさせた。
「これからどうするんですか?」
イスターが不安そうにリリアスに尋ねた。リリアスは彼を見て、
「ナスカートの事もあって、しばらくは衛星軌道を周回する事になる。その他に、帝国が打ち上げたものが何なのか探る必要も出て来た」
「はあ……」
イスターとタイタスは、訓練を受けた者ではないため、長時間の無重力状態に相当参っているのだ。足を銃で撃たれているアイシドス・エスタンもそれは同じだった。しかも、歳が倍以上上のエスタンは、疲労の蓄積がリリアス達とは比べものにならない。
(早く何とかしないと、ナスカートはともかく、エスタンさんが参ってしまうな)
リリアスはもどかしくて仕方がなかった。
メキガテル・ドラコンは、リリアスからの通信で、帝国がロケットを打ち上げ、機材を射出したのを知った。
「何をするつもりだ?」
メキガテルは付近を周回しているケスミー財団の衛星から送られて来る画像をモニターで見ながら呟いた。
「シャトルではなく、ロケットを打ち上げたというのが気にかかりますね」
衛星の画像を処理しながら、ザラリンド・カメリスが言った。
「どうしてですか?」
アーミーがカメリスに近づいて尋ねる。それを見て、
(近過ぎるって、アーミー)
と思うステファミーである。カメリスはすぐ横にアーミーの顔があるのに気づかず、
「リリアスさん達が搭乗しているシャトルに仕掛けるつもりなら、シャトルで上がるはずです。意図がわからないんですよ」
カメリスが不意に振り返ったので、彼の唇がアーミーの頬に当たってしまった。
「きゃっ!」
アーミーは如何にもわざとらしく叫んで後退った。
「あ、すみません、キャロルドさん」
真面目なカメリスは本当に驚いたようだ。ステファミーはアーミーの大胆な行動に呆れ、レーアは目を見開いていた。
「いえ、大丈夫です」
頬を染めて嬉しそうに言うアーミーを無視して、ステファミーが、
「射出されたものが何かはわからないんですか?」
「ええ。射出後、その機材は高速で移動し始めたらしく、捉えられていないようです」
カメリスも事故とは言え、アーミーに結果的にキスしてしまったのが恥ずかしいのか、顔が赤い。
(後でアーミーにお説教ね)
レーアとステファミーは目配せして頷き合った。
「カラスも調べていますが、こちらでも調査を続行してください。時期が時期だけに、気になりますので」
メキガテルがカメリスに言った。
「わかりました」
カメリスは顔の火照りを手で扇いで冷ましながら応じた。
「頼みます」
メキガテルは司令室を出て行った。レーアはアーミーにお説教をしたかったが、メキガテルが気になったので、彼の後を追った。
「待って、メック」
レーアは廊下を大股で歩き、角を曲がろうとしていたメキガテルを呼び止めた。
「何だ、レーア?」
メキガテルは振り返って微笑んだ。レーアはその爽やかな笑顔にドキッとしながら、
「グーダンさんがしばらく姿を見せないけど、どうしているのか知ってますか?」
メキガテルは一瞬どうしようかという顔をした。レーアはそれを見て、
「あ、訊いちゃいけない事でしたか?」
メキガテルはレーアの言葉に苦笑いした。
(顔に出ちまったか)
彼は歩みを戻しながら、
「そんな事はない。君が知りたい事なら、何でも訊いてくれ。知っている事は全部話すよ」
そう言われて、レーアはまたドキッとする。
(私ってば、何を考えているのかしら?)
自分が自分で情けないレーアである。
「じゃあ、教えてください」
レーアははずかしくてメキガテルを真っ直ぐに見られない。俯いたまま言った。
「グーダンさんの件は、ちょっと事情があって教えられない。解決したら、報告するよ」
メキガテルは、さすがにマリリアとグーダンが男女の関係になっているとは言えなかったのだ。
(レーアはまだ十八歳だからな)
改めてレーア達の事を不憫に思った。
(帝国軍は警備隊がほぼそのまま移行した組織だ。だから未成年はいない。しかし、パルチザンや共和主義者達は、その多くが二十代前半か十代後半。レーア達はその代表格だもんな)
レーアは何故かホッとした。
「そ、そうですか。いえ、別にいいです、報告していただかなくても」
彼女はメキガテルの言い回しで、聞かない方がいい事だと悟ったのだ。何となく想像がついた。
(メックが私に話してくれないのは、そういう類いの事だからよね)
メキガテルもレーアの顔が赤いので、
(わかったのかな、もしかして?)
と感じた。
「じゃあ、司令室に戻って業務の続きを頼む」
メキガテルはレーアに軽く敬礼して、また廊下を大股で歩き、角を曲がった。
「はい!」
レーアも敬礼して応じた。
帝国情報部長官のミッテルム・ラードは、レーア達がいる南米基地の周辺に潜り込ませた工作員達から、マリリアが行動を開始した事を知らされた。
(ようやく自分の存在理由に気づいたか、牝狐め)
ミッテルムはニヤリとした。実は、情報部は、マリリアを偽装投降させる折り、彼女に気づかれないように脳波受信用のチップを彼女の耳の穴に仕込んだのだ。肉眼では見えないそれは、マリリアの脳波の状態をリアルタイムで受送信していた。すなわち、マリリアがグーダンと身体を重ねているのは、工作員を通じてミッテルムに知られていたのだ。
(一度、そんな状態になったのに、その後落ち着いてしまったので、もう殺すしかないと思っていたのだがな)
マリリアの脳波が一度大きく動いたのは、彼女がメキガテルに心惹かれた時だった。しかし、それは工作員にもミッテルムにも知られていない事だ。
「誰をたらし込んだんだ、牝狐?」
ミッテルムは嫌らしい笑みを浮かべて呟いた。彼らはマリリアが身体を預けた相手が誰なのかは把握していないのだ。
「さてと。お手並み拝見させてもらうぞ、マリリア」
ミッテルムはそう言って報告書を机の上に投げ出した。
アジバム・ドッテルは、アイデアルのミケラコス財団ビルの地下にある情報集積センターにカレン・ミストランといた。
「一体いつから始めていたの?」
そこに居並ぶ数々の機器とそれを操作しているたくさんの人員を見て、カレンは目を丸くした。ドッテルはニヤリとして、
「もちろん、エスタルトがザンバースに殺された時からさ」
カレンはギョッとしてドッテルを見上げた。ドッテルはセンターを見渡しながら、
「ザンバースは必ずクーデタを起こす。そう確信していたから、準備は怠りなく進めていた。奴は私がまだ然したる戦力を有していないと踏んでいるだろう。そこが付け目だ」
「何を始めるの、貴方は?」
カレンは震えながら尋ねた。ドッテルはカレンを見ると、
「戦争さ。ザンバースからこの地球の覇権を奪い取るためのな」
ドッテルの目にカレンは恐怖を感じた。
(地球の支配者が替わるだけで、世の中は何も変わらないという事なの?)
カレンは今更ながら、ドッテルと行動を共にしていていいのだろうかと思い始めた。
「我が軍の優秀さを見れば、ザンバースはすぐにでも降伏する。何しろ、死を恐れぬ軍隊だからな」
ドッテルは高笑いした。カレンは唖然としてドッテルを見たが、そこにいるオペレーター達は、全く動じる事なく、黙々と業務を遂行していた。
そして同じくアイデアルにある大帝府。
その大帝室には、ザンバース、ミッテルム、エッケリート・ラルカスがいた。
「キラーサテライト、準備完了しました。いつでも攻撃開始できます」
ラルカスは誇らしそうな顔でザンバースに言った。ザンバースは椅子に沈み込んでいたが、スッと立ち上がり、
「直ちに攻撃を開始しろ。まずは手始めにヨーロッパの反乱軍を叩くのだ」
「はい、大帝」
ラルカスは敬礼で応じ、インターフォンのボタンを押した。