第五十八章 その一 第三の戦力
爆発炎上した月基地を離脱したカラスムス・リリアス率いるシャトルは、地球衛星軌道に到達していた。
「一刻も早く地上に降りたいところだが、状況が一変したのとナスカートの状態を考えると、そうもいかないですね」
無重力状態の狭いコクピットで、リリアスは元月支部知事のアイシドス・エスタンに言った。エスタンは腕組みして、
「伝えられた情報から判断する限り、極めて深刻な事態だね。ナスカート君の容態が安定していない事も考えると、迎えのシャトルが上がって来てくれない限り、大気圏突入は無理だろう」
二人の会話を聞き、イスターとタイタスは顔を見合わせた。月を離脱して四日経っている。そろそろストレスも限界なのだ。
「メック達もこちらに割ける人員がいないので、すぐに救援が来るという事も難しいようです」
リリアスはエスタンばかりでなく、そこにいる一同を見渡しながら言った。その時だった。
「隊長、地上からロケットが打ち上げられました」
レーダー係が告げた。リリアスは彼に近づき、
「ロケット? シャトルじゃなくてか?」
「はい。ロケットです。シャトルではありません」
レーダー係はリリアスを見て言った。リリアスは顎に手を当てて、
「恐らく帝国が打ち上げたのだろうが、ロケットとは解せないな。何のためだろう?」
エスタンも首を傾げて、
「ミサイルかシャトルならこちらを攻撃するつもりだと思えるが、ロケットとは……」
イスターとタイタスも首を傾げた。
「何のつもりなんだろう?」
タイタスがイスターに尋ねる。イスターはタイタスを見て、
「わからないな。でも、レーアのオヤジさんは、意味のない事はしないと思うから、戦略的な何かなんだろう」
「そうだな……」
タイタスは不安そうにナスカートのブースが入れられている後部エリアの方を見た。
(俺はどうなってもいい。でも、ナスカートだけは何としても地上に戻らせたい)
タイタスは月を離脱してから、その事ばかり考えていた。
地球帝国首府アイデアルにある大帝府。元の地球連邦ビルである。
その一角にある帝国科学局のフロアにある武器開発課では、無数のコンピュータを睨むスタッフが三十人ほどいた。
「打ち上げは成功です。後は衛星軌道に到達して中身を放出したら第一段階は完了します」
局長のエッケリート・ラルカスに緊張の面持ちで説明しているのは、武器開発課の課長であるヨルム・ケストンである。ラルカスより年長で、髪の毛が寂しくなって来ているケストンは、額の汗を拭いながら説明をしていた。ラルカスはケストンを見ずにコンピュータのモニターを見て、
「月から戻って来た反乱軍のシャトルが接近しているようだが、大丈夫なのか?」
「大丈夫です。連中には何もできません」
ケストンはニヤリとして言った。ラルカスは普段弱気なケストンが妙に自信タップリに言い切ったので、
「その根拠は?」
ケストンはラルカスの問いかけを待っていたようだ。嬉しそうに口を開く。
「秒速四キロメートルのスピードで動くものを攻撃できるほどの装備は、連中のシャトルには搭載されていないからです」
「なるほどな」
訊いてみて、ラルカスは得心がいった。
(こいつがこれほど自信満々なのを初めて見た気がするな)
ラルカスはフッと笑い、
「頼んだぞ。この作戦は、我々科学局の威信だけでなく、帝国の存亡にも関わるのだからな」
「はい、局長」
ケストンはラルカスを見て力強く答えた。
ヨーロッパ解放軍の中枢である西アジア州の元の知事公邸で、カミリア・ストナーと元西アジア州知事のドラコス・アフタルは、アフリカ州の帝国軍が遂に動き出したのを知って会談していた。
「メックからの連絡だと、ドッテルがアフリカの帝国軍の背後にいるらしいです」
ソファに腰を降ろしながら、カミリアが言った。アフタルはその向かいに座り、
「ドッテルが本格的に動き出したか。彼の狙いはザンバースの追い落としなのだろうが、最終的には我々とも対立するのは目に見えているね」
「ええ。レーアを新しい地球連邦の初代大統領になんて、ふざけてます。陰で操るつもりが丸分かりですから」
カミリアは苦々しそうに言った。アフタルは頷いて、
「ドッテルには旗印がない。だからレーアさんに近づいた。只それだけだからこそ、ザンバース以上に警戒する必要がある」
「ええ」
カミリアはテーブルの上に並べられたドッテルとその秘書であり恋人でもあるカレン・ミストラン、アフリカ州帝国軍司令官のタムラカス・エッドスの画像を見て頷き返した。
「エッドスに近づいたのは、彼が元からザンバースに付き従っていたのではない事もあるでしょうが、私達にヨーロッパが落とせない時の保険的要素もあるのかも知れませんね」
「抜け目のなさなら、群を抜いていると言われていたドッテルなら、それくらいの事は考えているだろうね」
アフタルは苦笑いして言う。そして、
「だからこそ、我々はヨーロッパを抑えなければならない。ザンバースがヨーロッパに新たな司令官を置かないのは、それだけ本気だという事だろうからね」
カミリアは黙って頷いた。
南米基地では、レーアと共に地球に降りて来たザラリンド・カメリス、ステファミー・ラードキンス、アーミー・キャロルドが、それぞれの部署を与えられ、活動している。カメリスはケスミー財団の秘密のアジトと暗号で交信し、新たな武器弾薬の確保を開始した。その上、ミケラコス財団の内部に潜入している工作員とコンタクトをとり、ドッテルの情報を細大漏らさず集めるように指示した。
「さすがですね、カメリスさん。ケスミー会長の信頼が厚かったのがよくわかりますよ」
カメリスの仕事ぶりをレーアと一緒に後ろから見ていたメキガテルが言った。
「そんな事ないですよ。これは全て亡き会長のご指示です。私が考えたのではありませんから」
カメリスはあくまでも謙虚である。
「ああいうところも素敵よね、カメリスさん」
うっとりした目でアーミーが言った。最近、彼女はカメリスが好きな事を隠す事なく発言するようになった。
「宇宙から帰ると人間が変わる」
そんな古い言葉を、ステファミーは思い出した。
(私も誰かに恋したいなあ)
そう思いながらついメキガテルを見てしまうステファミーだが、レーアといい感じなのをわかっているので、それは諦めていた。そんな時、全く思い出してもらえないイスターとタイタスも哀れである。
「レーア、ヨーロッパに一緒に行ってくれないか?」
司令室を出たところで、メキガテルが言った。
「え? ヨーロッパ? 私が?」
「そう、君が。いや、君でなきゃダメだ」
メキガテルが真剣な表情でそんな事を言ったので、レーアは顔が火照ってしまった。
(何考えてるのよ、私は!?)
自分の思考回路を疑うレーアである。
「カミリア達が苦戦している。彼女達を元気づけられるのは、君しかいない」
メキガテルはレーアの両肩を掴み、顔を近づけて言う。レーアは鼓動が高鳴るのを感じた。
「は、はい。私でできる事なら、喜んで」
「ありがとう、レーア」
メキガテルはよほど嬉しかったのか、レーアをギュウッと抱きしめた。
「あ……」
レーアはメキガテルの厚い胸板に抱かれ、そのまま身を任せた。
「ああ、すまない、調子に乗った……」
メキガテルは慌ててレーアから離れた。
「いえ、別に……」
レーアは赤くなっている顔を見られたくなくて、俯いた。
その頃、ナタルコン・グーダンは取調室でマリリア・モダラーに面会していた。マリリアが、グーダンだけに話したい事があると言って来たからだ。女性兵士さえ退室させ、完全に二人の状態だ。
「何かね、私にだけ話したい事とは?」
グーダンは椅子を軋ませてマリリアを見た。するとマリリアはスッと立ち上がった。グーダンは一瞬ビクッとして身構えたが、
「私を貴女の奴隷にしてください、元知事」
マリリアは艶っぽい目でグーダンを見つめ、そのまま彼の膝の上に座った。
「……」
グーダンは余りの出来事に何もできない。
「ここも、ここも、貴女のご自由になさってください」
マリリアはグーダンの右手を豊満な乳房に、左手を股間に引き寄せた。
「マリリア、君は一体……」
顔中から汗を噴き出させ、グーダンはマリリアを見上げた。
「恥をかかせないでください、グーダンさん」
マリリアはグーダンの口に吸い付いて唇を貪り、右手でグーダンの股間を弄った。