第五十七章 その三 二大権力
地球最大の企業グループであるミケラコス財団。ミタルアム・ケスミーが率いていたケスミー財団が名目上解体され、表向きはあらゆる経済のトップに君臨している組織だ。しかし、その統率者であるアジバム・ドッテルは、ケスミー財団が連邦派の支持基盤であり続けている事を察知していた。そして彼は、ケスミー財団を名実ともに葬り去ろうと考えている。そのためには、ザンバース・ダスガーバンの娘であるレーアを旗印にし、戦争に勝利する必要がある。そして、新しい連邦制の下、あらゆる決定事項に関して影響力を行使し、半永久的に地球を支配しようと目論んでいるのである。
「故エスタルト総裁の作った連邦は、その不備故に瓦解した。しかも、側近中の側近による裏切りで」
ドッテルはレーアに悪びれる事なく、そう言い切った。レーアは歯軋りしたいくらい悔しかったが、紛れもない事実なので、何も言い返す事ができない。
「エスタルト氏はあまりにも理想が高過ぎました。一つになった地球には軍隊はいらない。確かに理論的にはそうでありましょうが、国家を揺るがすのは何も軍事力だけではありませんし、国軍の仕事は戦争に限定されるものでもない、というのが、私の考えです」
ドッテルはニヤリとしてメキガテルとナタルコン・グーダンを見る。
「そうですね。軍は金食い虫です。莫大な予算が必要になりますし、雇用の拡大も同時に見込めますね」
メキガテルは皮肉を交えながら応じた。ドッテルは苦笑いをして、
「別に私は軍需産業で儲けようなどと思ってはいませんよ、ドラコンさん。むしろ、非生産的な軍は、必要最小限に留めるべきだと考えています」
「なるほど。それはどういう事ですかな?」
グーダンが巨体をドッテルに向けて尋ねた。隣に座っているカレン・ミストランは、グーダンの座っているソファの脚がギシッと軋んだのでギクッとしたようだ。
「軍は存在するだけで様々なものを消費しますが、何も生産しません。我々企業家から見れば、軍隊こそ、決して民営化できない存在だ、という事です」
グーダンはメキガテルを見た。メキガテルはドッテルを見て、
「確かにその通りですね。喜ぶのは兵器産業ばかりですか」
「ドラコンさん、貴方は偏見があるようですが、私は軍需産業とは関わりはありませんよ」
ドッテルの目つきが鋭くなり、メキガテルを射るように見た。言葉はあくまでも穏やかだったが。
「あれ、そうでしたか? 自分はてっきり、コンバットファクトリーは貴方が最大株主だと思っていましたが」
メキガテルのその言葉には、ドッテルだけでなく、カレンもビクッとした。
(何故こいつはそんな事を知っているんだ?)
ドッテルはもう少しで怒鳴りそうになったが、
「まさか。調べてもらってもいいですが、あの企業の株主名簿には、私の名前すらありませんよ」
と作り笑顔で応じ切った。
「そうでしたか。じゃあ、自分の友人の思い違いですね」
メキガテルはドッテルの発している怒気に負けないくらいの凄みを感じさせる目で、彼を睨み返した。レーアは二人の凄まじい視線に驚き、震えそうになった。
(アジバム・ドッテルの迫力に一歩も引かないメックって……)
ほんの一瞬だが、レーアはメキガテルの事が怖くなった。
一方、帝国情報部長官のミッテルム・ラードは、報告書を読んで眉を吊り上げた。
「これは……」
彼はインターフォンを押しかけたが、
(盗聴の恐れはないだろうが、誰かに聞かれるのはまずい)
と判断し、長官室を出ると、ザンバースがいる大帝室に向かって大股で歩いた。
帝国軍アフリカ州司令部では、緊急会議が開かれていた。
「ヨーロッパ戦線に勝利しない場合は、俺達に居場所がなくなる事になった」
円卓の議長席で、司令官のタムラカス・エッドスが言った。他の席に着いている幹部達はジッとエッドスの話に聞き入っている。
「ザンバースが脅しをかけて来たのか?」
幹部の一人が尋ねた。するとエッドスは、
「いや。脅しをかけて来たのは、俺達の飼い主の方だ」
「ドッテルか?」
もう一人の幹部が言う。エッドスはフッと笑い、
「正解だ。あのヤロウ、自分の方が予定通りに進まなくなったもんだから、こっちに噛みついて来やがったのさ」
「許せねえな、あのオヤジ」
一人目の幹部が語気を荒げた。エッドスはその幹部を見て、
「まあ、構わないさ。もう少ししらばっくれてみたところで、今度はザンバースの方から催促が来る。現に先日、タイト・ライカスからお叱りを頂戴したしな」
エッドスは立ち上がった。幹部達が一斉に彼を見上げた。
「ヨーロッパにいる反乱軍を叩く。そしてその上で次に狙うのは、」
エッドスは円卓の中央に置かれた地球儀をグッと掴むと、
「ここさ」
と北アメリカ大陸の東岸を指で突いた。
ドッテルは、メキガテル達との会談を終え、基地を出た。
「失敗したの?」
カレンがリムジンに乗り込む前に尋ねた。ドッテルはカレンを見て、
「その結論は早計だ。しかし、我らの戦力を目の当たりにすれば、どちらに味方するのが賢明か、あの男ならわかるはず」
「そうなの?」
カレンはドッテルのエスコートでリムジンに乗り込んだ。
「出してくれ」
ドッテルはカレンに続けて乗り込むと、運転手に告げた。
「はい」
運転手はルームミラーでチラッとドッテルを見てから返事をし、リムジンをスタートさせた。
ドッテル達を送り出したレーア達は、ソファに座り直したところだった。
「あの狸、何を企んでいるのかな?」
グーダンは一人で二人掛けのソファに座っているが、一人掛けにしか見えない。
(ドッテルも、グーダンさんに狸とか言われたくないかもね)
レーアはクスッと笑った。
「レーアを担ぎたいのは間違いないでしょうし、その点に関しては、奴も嘘は言っていないでしょう。但し、あの男は戦後の処理に関しては、一つも本当の事を言っていませんよ」
メキガテルはソファにふんぞり返り、脚を組んだ。右手がスッと背もたれの後ろに伸びた時、レーアは肩を抱かれるのではないかと勘違いし、身体を強張らせた。
(この人は、ナスカートと違ってスケベじゃないみたいだけど、ディバートと違って、紳士でもないから、よくわからないな……)
レーアの様子に気づいたメキガテルは、
「どうした、レーア? 疲れたか?」
レーアはその言葉にハッとして、
「あ、いえ、そんな事はないです」
「さっき、俺が早足で歩いたせいだな。すまない、レーア。帰りは俺が背負おうか?」
メキガテルが真面目な顔でそう言ったので、レーアは思わず噴き出してしまった。
「メック、私、子供じゃないんだから!」
「ああ、悪い。ハハハ」
メキガテルは頭を掻いて苦笑いした。そしてグーダンをもう一度見ると、
「それよりも、奴が言い残した『我々の真の力』というのが気にかかります」
「ああ、そうだな。あの男、連邦時代から裏方が得意だったから、何を仕出かすかわからんな」
グーダンは何重にもなった顎を撫でながら言った。
ミッテルムは大帝室のソファでザンバースと向かい合って座っていた。
「この報告書は確かなものか?」
そう尋ねてしまうほど、そこに書かれている事はザンバースにとって衝撃的だった。
「はい、確かなものです。私も裏をとってみましたが、コンバットファクトリーがドッテルの影響下にあるのは間違いありません。そして、バトルフィールドカンパニー以上に近い存在です」
「抜かったな、ミッテルム」
ザンバースが言うと、ミッテルムの顔が汗まみれになった。
「申し訳ありません、大帝」
ザンバースはミッテルムの慌てようを見てフッと笑い、
「技術力ではバトルフィールドカンパニーの方が圧倒しているのだ。例えドッテルがコンバットファクトリーの工場をフル稼働させて戦力を手に入れたところで、高が知れている」
ザンバースは報告書をテーブルの上に放った。ミッテルムはハンカチで顔中の汗を拭いながら、
「はあ、そのようで……」
と応じるのが精一杯だった。
「それから、エッケリート・ラルカスの提案した作戦を実行に移せれば、敵がどこに潜もうとも関係ない」
ザンバースは目を細め、煙草に火を点けた。
「では、完成するのですか、例のあれが?」
ミッテルムはハンカチをポケットに捻じ込みながら尋ねた。ザンバースはニヤリとし、
「ああ。まさに神の怒りがな」
と言った。