第五十七章 その二 ヨーロッパ解放戦線
レーアは大股で歩くメキガテルを小走りで追いかけていたので、息が上がっていた。
「はあ、はあ……」
まだ宇宙から帰還して完全に体調が戻っていないレーアには厳しいほど、マリリア・モダラーがいた取調室と基地のエントランスは離れてたのだ。
「どうした、レーア?」
メキガテルはレーアの呼吸が乱れているのに気づいて立ち止まった。
「あ、いえ、大丈夫です」
レーアはメキガテルが自分を心配そうに見ているので、赤くなって答えた。
「ああ、すまなかったな。どうも俺、気遣いが足らなくてさ」
メキガテルは頭を掻いて苦笑いした。
「君はまだ本調子じゃないよな。申し訳ない」
「いえ、そんな……」
レーアはますます顔を赤くした。
その頃、いくつかの検問所をフリーパスのように通過して来たアジバム・ドッテルの乗る大型リムジンは基地のゲート前に到着した。
「遠かったわね」
少し疲れ気味のカレン・ミストランが呟いた。それを聞き、運転手はギクッとした。
「確かにな」
ドッテルは、持って来た携帯端末で付近の地図を眺めていたので、運転手が遠回りをしているのを見抜いていたが、それを指摘したところで話がこじれるだけだと思い、何も言うつもりはない。
「随分遠いんですねえ、ここ。私も初めて来ましたので」
運転手は白々しい事を言った。ドッテルはフッと笑って、
「ありがとう。このままここで待っていてくれ。それほど手間はかからないはずだ」
と言うと、現金ではなく、金の延べ棒を渡した。この辺りでは現金や宝石より使用価値があるのだ。
「ど、どうも」
運転手はそれを嬉しそうに受け取った。ドッテルは先にリムジンを降り、カレンの降車に手を貸した。
「ありがとう」
カレンはいつになく優しいドッテルに意外そうな顔で礼を言った。
(この人、緊張しているのね?)
カレンはドッテルの手が汗ばんでいたのを感じた。
(これほどの人でも、さすがに反乱軍の幹部と会うのは怖いのか)
ゲートをくぐりながら、カレンは周囲を見渡した。基地は高い塀に囲まれており、所々に監視塔がある。塀の上には有刺鉄線が張り巡らされ、電流を流した銅線が通されているようだ。角ごとに兵士が立っていて、その手に自動小銃を携えている。広い庭にはたくさんの車両が停められており、戦車や装甲車、ミサイルランチャーを搭載したトレーラーもあった。
(一大軍事基地ね。でもあれ、多分、帝国軍のものだわ)
カレンは先に立って歩くドッテルについて行きながら、あれこれ観察していた。
「カレン、総隊長自らお出迎えのようだよ」
ドッテルが囁いたので、カレンはハッとして前を見た。基地のエントランスの前に大柄の男と若い女性が立っている。
(あれが、メキガテル・ドラコン? それに隣にいるのは確か、レーア・ダスガーバン……?)
カレンは連邦時代に何度かレーアを見かけているが、それはいつも高校の制服を着ている時だったので、すぐにはわからなかった。それに当時はショートカットだったレーアの髪も肩まで伸びているので、尚更だった。
「ほお、レーア嬢までお出迎えとはね」
ドッテルがニヤリとしたので、カレンはムッとした。
「まさか、レーアに何かするつもりではないでしょうね?」
カレンはドッテルに並んで囁いた。ドッテルはカレンを見て、
「何だ、嫉妬か?」
「そんなのじゃないわよ」
カレンは頬を朱に染めて言い返す。ドッテルはフッと笑い、
「未来の地球連邦初代大統領にそんな事をする訳がないだろう?」
と言うと、歩調を速めた。そして、
「これはこれは、総隊長とレーアお嬢様にお出迎えいただけるとは、光栄ですね」
カレンはドッテルの歯の浮くような言葉に呆れたが、作り笑顔で彼の後に続いた。
メキガテルはニコニコしながら近づいて来るドッテルに嫌悪を感じていたが、
「遠いところをようこそお越しくださいました。歓迎致します、ドッテルさん」
メキガテルは右手を差し出し、ドッテルと握手した。ドッテルは笑顔のままで、
「こちらこそ、お会いいただけてありがたく思っております」
と返した。そしてレーアに目を向け、
「レーアお嬢様、お久しぶりです。エスタルト総裁の葬儀以来ですかな?」
レーアは葬儀の時にドッテルがいた事すら知らないが、
「そうですか?」
微笑んで応じる。そして、カレンを見た。
「こちらは私の秘書のカレン・ミストランです」
ドッテルはカレンの背中に手を回して彼女を押し出すようにして紹介した。
「カレン・ミストランです。よろしくお願いします」
カレンはドッテルに押された事に戸惑いながらも微笑み、挨拶した。
「ご案内致します。どうぞこちらへ」
メキガテルは、レーアにまだ何か話がありそうなドッテルに声をかけ、歩き出した。
「はい」
ドッテルはメキガテルを見て、カレンの腰に手を回すと、二人で並んで歩き出した。
(本当に秘書なの、あの人?)
レーアはあまりにも身体が密着している二人を見て思った。
西アジア州を制圧し、ボスポ海峡を挟んでヨーロッパの帝国軍とせめぎ合いを続けているパルチザン隊。そのリーダーは、かつてレーア達と共に戦ったカミリア・ストナーである。
「南米基地を攻撃していた帝国軍は、ヨーロッパに展開しつつある。また苦しい戦いになると思うけど、一丸となって乗り切ろう」
西アジア州の元知事官邸を総司令部としているヨーロッパ解放戦線軍は、今緊急会議を開いていた。会議室の円卓には、解放戦線の各部門のリーダー、元州知事のドラコス・アフタル、カミリアがいた。カミリアの檄で議論は始まった。
「レーア・ダスガーバンが南米基地に降りた事で、帝国軍は再びヨーロッパに重きを置いて来る。だが、それこそ我々の付け目なのだ」
アフタルがカミリアの後を引き継いで話す。一同はアフタルを見た。アフタルはニヤリとし、
「今まで集中攻撃に曝されていた南米基地の負担が軽減されるお陰で、北アメリカ州に反転攻勢をかけられる」
「我々は陽動ですか?」
戦車隊のリーダーが不満そうに言う。
「そうじゃない。我々は我々で、使命がある。ヨーロッパ州は司令官が不在だ。常に帝国の軍司令部を通じてしか攻撃を仕掛けて来ない。敵の軍がこちらを向いたら、南米基地が動く。南米基地が動けば、当然の事ながら、それを迎え討つために敵は戦力の半分をそちらに振り分けるだろう。要するに、お互いに陽動だという事だ」
アフタルの話に戦車隊のリーダーはまだ不満そうだったが、
「そういう事であれば、納得です」
と言った。すると今度は航空部隊のリーダーが、
「南米基地が動いても、敵が二手に分かれなかったらどうするんですか? 今の戦力では勝ち目がありませんよ」
「それはあり得ないよ。メックが南米基地を攻略したのは、ヨーロッパより北アメリカ大陸に近いからだ。それだけ、ザンバースの首に近いって事だから、メック達が動けば、必ず敵はそちらに戦力を振り向ける」
カミリアが口を挟んだ。航空隊のリーダーはカミリアを見て、
「しかし……」
「仮定の話をしても始まらないよ」
カミリアの言葉に航空隊のリーダーは黙った。
「もう一つ、不安材料があります」
艦船部隊のリーダーが言った。一同が彼を見る。
「アフリカ州の帝国軍です。司令官のタムラカス・エッドスは、元々ザンバース派ではなかった男ですので、今のところ、軍を動かすつもりはないようですが、いつ心変わりする事か……」
カミリアとアフタルも、エッドスの動きが読めず、苦労している。
「アフリカ州の帝国軍は、メックのところとオセアニア州の隊に牽制してもらうようにするしかないね」
カミリアがアフタルと目配せしてから告げた。
「いずれにしても、激戦は覚悟しないといけない。皆の力、当てにしているよ」
カミリアは三人のリーダーを見渡しながら言った。
ドッテルは基地の中にある応接室に通され、元南米州知事のナタルコン・グーダンも交えて話をする事になった。
「お初にお目にかかります」
ドッテルはグーダンと握手をしてから、ソファに座った。その隣にカレンがゆっくりと腰を降ろす。レーアとメキガテルは向かいのソファに座り、巨体のグーダンは一人がけのソファに座った。
「以前にもお話しした通り、我々ミケラコス財団は、あなた方に援助をする方向でいきたいと思っています」
ドッテルはメキガテルとグーダンを見て言った。彼はそれからレーアを見て、
「そして戦争終結の後には、レーアお嬢様に連邦制復活を宣言していただき、連邦初代大統領に就任していただきたい」
と言うと、ニヤリとした。レーアはビクッとしてメキガテルを見た。メキガテルはフッと笑い、
「なるほど。そういう事ですか」
ドッテルは再びメキガテルを見ると、
「エスタルト総裁の築いた連邦制には不備がありました。だから、ザンバースにつけ入られた」
そう言ってから、レーアを見る。そして苦笑いして、
「失礼、貴女の父上でしたね」
「いえ、お気になさらず」
レーアはうんざりした顔を何とか封じ、そう言った。