第五十六章 その三 様々な思い
レーア達は会議室でメキガテルから現段階での連邦派の展開の説明を受けた。
「東アジアのゲーマインハフトは、こちらで誘導した内乱が功を奏して、西アジアへの進出をできない状態だ」
部屋いっぱいの円卓の議長席で、メキガテルが話をしている。そこから何席か離れたところに座っているレーアはそれを聞いてホッとした。西アジアには、カミリア・ストナーがいるからだ。
(カミリア達も頑張っているのかな?)
レーアは最初こそ感じが悪かったけど、別れて行動する事になった頃には、もう何年も一緒に行動して来たような思いがしていたので、カミリアの事は気掛かりだった。
「西アジアも解放軍が善戦していて、ヨーロッパにその戦力を集中できる段階まで来ている」
そこまでのメキガテルの説明で、レーアはちょっと心配になった。
「あの、メック」
レーアが遠慮がちに声をかけると、メキガテルはレーアを見て、
「何だ?」
レーアはメキガテルが自分を見たせいで、会議室に集まっていた数十人の人間が一斉に自分を見た事に気づき、ドキドキしてしまった。
「あの、カミリア達はどうしていますか?」
それでもカミリアの現在の消息は気になったので、レーアは思い切って尋ねた。メキガテルはレーアがカミリアと一緒に西アジアで戦った事を知っているので、
「今、彼女はヨーロッパ解放戦線のリーダーだ。忙しい毎日らしいよ」
と微笑んで教えてくれた。レーアはメキガテルの微笑みにポッと顔を赤らめ、
「そ、そうですか。良かった」
と微笑み返す。メキガテルは頷いてから、
「だが、ヨーロッパを我々に抑えられると厳しい状況になると考えている帝国は、北アメリカ州駐留の空軍と海軍をヨーロッパに派遣するようだ」
「つまり、ここを攻撃している戦力が分散するという事ですね?」
レーアの右隣のザラリンド・カメリスが言った。その更に右隣で嬉しそうに座っているアーミーはカメリスをジッと見たままだ。その右隣のステファミーは呆れ顔である。
「そうです。レーアが我々と合流してしまった以上、ここを攻撃しても意味がないという事なのでしょう」
メキガテルはカメリスを見て答えた。
「そして何より、レーアさんを攻撃する事はできないという事でもあるな」
メキガテルの左隣のナタルコン・グーダンが大きな腹を擦りながら言った。レーアはギクッとしたが、何も言わない。
「それもあるでしょうが、南米の我々がヨーロッパ戦線の仲間に比べて被害が小さいのは、それだけ帝国がヨーロッパを重視している証でしょう」
メキガテルはレーアの様子が変わったのを察知し、グーダンにそれ以上レーア絡みの話をさせないためにそう言ったのだ。
(グーダンさん、それは禁句ですよ。確かにレーアはそういう存在だけど、それを彼女の前で言ってはいけない)
メキガテルは後でグーダンに釘を刺そうと思った。
「ヨーロッパ解放戦線からの情報によると、アフリカ州の帝国軍は、帝国軍司令長官を兼務しているタイト・ライカス補佐官の再三の要請にも関わらず、ヨーロッパに援軍を送っていないらしい。司令官のタムラカス・エッドスは元々ザンバース派ではなかった男だ。いつ寝返るかわからない存在のようだ」
メキガテルは会議室を見渡しながら話を進めた。
「エッドスには寝返りを働き掛けているのではないのか?」
グーダンがメキガテルを見た。メキガテルはグーダンを見て、
「そんな奴はこちらに寝返ったとしても条件次第でまた帝国に尻尾を振ります。危険ですよ」
「なるほどな」
グーダンはニヤリとして頷いた。
「ドラコン君、例の投降者の事は話さんのか?」
グーダンは小声でメキガテルに尋ねた。メキガテルは、
「マリリアの事は最高機密とします。レーアにだけは話しました」
「そうか」
グーダンはチラッとレーアを見た。レーアはその視線に気づき、またビクッとした。
(何だろう?)
レーアはグーダンがどうして自分を見たのか気になった。
アジバム・ドッテルは、自家用ジェット機を南米基地から数十キロ離れた町に着陸させ、大型リムジンをチャーターして、メキガテル達がいる基地に向かっていた。無論、カレン・ミストランも一緒である。
「なかなか盛大な葬儀になりそうだな」
ドッテルは小型端末に送信されて来た義父ナハルの葬儀会場の画像を見て呟いた。
「あとどれくらいだ?」
彼はそれをアタッシュケースにしまうと、運転手に尋ねた。
「はい、あと一時間ほどです」
運転手はルームミラー越しに答えた。
「何故そんなにかかる? 距離にして二十キロとあるまい?」
ドッテルが更に尋ねた。運転手はギクッとした顔で、
「ああ、いえ、戦乱で道路が破壊されておりまして、舗装が途中までなんです」
「そうか」
ドッテルは仕方なさそうに応じると、シートにもたれかかる。実は運転手はパルチザンの人間で、ドッテルを遠回りして運んでいるのだ。
「それから、いくつか検問所がありますから、そこでも足止めされると思いますよ」
運転手は申し訳なさそうに言い添えた。
「それは承知している」
ドッテルはメキガテルの用意周到さを知っている。そう簡単には近づけないのは想定済みだが、時間がかかるのは望んでいなかった。
「いくら出せば、早く終わるのかね?」
ドッテルはニヤリとして訊く。運転手はハンドルを操作しながら、
「いや、金では無理ですよ、相手は反乱軍です。帝国軍なら、どうにかなるかも知れませんが」
ドッテルはその答えにフッと笑った。
「なるほどな」
帝国軍なら金でどうにかなる。それがこの戦争の限界を如実に表している。ドッテルはそう思った。
(メキガテルを篭絡するのは難しいだろう。しかし、レーア・ダスガーバンを何とか味方につければ、私の計画は一歩も二歩も進む)
「何を考えているの?」
隣に座っているカレンが小声で訊いて来た。ドッテルはカレンを見て、
「将来の事さ。私達のな」
と答えた。
「将来のね……」
カレンは承服しかねるという顔をしたが、それ以上何も訊かなかった。
(この人、まさかとは思うけど、レーア・ダスガーバンを何とかしようと思っているんじゃないでしょうね?)
カレンの勘は鋭さが増して来ていた。
監禁室に戻されたマリリアは、ベッドに腰を降ろし、溜息を吐いた。
(監禁室とは言っても、元々は兵士の寝泊まりに使われていた部屋よね?)
ベッドはフカフカ、トイレはきちんと周囲に壁がある。その上、風呂もシャワーもある。
(まるでホテルの一室ね)
マリリアは、ここが監禁室ならザンバースの私室は拷問室より怖いところだと思った。
(これが手?)
マリリアはふと思い返す。
(ここは敵地。しかも、彼らから見れば、私は一級の捕虜も同然。優遇して、完全に味方にしようと考えているのかしら?)
彼女自身、レーアの存在がなければ、本当に投降していたかも知れない。その時、更に嫌な事に思い至る。
(もし、私が本当に投降してしまったら、ミッテルムはどうするつもりだったのかしら?)
帝国情報部長官のミッテルム・ラードはザンバースの配下の中でも一番の強か者だ。マリリアが本気で投降する事を想定していない訳がない。
(奴はどうするつもりなの? 私は武器どころか、何の支援もないのに)
マリリアは知らなかった。いや、知らされなかったのだ。自分の本当の役割を。
ミッテルム・ラードは、大帝府の大帝室でザンバースに報告していた。
「マリリアがもっと深く潜入したら、第二作戦を決行致します」
ミッテルムは嬉しそうに告げた。ザンバースはニヤリとして、
「マリリアの始末も兼ね、尚且つメキガテルに大ダメージを与える、か。お前は本当に謀略の天才だな、ミッテルム」
「ありがとうございます、大帝」
ミッテルムは立ち上がって敬礼した。
「そして、最終的には、レーアお嬢様をお救い申し上げる所存です」
「レーアの事はいい。メキガテルの命を奪う事だけを考えろ」
ザンバースは鋭い目でミッテルムを睨んだ。
「は!」
ミッテルムはビクンとしてもう一度敬礼した。
レーア達はメキガテルと共に司令室に行った。
「総隊長、ドッテルが乗ったリムジンがこちらに向かっています」
通信士が告げた。メキガテルは頷き、
「検問所では丁重にと伝えておけ。いずれにしても、あの男とは一度じっくり話さないといけないからな」
と言った。そしてレーア達を見ると、
「取り敢えずは、この司令室で何か仕事を手伝ってもらう事になる。その時はよろしく」
「はい」
レーア達は声を揃えて返事をした。
「レーア、一緒に来てくれ」
通信設備の説明を受けようとしていたレーアをメキガテルが呼んだ。
「ああ、はい」
レーアは顔を上げて応じ、メキガテルと共に司令室を出て行く。
「やっぱり、レーアとメキガテルさんて、お似合いかもね」
すっかりお気楽なアーミーが、ステファミーの気持ちも考えずに言う。
「そ、そうね」
ステファミーもレーアと争うつもりがないので、苦笑いして応じた。
「どこに行くんですか?」
レーアは小走りしてメキガテルに追いついた。
「マリリアのところさ。今会っておいた方がいいと思ってね」
「え?」
レーアはドキッとした。
(マリリアさん……)
鼓動が高鳴り、顔が熱くなる。
「マリリアは恐らく偽装投降だ。何かをするつもりだ思う」
メキガテルは前を向いたままで言った。
「えええ!?」
更に心臓が動きを速めるのをレーアは感じた。