第五十六章 その二 マリリア・モダラー
メキガテル・ドラコンは、基地の一角にある取調室に入った。そこには二人の女性の兵士が銃を携えてマリリア・モダラーを両脇から腕を取って立っていた。マリリアは抵抗するつもりなど毛頭ないので、女性兵士の緊張した小刻みの震えを感じ、苦笑いしていた。
「驚いたよ、マリリア。あんたほどの人が投降して来るとはね」
メキガテルはマリリアを取り調べ用の背もたれ付きの椅子に座らせ、その向かいにある革張りの大きめの椅子に腰を下ろした。マリリアは女性兵士によって身体中を調べられ、服を捕虜用のものに着替えさせられ、イヤリングや指輪、ネックレス、ブレスレット、アンクレットなどの装飾品を全て外された。どこに武器が隠されているかわからないからだ。その上、メキガテル自らが取り調べをすると言われ、検問所の責任者は焦った。メキガテルに何かあれば、自分の責任になると思った彼は、女性兵士に命じて、マリリアの身体を調べさせた。マリリアは全裸にされ、隅々まで調べられた。
(何も隠していないからこそ、これは屈辱だわ)
マリリアは歯を食いしばってそれに堪えた。女性兵士はマリリアの秘所まで調べた。
(私がこの人達だったら、やっぱりそこは調べるわね)
悔しい反面、調べている二人の気持ちもわかり、同情すらした。
「すまなかったな。随分と細かく調べたようで」
メキガテルは報告書を見ながら詫びて来た。マリリアはまさか謝罪されると思わなかったので、驚いてメキガテルを見た。
「いえ。あれは投降者に対して行われる通常の行為だと思っていますから、謝罪の必要はないと思います」
マリリアはメキガテルを真っすぐに見て言う。メキガテルはニヤリとして、
「さすがザンバースの片腕まで上りつめた人だ。ありがとう」
と応じた。そして、
「投降の理由を一応訊いておこうか」
メキガテルは途端に鋭い視線をマリリアにぶつける。マリリアはその視線に一瞬ギクッとしたが、
「私が帝国を裏切ろうとしていた事はご存知ですよね?」
「ああ。おおよそは訊いている。しかし、何故なのかは知らない」
メキガテルは自分の知っている事を全部マリリアに伝えるつもりはない。まだ彼女が本当の投降者かどうかわからないからだ。
「私の恋人のマルサス・アドムがザンバースによって追放同然の扱いを受けたからです」
マリリアは、帝国情報部長官のミッテルム・ラードに、
「嘘を吐く時は、ギリギリまで真実を述べるのだ」
と言われている。だから理由については本当の事を話すつもりでいた。
「ほう。あんたはザンバースの片腕であり、恋人でもあると思っていたんだが、そうではなかったのか?」
メキガテルは故意に嘘とわかる事を言った。マリリアの反応を見るためである。
(私を試しているの?)
聡明なマリリアは、メキガテルの意図を感じ取っていた。
(それがわかったとしても、私にできるのは真実を語る事だけ)
マリリアは意を決して話を続ける。
「ええ、そうです。私はザンバースをずっと騙していました。しかし、騙しているつもりで、逆に騙されていたのです」
マリリアは演技ではなく、涙を浮かべた。その時の屈辱が頭の中に甦って来たからだ。
「どういう事かな?」
その辺りの事は、メキガテルも把握していない。だから彼は興味深そうに身を乗り出した。
「ザンバースは私とマルサスの仲を知り、私達を引き裂くために罠を仕掛けました。私はそれにまんまと嵌り、マルサスとの関係を断ち切ったのです」
マリリアは潤んだ目でメキガテルを見た。
(美人だけど、どこか怖いな、この女)
メキガテルはマリリアの顔をジッと見ながら、
「それで?」
と先を促した。マリリアは涙を拭って、
「そして私はザンバースに忠誠を誓い、改めて彼の部下として活動をしました。でも、それすら危険に思えて来て……」
ここまでは全て真実である。だからマリリアは淀みなく話せた。問題はこの先なのだ。
(どこまで話せば、この男に信じてもらえるだろうか?)
マリリアはメキガテルの顔を見つめる。野性的で、それでいてその目は知性と理性を感じさせる。恋人だったマルサス・アドムとは対極をなすような雰囲気の男だ。粗野に見えて、先程の謝罪に見られるように、実は細やかな心遣いもできる。男としては、一級品だ。
「どうした?」
メキガテルは黙ったままのマリリアを見て声をかけた。マリリアはハッとして、
「すみません、その当時の事を思い出して、感情が昂ぶりそうだったので、押さえ込んでいました」
そんな嘘が通じるだろうか、と心配になりながらも、そう言い繕った。メキガテルはフッと笑い、
「なるほど。いいだろう。取り敢えずは、しばらく留置所に入ってもらう。そして、危険がないのが確認できたら、それ以降は味方として接する」
「ありがとうございます。私は本当にザンバースのやり方についていけないのです」
マリリアは泣き出した。その涙の切っ掛けには別の理由があったが、泣きたかったのは本当だった。
(この人にもっと早く会っていれば、私の人生はどうなっていただろう……?)
もしもの事を考えてしまうほど、マリリアはメキガテルに惹かれていた。しかし、そんな事を考えても何もならないのもわかっているのだ。
「後は頼む」
メキガテルは女性兵士に告げ、取調室を出た。
(マリリア・モダラー。何かを隠しているが、それが何なのかはこの際構わない。彼女とて、時代の犠牲者だ。できれば、救ってあげたい)
メキガテルはマリリアは投降したふりをしていると判断していた。
(殺すのはいつでもできる。しかし、そこまでしてしまっては俺達もザンバースと一緒だ)
メキガテルは司令室に向かった。
月基地では、カラスムス・リリアス達が先導して、アイシドス・エスタンらをシャトルに乗り込ませた。その中にはエレイム・アラガスの部下達も含まれていた。
「よし、発進しろ」
キャプテンシートの着くなり、リリアスが命じた。シャトルはエンジンを噴射し、月基地を飛び立つ。
「反乱軍のシャトルが動き出しました!」
ヤルタス・デーラのシャトルでは、リリアスのシャトルの動きを把握していた。
「逃がすな。叩き落とせ!」
デーラは攻撃を命じ、
「基地に降りている者達は至急帰還せよ。これより敵シャトルを追撃する」
と通信機に叫んだ。その時だった。
「何!?」
月基地から火柱が上がった。
「何だ!?」
デーラはシャトルが大揺れする中で怒鳴った。
「月基地が爆発しています!」
「何だと!?」
部下の報告に仰天して、デーラは手元のモニターを見た。月基地の各所から火柱が上がり、建物が崩壊していくのが映っている。
「エレイム・アラガスめ、血迷ったか!? 全速上昇だ! 爆発に巻き込まれるな!」
デーラが命じた時はもう遅かった。彼の乗るシャトルの真下からも火柱が上がり、シャトルを貫いたのだ。
「バカな……」
それがヤルタス・デーラの最後の言葉となった。シャトルは火柱に貫かれて基地に墜落し、爆発炎上した。
「隊長……」
爆発に巻き込まれないように上昇したリリアス達のシャトルでは、アラガスの部下達がコクピットの窓から見える炎上する基地に敬礼していた。
「アラガス……」
車椅子に乗せられたエスタンも目頭を熱くし、敬礼した。
「見せてもらったよ、あんたなりのケリのつけ方をな」
リリアスは泣いてこそいなかったが、感動していた。そして彼もゆっくりと敬礼した。
ザンバースは、補佐官のタイト・ライカスから、月基地の爆発及びヤルタス・デーラ戦死、並びにマリリアの南米基地潜入完了の報告を受けていた。
「一歩前進、一歩後退だな」
ザンバースは報告書を机の上に投げ出してライカスを見上げた。
「は!」
ライカスは敬礼し、退室した。
(月基地がなくなったのは大きな痛手だが、仕方あるまい)
ザンバースは椅子に沈み込み、窓の外を見た。
翌日、特別室での休養を終えたレーア達は、司令室に招かれ、メキガテルとナタルコン・グーダンに会った。
「レーアさん、よくご無事で。これからが本当の戦いです。よろしくお願いしますよ」
体積の大きいグーダンに大きな声で言われ、レーアは圧倒されたが、
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
と握手を交わした。
「メキガテルさんて、結構かっこいいね?」
ステファミーがアーミーに囁いた。アーミーは、
「そう?」
と素っ気ない。彼女の中の一番は隣に立っているザラリンド・カメリスのようだ。
「早速で悪いが、今後の事を話し合いたいので、会議室に移動してくれ」
メキガテルが言った。レーア達は大きく頷いた。
「レーア」
司令室を出て廊下を歩き出した時、メキガテルが声をかけた。
「はい?」
レーアは緊張して返事をした。昨日の事を思い出したからだ。メキガテルはレーアの手の甲にキスをして、
「お待ちしてました、お姫様」
と言ったのだ。しかしその時のメキガテルは真剣そのものの顔をしていた。
「マリリア・モダラーが投降して来た。君にだけは伝えておこうと思ってな」
その言葉はレーアにとって衝撃的だった。
(誰よりもパパのそばにいたはずのマリリアさんが投降?)
レーアには理解しがたい展開だったのだ。
「会えますか、マリリアさんに?」
レーアは歩きながらメキガテル尋ねた。
「すぐには無理だが、取り計らうよ」
メキガテルはレーアを優しくエスコートして会議室に入った。