第五十六章 その一 世代交代
レーア達を乗せたシャトルは、地上で激戦が繰り広げられる中、南米基地の滑走路にタッチダウンした。
「ふう」
車輪が無事地面に触れたのを感じ、ザラリンド・カメリスは大きく息を吹いた。
「良かった」
レーアも微笑んでカメリスを見、肩に手を置いてその労を讚えた。
「やったあ、カメリスさん!」
後部座席でアーミーは万歳をしている。それを横目で見て、ステファミーは肩を竦めた。
「やっと戻って来た、地球に……」
レーアは涙を浮かべて、キャノピーの向こうに見える基地の建物を見た。
(あそこにメックがいるのね)
そう思いながら、ステファミーに妙な事を言われて以来、妙にメキガテルを意識してしまっている事を再認識してしまう。
(モニターを通じて何度か話しただけなのに……)
レーアは苦笑いした。
メキガテルも、レーア達のシャトルが無事着陸した事を知り、ホッとしていた。
(撃ち落とされる事はなくても、流れ弾が当たったり、着陸に失敗したりする可能性もあるからな)
少しだけ肩の荷が降りたと思うメキガテルである。
「総隊長!」
通信士が血相を変えて声をかけた。
「どうした?」
メキガテルは戦況が激変したのかと思い、厳しい表情で彼を見る。
「ミケラコス財団のナハル・ミケラコスが死亡したそうです」
通信士は電文がプリントされた紙をメキガテルに渡した。メキガテルはビクッとしてそれを受け取った。
「そうか。死んだか。娘さんが病死して、急激に老いたとは思ったが、早かったな、それからが」
メキガテルは一つの時代が終わりを告げた事を知った。
「ミタルアム・ケスミーさんが亡くなった時にも感じたが、これでとうとう財界はあの男が牛耳る事になるな」
メキガテルはミケラコス財団の事実上の支配者となっているアジバム・ドッテルを思い出した。
「ドッテルの自家用機はどうしている?」
彼はレーダー係に尋ねた。レーダー係は機器を操作しながら、
「戦況が変わったため、南からのルートを諦め、また大きく迂回しているようです」
「そうか。まだこちらを目指しているのか」
メキガテルはドッテルが危険を顧みずに向かっている事を知り、彼の執念と何か起こっている可能性を感じた。
(何が始まろうとしているんだ?)
メキガテルは眉間に皺を寄せ、考え込んだ。
そのドッテルも、自家用ジェット機の中でナハル死亡の報告を受けていた。
「葬儀は盛大にしろ。私は戻れんが、さっさとすませるんだ。喪主はトーブの名前にでもしておけ」
ドッテルは用済みの義父には何も思う事がないのだ。自分の息子を表に立て、わずかばかりの恩返しをするつもりである。彼はそれだけ言うと、通信を切った。
「死ぬ時まで間の悪いジジイだ」
ドッテルはそう毒づいた。
「まあ、酷い」
カレン・ミストランがドッテルに抱きつきながら言う。ドッテルはニヤリとして、
「利用価値のない奴には、何も恵む必要はないのさ」
「そう?」
二人は微笑み合って唇を貪った。
ザンバースも、大帝室でナハル死亡の報告を受けていた。
「呆気なかったな、ナハル」
ザンバースもドッテル同様、ナハルの死に思う事はないらしい。彼はインターフォンのボタンを押し、
「ミッテルムに繋げ」
と言った。
シャトルから降りたレーア達は、メキガテルの部下達が乗りつけた大型ホバーカーに出迎えられた。
「お待ちしておりました、レーア様」
レーアは、「レーア様」などと呼ばれると背筋がゾクゾクしてしまうのであるが、何かを言うつもりはなく、
「ありがとうございます」
とだけ言うと、カメリス達と共にホバーカーに乗り込んだ。
月基地では、未だにヤルタス・デーラのシャトルによる攻撃が続いていた。
「いい気になるなよ、デーラ」
エレイム・アラガスは、事なかれ主義に徹しているデーラが気に食わない。
(何があっても、あいつだけは道連れにしてやる)
アラガスは司令室に大股で戻り、揺れる天井を見上げて思った。
そのデーラのシャトルは遂に基地の装甲を破壊し、部隊が基地内になだれ込んで来た。
「司令室一点突破だ。後は構うな」
デーラはシャトルから命じた。
(この基地はそのままいただくのだ。あまり破壊したくない)
出世は望んでいないが、左遷も望んでいないデーラは、それなりに身の振り方を考えてはいた。
(信念のために己を犠牲にするような阿呆とは違う)
彼は彼で、アラガスの行動を軽蔑しているのだ。
一方、基地内部を進んでいたカラスムス・リリアス達は、アラガスの部下と車椅子に乗せられたアイシドス・エスタン、医療用ブースに入れられたナスカート・ラシッドと合流していた。
「我々には戦闘意志はありません」
アラガスの部下達は涙を浮かべて言った。
「どういう事です?」
リリアスがエスタンに尋ねた。エスタンはアラガスの部下達を見渡して、
「エレイム・アラガスは自分一人で始末をつけるつもりのようなのだ」
と答えた。リリアスはそれを聞いて、アラガスの覚悟を悟った。
「そういう事か」
リリアスはエスタンの車椅子に手をかけ、
「ならば、その意志に報いるだけだ。おい、行くぞ」
と言うと、エスタンの車椅子を押して元来た通路を駆け戻る。
「は、はい!」
リリアスの部下達はナスカートの医療用ブースを押しながらリリアスを追いかけた。
アラガスの部下達はしばらく呆然としていたが、目配せし合って駆け出した。それが隊長の意に沿うならと思って。
マリリア・モダラーは、輸送機を降り、あてがわれたホバーバギーを運転して、南米基地を目指していた。
(本当に一人きりで潜入させるのね……)
一人くらいは協力者がいると思っていたので、マリリアはもう開き直っていた。
(最悪の場合、本当に反乱軍に投降するのも仕方ないか)
そう思った彼女だったが、
(レーアが来るのか)
マリリアは、以前レーアと顔を合わせた時、
『貴女はお父様のなさっている事をしっかりと見届けなければなりません。それが貴女に課せられた使命なのですからね』
と言った事を思い出し、
(あんな事を言った相手のところに投降するなんてできない)
マリリアは何としても使命を遂行しようと考えた。
レーア達は基地内にある特別室に入れられた。宇宙空間で長く過ごしていると、身体の機能が低下してしまう。それを通常時にまで戻すための設備があるところだ。
「ふう」
レーア達は、それぞれが一人入れる程度のブースに入った。
(ナスカートが入れられている医療用ブースに似ているわね)
レーアはそれに横になりながら思った。その中は水で満たされた外郭に浮かべられたゴムボートのようなものになっている。重力をできるだけ軽減しているのだ。
「そこに一日入っていてください。栄養はしばらく流動食になります」
係員が告げた。彼が出て行くと、それと入れ替わるようにメキガテルが入って来た。
「メック」
レーアはメキガテルを見て声をかけた。メキガテルはレーアに近づくと、
「お待ちしてました、お姫様」
と言い、彼女の手の甲にキスをした。レーアはそんな事をされるとは思っていなかったので、真っ赤になった。
「遅くなりました」
それだけ言うのが精一杯である。メキガテルは優しくレーアの手を握り、
「取り敢えず、今は休んでくれ、レーア。話はその後だ」
「はい」
メキガテルは微笑んで頷くと、ブースを離れた。
「どうした?」
メキガテルはまた通信士が電文を持っているので、またかよという顔で尋ねた。
「基地周囲にある検問所からです。投降者がいるそうです」
「別にそんな事、いちいち俺に言わなくても……」
メキガテルが呆れながら通信士に近づくと、通信士は、
「その投降者、マリリア・モダラーのようなんです」
「何だって!?」
メキガテルは目を見開き、通信士と共に特別室を出て行った。
「間違いないのか?」
司令室に戻りながら、メキガテルは質問を続ける。
「はい。帝国のIDを持っていました。確かに本物のマリリア・モダラーでした」
「罠じゃないのか?」
メキガテルはドアを押し開いて更に尋ねる。
「その可能性は否定できませんが、女子のパルチザンに調べさせたところ、武器も通信機器も所有していませんでした」
通信士は全部調べましたよという顔で答える。するとメキガテルは立ち止まって、
「女特有の隠し場所も調べたのか?」
「え?」
通信士はギクッとして立ち止まった。メキガテルは通信士を見て、
「まあ、いい。ここにつれて来いと言え。どこに隠していても、確認する方法はある」
「は!」
通信士は慌てて駆け出した。
(マリリア・モダラーが投降、か。いかにもあり得そうな話だ。彼女は今微妙な立場だからな)
メキガテルは再び歩き出す。
(しかし、だからこそ、怪しいとも思えるな)
マリリアとメキガテル。生き延びるのはどちらなのか?