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第五十三章 その三 エスタンの願い

 月基地。


 アイシドス・エスタン、タイタス・ガット、イスター・レンド、そして医療ブースに入れられた状態のナスカート・ラシッド。彼らは、エレイム・アラガス達の接近により、危機に直面していた。

(何があっても、この子達だけは助ける)

 武器庫の中で、エスタンは悲愴な覚悟を決め、手にした銃のチェックをしているタイタスとイスターを見た。その時、ドンと鈍い音がして、武器庫の扉が振動した。

「来た」

 タイタスが思わず言葉を発してしまった。

「バカ、何してるんだよ!?」

 イスターが小声でたしなめたが、もう遅い。タイタスはあっという顔をして目を見開いた。

「とにかく、物陰に隠れて。できる限り銃撃戦は控えよう」

 エスタンは二人に囁いた。タイタスとイスターは黙って頷いた。更に大きな衝撃が伝わり、扉が歪む。


 アラガス達も、それほど大きな武器を持って来てはいない。戦いになどならないと思っているからだ。だから彼らは、シャトルの移動に使用するためのカートを扉にぶつけているのだ。

「もっと勢いをつけろ。どうやら、武器庫のようだ。扉は頑丈に造られているはず。カートを最速にしてぶつけろ」

 アラガスはニヤリとして命じた。部下の一人がカートの速度を最大にした状態で、カートを発進させ、飛び降りた。カートはそのまま扉に激突し、バラバラになった。扉は歪みはしたが、開かない。

「おのれ!」

 アラガスが扉に近づく。

「中にいるのはわかっているぞ、アイシドス・エスタン! 息をひそめても無駄だ。ナスカート・ラシッドの医療ブースに発信機を取り付けてあるのだからな」

 アラガスは精神的な揺さぶり作戦に切り替えた。


 アラガスの声を聞き、エスタンはギョッとしてしまった。

(何て事だ、最初からここがばれていたのか?)

 二手に分かれる作戦は挫折してしまったのだ。彼はタイタス達を見た。

「君達を助けてくれるように交渉してみる。そのまま、ここにいてくれたまえ」

「ダメですよ! そんな事を聞いてくれる奴じゃないのは、エスタンさんが一番ご存知のはずでしょう?」

 イスターが反対した。タイタスも、

「俺もそう思います。出て行ったら、殺されちゃいますよ」

「ここにこうしていても、やがて殺される事になるよ」

 エスタンは冷静な目で二人を見る。イスターとタイタスは顔を見合わせてからエスタンを見た。

「私には子供がいない。だからこそ、私の子供のような君達には生き抜いて欲しいんだよ」

 エスタンは微笑んで続けた。涙脆くなっているタイタスが泣き出す。イスターも目を潤ませている。

「だから、この場は私に任せて欲しい」

 エスタンの言い方は、懇願だった。命令でも強制でもなく、タイタスとイスターに頼んでいるのだ。

「はい」

 二人はもうそれ以上何も言えなくなり、エスタンに同意した。

「ありがとう」

 エスタンは二人の肩を叩くと、扉に近づいた。

「エスタンだ。投降する。但し、中にいる二人と医療ブースに入っているナスカート君達は助けて欲しい」

 エスタンは大声で言った。

「いいだろう。人質はあんただけで十分だ。ここに向かっているナスカート達のお仲間を封じるにはな」

 アラガスが答えた。エスタンはホッとして、扉のロックを解除した。

「まずは礼を言わせてくれ、アラガスさん」

 扉が開き、アラガスの顔が見えると、エスタンは笑顔で言った。するとアラガスは、

「礼なんていい。逆にこちらが礼をしたいくらいさ」

 アラガスは不敵な笑みを浮かべて応じた。エスタンはその笑みに何かを感じてギクッとした。

「これは俺に恥を掻かせてくれた礼だ」

 アラガスはいきなりエスタンの足の甲を銃で撃った。タイタスとイスターが驚いてエスタンを見た。

「ぐうわあ!」

 エスタンはその激痛によって倒れた。

「この俺を舐めた報いだ」

 アラガスはニヤリとしてエスタンを見下ろす。

「私はどうなってもいい。あの子達は逃がしてくれ」

 エスタンは痛みに顔を歪めて、アラガスに言った。アラガスは肩を竦めて、

「ああ、かまわないさ。さっきも言った通り、あんた一人で人質は十分。どこへなりと行ってかまわない」

 彼は哀れむような顔でタイタス達を見る。タイタスはアラガスの態度にムッとしたが、

「ダメだ、タイタス。俺達はナスカートさんを助けなくちゃならないんだよ!」

とイスターが引き止めた。

「そうそう。そっちのお兄ちゃんの方がよくわかってるぞ、ちびっ子。もう少し考えて行動しないと、長生きできないよ」

 アラガスは更に挑発して来た。しかし、タイタスとイスターは堪えるしかなかった。


 一方、帝国のシャトルに乗り込んでいるヤルタス・デーラは、基地に接近しても反撃がないので、

「やはり、アラガスが脱出したのか?」

とまた考え始めていた。

「まあ、誰が残っていようと、敵は殲滅するのみだ。各員、白兵戦用意」

 デーラはそう指示を出し、自分もヘルメットを被った。


 そして別の方角から月基地に接近しているカラスムス・リリアスのシャトルも、月基地の異変を察知していた。

「こちらにはともかく、何故帝国のシャトルにも攻撃を仕掛けないんだ?」

 リリアスは腕組みをして、

「月基地の内部のシステムにアクセスしろ。状況が掴めない」

と命じた。


 レーア達の乗るシャトルは、地球大気圏に接近していた。シャトルのキャノピー越しに青い地球が見える。

(帰って来た……。一時はどうなる事かと思ったけど)

 レーアはホッとして、操縦席のザラリンド・カメリスを見る。カメリスは通信機を操作しながら、

「地球各地の帝国軍が南米に集結を始めているようです。これは大変な帰還になりそうですよ」

「そうですか」

 レーアは、パルチザン隊の総隊長であるメキガテル・ドラコンと話した時、それは聞いたが、実際にその動きが確認されたと聞くと、また怖くなる。

「メキガテルさんの言う通り、シャトルは狙われないと思いますが、それでも基地に降下するのは難しいでしょう」

 カメリスは次第に大きくなって来る地球を見つめて言う。

「違うところに降りる軌道をとりましょう、カメリスさん」

 レーアはふと思った事を口にした。

「え? いや、陽動ができるほど単純なものではないですよ、レーアさん」

 カメリスはレーアを見た。レーアは苦笑いして、

「いえ、そんなつもりはないですよ。陽動と見せかけているって勝手に思ってもらえればいいなというくらいの考えなんです」

「なるほど!」

 カメリスが大きな声で納得したので、

「なになに?」

 寝ぼけまなこで、仮眠室からアーミーが出て来た。レーアとカメリスは、目を擦りながら二人を見るアーミーを見てクスッと笑った。

「そのまま真っすぐ降りるのかどうかわからないと思わせれば、敵の戦力を分散できますね」

 カメリスはレーアの咄嗟の機転に感心していた。レーアはあまりカメリスが大きく頷くので、何だか恥ずかしくなってしまい、

「ええ。メックの戦力集中作戦もいい考えですけど、それではあまりに彼らに負担がかかり過ぎます。帝国軍が押し返している州の部隊を振り分けさせる事ができて、しかもメック達の負担を軽減できる方がいいですよ」

と照れ臭そうに言った。


 足を打ち抜かれたエスタンは、アラガスの部下が背負い、隠しエレベーターに連れて行かれた。

「お前らはサッサと脱出しろ。もうすぐここに帝国軍が大挙して押し寄せて来る」

 アラガスは、未だに警戒心を解かないタイタスとイスターに告げた。

「サラミスで、俺は殺されなかった。だから、その借りをここで返す。レーアに再会できたら、これで貸し借りなしだと伝えてくれ」

「は、はい」

 アラガスは、エスタンの足を打ち抜いた時は、タイタスとイスターも撃ち殺しそうな顔だったが、今は違った。

「俺は悪魔じゃない。お前らを助けると言ったんだ。助けるさ」

 アラガスはそう言うと、エレベーターに歩き出す。タイタスとイスターはようやく安心し、ナスカートのブースを載せたストレッチャーを押した。

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