第五十三章 その二 エッケリート・ラルカス
南米大陸のアマズーネ地方区。そこがパルチザン隊の総隊長であるメキガテル・ドラコンがいる行政区だ。帝国が連邦制を乗っ取る形で全ての行政区を制圧しようとした時、メキガテルのいたアマズーネ地区は逸早く帝国軍に対して蜂起し、これを打ち負かすと、一気に南アメリカ州全土へとその勢力を拡大し、危うく占拠されかけた南アメリカ州知事公邸を奪い返した。今、メキガテル達がいる司令本部がそれである。
「最初に蜂起した時以上に大変になるぞ。恐らく、ザンバースの事だ。レーアがここへ向かっているのは予想ずみのはずだ。地球各地の帝国軍を編成し直して、その注ぎ込める部隊全てを投入するだろう」
メキガテルは南アメリカ州全てのパルチザン基地に通信していた。
「激戦が予想される。諸君にはまた苦労をかけるが、全力を尽くして欲しい。必ず勝利しよう」
メキガテルはそれだけ言うと、マイクを戻し、司令室を飛び出した。
(狙われるのはここだけじゃない。地球各地のシャトル基地で、俺達が抑えているところは軒並み襲撃される。ザンバースはそういう奴だ)
メキガテルは、ザンバースが、レーア達のシャトルが進路変更をした時の事まで想定していると考えていた。彼は廊下を走り、ナタルコン・グーダン元南米州知事の私室に赴いた。
「迷惑をかけます」
メキガテルは入るなりそう言った。自分の机で書類に目を通していたグーダンは顔を上げてメキガテルを見ると、
「迷惑? とんでもないよ、メック。君達がいなければ、我々は死んでいた。君達に対する協力は惜しまないつもりだ」
「ありがとうございます」
メキガテルはグーダンの前まで進むと、
「心配なのは、ここよりも他の州の知事公邸です。西アジアとオセアニア州は、何度も帝国軍の空襲を受けて、かなり危険な状態です」
と説明した。西アジアは、レーアやディバート達が死守した数少ない連邦派の州だ。元知事のドラコス・アフタルは、カミリア・ストナー率いるパルチザン隊を中心に東アジア州のエメラズ・ゲーマインハフトの軍と交戦している。司令官のカリカント・サドランを失ったヨーロッパ州は、司令官不在のままで、帝国軍司令長官を兼任しているタイト・ライカス補佐官が直轄している。カミリア達は、ゲーマインハフト軍を威嚇しながら、ヨーロッパ戦線を拡大しているようだ。
オセアニア州は、アフリカ州の帝国軍が時折攻撃を仕掛けている。リーム・レンダースの弟であるイサグが戦死し、リーダーを欠いている部隊であるが、ゲリラ戦法で帝国軍を撃退しているようだ。
「危険なのは戦況ではなく、補給路です。帝国軍は数にものを言わせて、パルチザン隊や共和主義者の部隊を孤立させようとしているようです」
「そうか。それは問題だな」
グーダンは腕組みをして考え込む。メキガテルは机に手を乗せ、
「だからこそ、その戦力をここに集中させる。で、一気に叩き潰す」
「そううまくいくかね?」
グーダンはそう言ってメキガテルを見上げる。メキガテルはニヤリとして、
「だからこそのドッテルです。奴をうまく動かせば、ザンバースの次の一手を封じる事だってできるはずです」
グーダンはメキガテルを見たまま、
「わかった。君に任せる。但し、あまり無茶はせんようにな」
「もちろんです。俺はこの戦争で死ぬつもりはありません。生き抜いて、最後までやり抜きますよ」
メキガテルはそう言うと敬礼し、部屋を出て行った。
ザンバースは、大帝室のソファで、帝国科学局局長のエッケリート・ラルカスと向かい合っていた。
「宇宙からパルチザンや急進派を抑える方法、ですか?」
ラルカスは、ザンバースの提案に目を見開いていた。ザンバースは煙草を燻らせたまま、
「そうだ。連中には反撃できない方法を考えろ。できるだけ早急にな」
「はい」
エッケリートは、自分の置かれている立場を考えてみた。
(マルサスは、サイコバスターを造り、あまりにも強力な装置故、廃棄処分にさせられた。俺もその二の舞いにならないとも限らない)
彼はその後のマルサス・アドムに対する冷遇を知っているので、慎重になっていた。
「どうした、ラルカス? 自信がないのか?」
ザンバースは灰皿に煙草をねじ伏せて尋ねる。ラルカスにはその押し潰される煙草が自分に見えてしまった。
「いえ、決してそのような事はありません。ご期待に添えるよう、鋭意努力致します」
ラルカスは慌ててザンバースを見て答えた。
「わかった。頼んだぞ、ラルカス」
ザンバースはニヤリとして言った。ラルカスは顔を引きつらせて立ち上がり、
「は!」
と敬礼した。
レーア達の乗るシャトルは、月と地球の中間地点を通過していた。
「レーアさん、メキガテル・ドラコンさんから通信です」
ザラリンド・カメリスが告げる。レーアは仮眠室から眠そうな目で出て来て、
「はい」
と応じると、メキガテルが映るテレビ電話の受話器を取った。
「お待たせしてすみません、メキガテルさん」
レーアが欠伸をかみ殺しながら言うと、メキガテルはニッとして、
「眠そうだな、レーア。疲れているところをすまない」
「いえ、そんな事ないです」
レーアはビクッとして姿勢を正した。
「地球各地の帝国軍が動き出している。ザンバースは、回せる戦力の全てを南米に注ぎ込むつもりのようだ」
「そ、そうですか」
レーアの眠気は吹き飛んだ。壮絶な地球帰還になりそうだからだ。
「帝国軍は、君のシャトルを狙う事はない。標的は俺。何が何でも、君と俺を会わせないつもりらしい」
「そうなんですか」
レーアはメキガテルのその言葉に妙にドキドキしてしまった。メキガテルは苦笑いして、
「まるでロクでもない男のところに行こうとしている娘を守ろうとしているようだな」
「え、そんな! メキガテルさんは、いい人ですよ」
レーアは慌ててフォローを入れる。するとメキガテルは大笑いして、
「そうか、ありがとう。直接会える事を楽しみにしているよ、レーア」
と言い、通信を切りかけて、
「それから、俺の事はメックでいい。敬称もいらない。呼び捨てでかまわないよ」
「え、あ、はい」
レーアがドギマギしているうちに、メキガテルはモニターから消えてしまった。
「ああ……」
レーアが言いたい事も言えないうちに通信は終わってしまい、彼女は少し落ち込んだ。
月基地の地下格納庫の武器庫に隠れているアイシドス・エスタン、タイタス・ガット、イスター・レンドは、格納庫のエレベーターが動き出したのに気づいた。
「隠し通路が発見されてしまったか」
エスタン達はナスカートが入れられている医療ブースを武器庫の奥に隠し、銃を手にした。
(私はともかく、この二人とナスカート君は何としても脱出させないと)
エスタンは死を覚悟していた。
一方、エレベーターの中にいるエレイム・アラガスは、どうやってエスタンを殺すか思案中だった。
「そう簡単に殺してはつまらんからな」
アラガスの狡猾な顔は、同乗していた部下達でさえ恐ろしくなるほどだった。
大帝室を出て、科学局の自室に戻ったラルカスは、机に向かい、考え込んでいた。
(どうすればいい? やり過ぎれば潰される。役に立たなくても命はない)
彼は何気なく窓を見た。鳥達がビルの側にある木々から一斉に飛び立つのが見えた。
「気ままなものだ。人より鳥の方がどれほどいいだろうな」
ストレスで胃に穴が開きそうなラルカスは、空を飛び回る鳥が本当に羨ましかったのだ。
「あ……」
彼はその時閃いた。まさに鳥から啓示を得たのだ。
「それなら、確実に連中を抑える事ができるぞ」
マルサスはそのまま自室を飛び出して行った。