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第五十二章 その三 地球へ

 地球最大の軍需産業であるバトルフィールドカンパニーは、その最大の得意先であるはずの地球帝国軍に各営業所と工場を制圧されてしまった。

「やはり……」

 部下からの報告を社長室で受けたルグル・ガームは、溜息交じりに言った。会社の最大の出資者であるミケラコス財団の支配者アジバム・ドッテルの指示で、帝国軍のシャトルの発射準備を妨害した時から、彼はこうなる事を覚悟していた。

(ザンバース・ダスガーバンは敵に回したくなかったが、同じようにドッテルも敵に回したくはなかった)

 ルグルは部下が退室すると、ゆっくりと椅子から立ち上がり、窓に近づいた。

「このような事態にならずとも、いずれはザンバースに呑み込まれていたろうがな」

 彼は自嘲気味に呟くと、携帯電話を取り出した。

「ルグル・ガームです。ドッテル代表とお話したい」


 アジバム・ドッテルは、ルグル・ガームからの連絡を予測していて、絶対に繋ぐなと秘書に言い渡していた。

「シャトルの発射は一旦タイミングを逃すと、そう簡単には再開できない。これで時間が稼げるはずだ」

 彼はあらゆる伝手つてを使って、帝国内部の情報を入手しようとしていた。

「こいつは、使えるかも知れんな」

 ドッテルはタイト・ライカス補佐官の新しい秘書になったマリリア・モダラーの資料を見て呟いた。

「美人だからでしょ?」

 ドッテルの後ろからその資料を覗き込んでいたカレン・ミストランが耳元で囁く。

「まさか。そうではないよ」

 ドッテルはカレンにキスをして言う。カレンはドッテルから離れてソファに腰を下ろし、

「冗談よ。只、その女、一筋縄ではいかないわよ。気をつけてね」

と言って、ニヤリとした。ドッテルはマリリアの資料を机の上に投げ出すと、

「当然だ。この女は、マルサス・アドムと共にザンバースを裏切ろうとしていた女だ。簡単には信用はできんよ」

 カレンはフッと笑い、

「その上、それをザンバースに見抜かれると、またザンバースに尻尾を振ったのですものね。とんでもない悪女だわ」

「そうだな」

 ドッテルはカレンのその言葉に苦笑いした。

(マリリアも、お前にはそんな事を言われたくないだろうな)

 カレンとマリリアが手を組んだら恐ろしい事になりそうだ、とドッテルは思った。


 エレイム・アラガスは、部下に司令室のドアのロックを解除するパスワード探させながら、別の事を考えていた。

(アイシドス・エスタンは、ここにたくさん小細工をしているようだな。事前に入手した設計図だけでは、連中の動きを探り切れないかも知れん)

 彼はドアから離れ、司令官の席に戻った。

「他の棟にいる連中とは連絡はとれんのか?」

 アラガスは通信兵に尋ねた。通信兵は機器を操作しながら、

「先程の停電であらゆるものがリセットされてしまったようで、うまく作動しません。ドアロック同様、パスワードを要求して来る箇所もあります」

「そうか」

 アラガスは苛立たしそうに肘掛けを叩いた。

「しかし、手立てはまだある」

 彼はそう呟き、ニヤリとした。


 医療棟を進んでいたレーア達は、ナスカートが入れられている集中治療室を探し当てた。

「ここね」

 レーアは透明なアクリルの窓の向こうで治療ブースを見つけた。辺りを探りながら、治療室に入る。

「ナスカート」

 返事がないのを知っていながら、レーアはブースに声をかけた。酸素吸入器をあてがわれ、顔の半分が見えないナスカートを見て、レーアはつい涙を流してしまう。

「冷たいようだけど、感傷に浸っている時間はないよ、レーア」

 イスターがレーアの肩に手をかけて言った。レーアは涙を拭って、

「わかってる。ありがとう、イスター」

と言うと、イスターを軽く抱きしめた。彼は思わず赤面してしまった。

「ブースをストレッチャーに載せて、運び出しますよ」

 ザラリンド・カメリスが手術室からストレッチャーを押して来てくれた。カメリスはイスターと協力して、ナスカートの入ったブースをストレッチャーに移した。月は地球の六分の一の重力なので、二人は難なく作業を完了した。

「さあ、エレベーターに戻りましょう」

 カメリスが言う。レーアとイスターは頷いた。三人はストレッチャーを押しながら、元来た通路を戻り始めた。


 司令官の席にムスッとして座っていたアラガスは、警告音が鳴り始めたので、ニヤリとした。

「やはり、そこに行ったか。思った通りだ」

 アラガスは服の内ポケットから小型の受信機を取り出した。

(連中が脱出をはかる事は織り込み済みだった。だからこそ、ナスカート・ラシッドのブースに発信機を仕掛けておいたのだ。それが今動かされたようだな)

 アラガスは席から立ち上がると、

「連中はどこかから医療棟に現れた。逃亡するつもりだ。何としても阻止せよ」

と命じた。そしてドアロックを解除しようとしている兵に向かって、

「破壊してしまえ。事は一刻を争う事態に陥った」

「は!」

 兵達はドアから離れ、銃でロックの部分を撃ち始めた。その時である。

「な、何だ!?」

 司令室全体が振動で揺れた。

「何事だ?」

 アラガスはレーダー係に怒鳴った。レーダー係は、

「確認はとれませんが、恐らくヤルタス・デーラのシャトルからのレーザー攻撃ではないかと」

「何だと!?」

 ようやく好転すると思っていたところに更なる厄介事が起こり、アラガスは目を見開いた。

「おのれえ!」

 彼は正確に表示しないモニターを睨みつけ、歯軋りした。


 その振動は、エレベーターで移動中のレーア達にも伝わっていた。

「何なの?」

 レーアはストレッチャーを支えながらエレベーターの天井を見渡す。

「恐らく、帝国軍のシャトルの攻撃でしょう。急がないといけませんね」

 カメリスが答えた。レーアは頷き、

「そうですね」

と応じると、ブースのナスカートを見た。


 ヤルタス・デーラは月基地へのレーザー攻撃を再開していたが、反撃して来ない月基地を不気味に思っていた。

(何を企んでいるんだ?)

 デーラは、始めはハッタリが通じたのだと思ったのだが、攻撃したらさすがに反撃くらいはして来ると考えていた。だからその反撃すらないのは何かあると思い始めたのだ。

(アラガスの事だ、何かを企んでいる可能性もある)

 ヤルタスは自分が蒔いた「疑惑の種」で、自分が惑わされている事に気づいていない。


 振動は、エスタンやステファミー達がいる格納庫にも伝わっていた。

「帝国のシャトルが攻撃を再開したようだ。急ごう」

 エスタンは、レーア達が戻って来たらすぐにシャトルを動かせるようにしておくつもりだ。

「タイタス君、君もこちらを手伝ってくれたまえ。どうやら急がないとまずいようだ」

 エスタンが通路の入り口に立つタイタスに叫んだ。

「了解でーす!」

 つまらない見張りをしなくてよくなったタイタスは、満面の笑みを浮かべて返事をした。

 エスタン達はシャトルに乗り込み、エンジンチェックを開始した。


 一方、別の経路で月基地に接近中のカラスムス・リリアスのシャトルは、ヤルタス・デーラのシャトルが攻撃を再開したのをキャッチしていた。

「始めちまったか。いくら奴がこっちには攻撃を仕掛けないと約束したとは言え、まずいな」

 リリアスは腕組みをして考え込んでいたが、

「速度いっぱい。月へ急げ。エスタン氏やレーアさん達を危ない目に遭わせる訳にはいかない」

 リリアスのシャトルは速度を上げ、月に向かった。


 アラガス達は遂に司令室のドアロックを破壊し、脱出した。

「すぐにシェルターに向かえ。連中は隠し通路のようなものでどこか別の場所に行ったはず。医療棟を目指せ。そこに抜け穴の出口があるはずだ」

 アラガスは次々に指示を出した。一斉に部下達が動き、各所へと走り出した。


 レーア達はエレベーターを降り切り、格納庫に辿り着いた。

「レーア、こっち!」

 嬉しそうに手を振るタイタスを見て、

「あいつ、何に喜んでいるんだ?」

 イスターは呆れてしまった。

「ナスカートは脱出の衝撃に堪えられるんですか?」

 タイタスはブースを覗き込んでから、カメリスを見た。

「月を脱出するのは大丈夫だろうけど、地球には降りられないと思う」

 カメリスは辛そうな顔で答える。タイタスの顔が蒼ざめた。

「そんな……」

 レーアはタイタスの肩を掴んで、

「そんな顔しないの、タイタス! ここにいたら危険なのよ。とにかく一度月をって、目の前にある危機を乗り切る必要があるの」

「あ、ああ……」

 こんな時でさえ、レーアに触れられている事に恍惚としてしまう自分が情けないタイタスである。

「二手に分かれましょう、レーアさん」

 エスタンがシャトルから出て来て話に加わった。

「え? どうするんですか、アイシーおじ様?」

 レーアはエスタンを見た。タイタス達もエスタンを見る。エスタンはレーアを見て、

「ナスカート君のブースをカラスムス・リリアス君のシャトルに移す。そうすれば、少なくとも貴女は地球に降りられる」

「それではダメです。おじ様も一緒に降りないと……」

 レーアは驚いて言った。するとエスタンは、

「月の始末は、何があっても自分でつけたいのですよ、レーアさん」

「おじ様……」

 レーアは何故か涙が止まらなくなっていた。

今生こんじょうの別れという訳ではないのですから、泣かないでください、レーアさん」

 エスタンはレーアの肩に手を添えて言った。レーアはエスタンに抱きついて泣いた。


 こうして、レーア達は二手に分かれる事になった。

 地球に降下するレーア、ステファミー、アーミー、カメリス。

 エスタンと共にナスカートを護衛するイスター、タイタス。

「シャトルはすでにエンジンを始動できます。すぐに発進準備に取り掛かってください」

「了解です」

 名残を惜しむレーアを促し、カメリスはシャトルへと向かう。

「生き残ってよ、タイタス、イスター」

 ステファミーとアーミーが涙声で言うと、イスターは、

「そんな事言うなよ。大丈夫だって」

と少し涙ぐんでしまった。タイタスはすでに号泣している。エスタンはイスターと共にナスカートのブースを載せたストレッチャーを動かして、武器庫に向かった。タイタスがしゃくり上げながらそれを追いかける。

「取り敢えず、あそこに隠れよう。シャトルが発射したら、連中は我々全員が脱出したと考えるだろう」

 エスタンは楽観的過ぎたのだ。もちろん、その時はそんな事はわかろうはずもなかったが。

 シャトルのメインブースターに火が入り、エンジンが始動した。エスタン達は武器庫の扉を閉じ、避難した。爆音が格納庫を埋め尽くし、シャトルが滑走路をゆっくりと動き出す。滑走路の先のトンネルに順次明かりが灯り、発進を促した。

 レーア達は宇宙服を着用して、シャトルの操縦室の席に着き、シートベルトを締めた。

「基地からの攻撃、並びに帝国軍のシャトルからの攻撃があるかも知れませんので、衝撃に備えてください」

 操縦桿を操作しながら、カメリスが告げる。

「了解です」

 レーア達は異口同音に答えた。

 シャトルはスピードを上げて行き、遂にトンネルを抜けて月の地表に出た。


「何だ!?」

 基地を攻撃していたデーラは、遥か彼方の地表から何かが飛び立つのを見て仰天していた。

「あれは一体……?」

 デーラは、それにレーア達が乗っているとは夢にも思わない。


「無事発進したようだな?」

 エスタンからの連絡で事情を知らされたリリアスは、ホッとした表情で月面を飛び立つシャトルをモニターで観察していた。

(頼みましたよ、レーアさん)

 彼はシャトルが飛び去った方角に向かって敬礼した。


 アラガス達も、月面を飛び立ったシャトルに気づいていた。

(おのれ、あんなものを隠していたのか、エスタンめ!)

 彼は、エスタン達が全員脱出したと思った。しかし、受信機はそれと違う結論を示していた。

「どういう事だ?」

 ナスカートのブースに仕掛けられた発信機は、まだ地下にブースはあると教えていた。

「なるほど、そういう事か」

 真相に至ったアラガスはニヤリとした。

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