第五十二章 その二 月基地脱出開始
シェルターから隠し通路を通って脱出用のシャトルがある格納庫まで辿り着いたレーア達は、タイタスとイスターが武器庫から運んで来た小火器のいくつかを携帯し、医療室にいるナスカートを救出に向かう準備をしていた。
「全員で行くと目立つから、少数で行きましょう」
レーアが切り出す。ザラリンド・カメリスが頷き、
「そうですね。それにここを留守にするのも心配です。アラガス達が来るかも知れませんから」
「隠し扉を開ける事はまずできないだろうが、電源を復旧させてここの存在を知るのは考えられる。二手に分かれて迅速に行動しましょう」
アイシドス・エスタンはレーアを見て言った。レーアはそれに頷き、
「じゃあ、私とカメリスさんとイスターでナスカートを助けに行きましょう」
「俺も行くよ」
タイタスが不満そうに口を挟む。しかしレーアは、
「貴方は、ナスカートの事になると冷静さがなくなるから、ここに残って」
と強い口調で言った。まさに命令のようである。
「わ、わかった……」
愛しい人にそんな風に言われたら、きついよな、とイスターはタイタスに同情したが、レーアの判断は正しいと思ったので、異議は唱えない。
「じゃあ、決まりね。いいですよね、アイシーおじ様?」
レーアはニコッとしてエスタンを見る。エスタンも笑顔で、
「いいでしょう。ですが、絶対に無茶な事はしないでくださいよ、レーアさん」
「はい」
レーアはカメリス、イスターと目配せして、エレベーターへと走り出した。
「では、我々はシャトルの発進準備を始めようか」
エスタンはステファミーとアーミーを見て言った。二人は黙って頷く。エスタンは次にタイタスを見て、
「君は通路を見張ってくれ。アラガス達が来るとは思えんが、万が一という事もある」
「了解です」
タイタスは、メカが苦手である。彼は発進準備を手伝わされると思い、内心ドキドキしていたのだ。だから、見張りは願ってもない役割なのだ。彼は銃と弾薬を手に持つと、元来た通路に向かった。
「タイタス、文句言わなかったね」
アーミーはこんな時でもゆったりした話し方だ。ステファミーは思わず吹き出しながら、
「そうね」
と応じた。
アジバム・ドッテルは、地球最大の軍需産業であるバトルフィールドカンパニーの社長であるルグル・ガームとテレビ電話で話していた。
「月基地を奪還するために、帝国が増援部隊を送り込む事は把握しているな?」
ドッテルはモニターのルグルを睨みつけて言った。ルグルは、ドッテルより遥かに年上で、むしろ彼の義理の父親であるナハル・ミケラコスに近い。しかし、その資本金の大半と株式のほとんどをドッテルに頼っているルグルは、ドッテルがどれほど目上の者を敬わない言葉遣いであろうと、文句一つ言わない。武器商人にしては温和な風貌のルグルであるが、そこまで上り詰めるには、数多くのライバルを蹴落として来た強かな男でもある。まるで掘り込んだように深い額の皺とまるで最初から色がなかったかのような白髪が、彼の人生を物語っていよう。
「はい。で、私はどうすればよろしいのですかな?」
ルグルは探るような目でドッテルを見る。ドッテルはギュウッと受話器を握りしめ、
「シャトルの各発射基地には、会社の技師達がいるはずだな?」
「ええ。軍事用のシャトルですから、わが社のスタッフがそれぞれ二十名ほど関わっております」
何が言いたいのだ、と思いながら、ルグルは答えた。
「ならばすぐにそのスタッフ達に命令しろ。どのような手段を講じてもいいから、発射を阻止せよと」
「え?」
ルグルはどんな無理難題を言われるのかと思っていたのであるが、そこまでの事を言われるとは夢にも思わなかったのだろう、驚きのあまり、言葉が出ない。
「どうした? できないのか?」
ドッテルの口調は、半ば脅迫めいていた。ルグルは、
(選択肢はない、という事か)
と心の中で歯噛みした。そして、
「わかりました。伝えましょう。ですが、二度三度と通用する手段ではない事をご承知置きください」
ルグルなりの精一杯の皮肉である。しかし、ドッテルはそれに気づかなかったのか、敢えて無視したのか、
「頼んだぞ」
とだけ言うと、電話を切った。
「ルグルめ……」
ドッテルは、バトルフィールドカンパニーの役員会を招集しようと思った。
レーア達は、格納庫からエレベーターで医療棟まで上がった。扉が開くと、そこは倉庫の中で、周囲を大きな木箱で囲まれていた。
「エレベーター自体が秘密のものだから、こんなところに出るんですね」
レーアは高く積み上げられた木箱を見上げた。カメリスはそれに頷き、
「こちらから出られるようです」
と木箱の一つを押してみせた。すると板がバタンと倒れた。中には当然何も入っていない。
「なるほどね」
中腰になったイスターが先に進み、その向こうの板を押して倒した。レーアが彼に続けて通り抜けると、そこはナスカートが眠っている医療室のすぐそばの廊下に繋がっていた。
「順調ね」
レーアがイスターに微笑みかける。イスターも微笑み、
「ああ。怖いくらいだよな」
「そうですね」
カメリスも不安そうに周囲を見渡した。
その不安の対象であるエレイム・アラガスは、部下達に非常電源を探させていた。
(エスタンめ、どこかでここの主電源を切りおったな。絶対に殺してやるぞ)
彼は真っ暗になったままの司令室で拳を握りしめた。
「発見しました!」
部下の一人の声がし、次の瞬間、明かりが点いた。しかし、廊下への扉は開かない。
「停電のせいで、ドアのロックがかかってしまったようです。メインコンピュータがパスワードを要求して来ていますが……」
違う部下が恐る恐る告げた。アラガスはキッとしてその部下を睨み、
「何とかしろ!」
と怒鳴りつけた。
ドッテルとの会談を見事成功させたメキガテルは、司令室のソファで横になっていた。大役を果たし、ようやく休息できたのだ。司令室にいる者は、メキガテルの昼夜を問わない八面六臂の活躍を見ていたので、彼を休ませてあげようと考え、静かに作業をしていた。
(さて、ドッテル、どう処理してくれる?)
しかし、メキガテルは横になって目を瞑っていても、これからの事を考えていた。彼に休んでいる時間はないのだ。
それから間もなくして、青い顔をしたタイト・ライカス補佐官が、大帝府の廊下を走っていた。彼は大帝室のドアを息をはずませたままノックした。
「入れ」
中からザンバースの冷徹な声が聞こえる。ライカスは唾を呑み込んで、ドアを開いた。
「ライカス、シャトルの発射が一斉に延期とは、どういう事だ?」
ザンバースは直前まで目を通していた報告書を机の上に投げ出し、ライカスを見上げる。
「只今、調査中です。申し訳ありません」
震えが止まらない。ライカスはザンバースの顔を見られず、俯いてしまった。
「ルグル・ガームだろう?」
ザンバースはそう言ってから立ち上がり、
「ドッテルが動いたとミッテルムから連絡があった。奴はルグルと連絡をとり、何事か命じたようだ。さすがに内容までは傍受できなかったらしいがね。ミケラコス財団の電話回線は暗号で通信しているようだ」
ライカスはハッとしてザンバースを見た。
「軍を動員して、地球各地にあるバトルフィールドカンパニーの営業所並びに工場を制圧させろ。クーデターの疑いがあるという理由でな」
ザンバースは椅子に戻りながら、ライカスを見る。ライカスはもう一度唾を呑み込み、
「は!」
と敬礼した。
ヤルタス・デーラは、アラガスが動かないのは、ハッタリが功を奏したのだと判断した。
「前進再開せよ。連中は攻撃できないのだ」
デーラは再びニヤリとした。