第五十一章 その三 帝国軍増援部隊
南米基地の指揮官であり、全パルチザン隊の総隊長でもあるメキガテル・ドラコンは、腕組みをしたまま椅子に沈み込み、首から垂らしたインカムのコードを弄びながら、
「さてと。どうしたものかな?」
彼には一つの案があった。ヤルタス・デーラが発した「月基地を跡形もなく吹き飛ばす」というハッタリを、エレイム・アラガスの背後にいるアジバム・ドッテルに伝えるというものだ。
(ドッテルがアラガスに月基地を占拠させたのは、エスタンさんとレーアを自分の側に引き込みたいからだ。だとすれば、帝国軍の総攻撃は何としても阻止したいはず)
その時、司令室に元南米州知事のナタルコン・グーダンが入って来た。
「月に向けて、思った以上の増援が飛び立つようだな」
彼は大きな身体をドスンとソファに載せ、言った。メキガテルはインカムを放り出してグーダンの向かいに座り、
「ええ。ここは奇策に出てみようかと思っています」
「奇策?」
グーダンは右の眉を吊り上げた。メキガテルはニヤリとして、
「しかも、ドッテルが俺と話をせざるを得ない状況を作り出すという一挙両得の方法です」
「ほお」
グーダンは目を見開き、両方の眉を上げた。
エレイム・アラガスは、地球にいる自分のかつての部下に連絡をとった。しかし、その多くが偽者と判明し、彼は自分の計画が崩壊し始めている事を悟った。
「ザンバースめ……」
アラガスは歯軋りし、通信士を見る。
「ドッテルに連絡をとれ! 盗聴されてもかまわん!」
彼は司令室の外にまで聞こえるような大声で命じた。
「は!」
通信士は、アラガスの剣幕に驚いて震えながら返事をした。
(ヤルタス・デーラの言葉を鵜呑みにするつもりはないが、地球の連中と連絡がとれない以上、計画変更は止むを得ない。それにしても……)
アラガスはあまりに苛ついたため、近くにあったグラスを床に叩きつけた。月の重力は地球の六分の一なので、グラスはゆっくりと跳ね上がり、バラバラになった。
レーア達は、月周辺で何が起こっているのか全く知らされないままだった。
「エスタンさん、このシェルター、中から扉を開く方法はないのですか? 緊急用に必ず存在するはずなのですが」
ザラリンド・カメリスが、アイシドス・エスタンに尋ねた。エスタンは最初ビックリしたように彼を見ていたが、
「ああ、そうだ、確かに。どこかにシェルターの制御装置があるはずだ。外部の制御装置の故障が起きても大丈夫なように、二段構えになっているのだった」
と思い出したように話した。そして改めてカメリスを見ると、
「どうしてそんな事がわかるのかね?」
「私はケスミー財団の者です。月のあらゆる建築物は、ケスミー財団が建設に関わりましたから、それなりに内部の事も覚えているんです」
カメリスは苦笑いして答えた。エスタンは嬉しそうに微笑み、
「そうか、君はケスミーさんのところの人だったのか。ところで、ケスミーさんはどうしているのかね?」
エスタンのその質問にカメリスはレーアを見た。レーアもギクッとしたようにカメリスを見る。ステファミーやタイタス達も一様に顔を曇らせた。
「ミタルアムおじ様は、亡くなったんです」
レーアが絞り出すように言った。エスタンは仰天したようだ。
「何ですって? どうしてです?」
レーアは時々言葉を詰まらせながら、ミタルアムの事を話した。同時にクラリアの事も。
「そうだったんですか。すまなかったね、レーアさん、辛い事を思い出させてしまって」
エスタンが申し訳なさそうに言ったので、レーアは零れそうになった涙を拭って、
「いえ、いいんです。時々、こうして話をしないと、まだクラリアやミタルアムおじ様が生きているような気がしてしまうから」
「レーアさん」
エスタンは思わずレーアを抱きしめた。
「アイシーおじ様」
レーアはエスタン抱きしめられた事で涙が止まらなくなった。ステファミーとアーミーはもらい泣きし、カメリスもヒクヒクしゃくり上げている。
「ならば尚の事、こうしてはいられない。一刻も早く、ここから脱出しないとね」
エスタンはシェルターの奥へと歩き出し、そこにあったテーブルをずらす。そして、壁をあちこち触り、
「ここだ」
と強く押した。するとその部分が反転し、制御装置が現れた。
「これで扉が開く。しかも、反対側のね」
「え?」
レーア達はキョトンとした。エスタンはニコッとして、スイッチを押した。次の瞬間、壁の一部がずれ、その向こうに鋼鉄製のドアが現れた。
「この隠し通路は、月支部が攻撃された時のためにものでした。帝国軍に占拠された時は、ここに逃げる暇もありませんでしたが」
エスタンは自嘲気味に言った。そして、ドアのロックを自分の指紋と網膜と掌の静脈で解除する。ドアが開くと、その向こうにはオレンジ色のライトに照らされた長い廊下が続いていた。
「この先には、脱出用のシャトルがあります。それに乗って月を出ましょう」
エスタンが言うと、
「でも、ナスカートが……」
レーアが言った。皆があっと思う。
「ナスカート君は、まだ月離脱の衝撃には堪えられないと思います」
カメリスが悲痛そうな顔で答える。エスタンは腕組みをした。
「そうか。それは問題だな」
レーア達は一度シェルターに戻り、隠しドアを元に戻した。
「何とか、ナスカートをシャトルのところまで連れて行ければ、最悪でも連中に頭を抑えられる事はないんだけど」
レーアは思案顔で呟いた。
「そんな方法より、俺達がここを抑える事はできないのか? あいつら、絶対に味方じゃないぜ」
タイタスが言った。
「無茶だ。我々には武器がない」
カメリスが異を唱える。
「そうだ。少しは考えてものを言え、タイタス!」
イスターがきつい言葉を吐く。タイタスはムッとしてイスターを睨んだが、何も言い返せない。
「アイシーおじ様、仲間に連絡をとれませんか?」
レーアがエスタンを見た。エスタンは頷き、
「それはできます。シャトルがあるところまで行けば、通信機器もありますから……」
と言い、また何かを思い出したようだ。
「年はとりたくないな。また忘れていた事を思い出した」
エスタンが苦笑いしてそう言ったので、レーア達は一斉に彼を見た。
「シャトルのところまで行けば、小火器程度ならありますし、司令室の主電源を切る事もできます」
エスタンの発言にレーア達はびっくりした。
「テロ対策の一環として、司令本部が押さえられた時、地下のシャトルがある場所まで逃げ込んで、逆に敵を閉じ込める対策も講じていたんです」
エスタンは続けて説明した。カメリスはとりわけ驚いて、
「それは私も全然知りませんでした。いや、シャトルが隠されている事も知りませんでしたが」
「その辺りからは、我々が独自に進めたからね。住んでみてわかって来る事も多いから」
エスタンはそう言いながら再び隠しドアを開いた。
「さて、アラガス達を仰天させてやろう」
レーア達は隠し通路を走り出した。
その頃、ドッテルはカレンとの情事を終え、自分の執務室に戻っていた。
「メキガテル・ドラコンから、また交信の要請が来ております」
秘書が伝える。ドッテルは鬱陶しそうに、
「放っておけ。しばらくあいつの相手はするつもりはない」
と言いながら自分の席に着く。すると秘書は、
「交信要請を受け入れないと、月基地が大変な事になる、と言っていました」
「何?」
ドッテルは椅子から身を起こして秘書を睨みつけた。
「どういう事だ?」
「詳しい話は直接話したいと言われ、聞けませんでした」
秘書は身を縮ませて答えた。ドッテルは忌ま忌ましそうに机をガンと叩き、
「わかった。繋げ」
と命じた。
地球各地の帝国軍宇宙基地で、総勢二十機のシャトルが発射のカウントダウンを進めていた。
「作戦は滞りなく進んでおります」
大帝室で、タイト・ライカスが報告していた。
「ご苦労。ドッテルの様子はどうだ?」
ザンバースは目を細めて尋ねた。ライカスは書類を脇に挟みながら、
「特に目新しい動きはないようです」
と応じた。ザンバースは椅子の背もたれに寄りかかり、
「ドッテルの動きは軍と情報部の二段構えでしっかり追跡しろ。奴が本格的に動き出せば、いろいろとわかって来る事がある」
「は!」
ライカスは敬礼して応じた。
マルサス・アドムは、大帝府から出て近くのインターネットショップに入ると、支援者であるバトルフィールドカンパニーのルグル・ガームに連絡をとった。
「社長は只今外出中です」
テレビ電話の向こうで、秘書の女性が事務的に答えた。
「緊急の用事だ。どこにいるのかわからないのか!?」
マルサスは焦りの色を露にして怒鳴った。
「その件に関しましてはお答え致しかねます」
秘書の言葉は事務的というより、冷徹だった。
「わかった」
マルサスは受話器を戻し、ショップを出た。
(どうしたんだ? やはり、バレたのか、ザンバースに?)
彼は急に周囲の人々が怖くなり、足早にそこから立ち去った。