第五十一章 その二 月面混戦
帝国破壊工作部隊司令のヤルタス・デーラのシャトルは、遠方からレーザー攻撃を続けながら、ジワリジワリと月基地に近づき始めた。
「敵シャトル、接近を開始しました」
レーダー係が告げる。司令官席に身を沈めていたエレイム・アラガスはニヤリとし、
「ようやくその気になったか。迎撃ミサイル用意。当てなくてもいい。こちらの戦力を知らしめるのだ」
「は!」
通信兵がミサイル発射台にいる兵に伝令する。
「さて、次はどう出る、デーラ?」
エレイムはスクリーンに投影されているデーラのシャトルを見て呟いた。
そのデーラは、月基地がミサイルを用意し始めたのを知り、腕組みをして考えていた。
(たかがシャトル一機にそこまで武器弾薬を使うか? 奴の事だ、そんな無駄な戦力は使わない)
デーラは、地球連邦時代も含めて、アラガスとは直接会った事はないし、同じ所属になった事もない。しかし、彼がどんな戦い方をするのかくらいは把握していた。
(死んだリタルエス・ダットスをむやみな戦力の投入をする阿呆だとすれば、エレイム・アラガスは度が過ぎるほどの慎重派。二手三手先を読むというよりは、相手の出方を探り、相手が先に動くように仕向ける謀略派だ。何か、企んでいる)
「レーザー攻撃中止」
「は!」
担当していた兵が応じる。デーラはレーダー係を見て、
「先程追い越したシャトルは今どこだ?」
と尋ねた。デーラが言ったのは、パルチザン隊のシャトルに乗り込んだカラスムス・リリアス達の事だ。
「只今、こちらに接近中です」
デーラはその答えに頷き、
「そのシャトルに通信。話がしたいと私の名前で伝えよ」
と通信兵を見た。
「了解しました」
通信兵は通信機器を操作し始めた。
「シャトルを停止させろ。エレイムの部隊を内部から切り崩す」
デーラはニヤリとした。
(我が部隊は、何も建物や兵器の破壊が専門ではない。どんなものでも破壊する事ができるのだ、エレイム)
アラガスは、デーラのシャトルが再び停止したのを知り、司令官の席から立ち上がった。
「どういう事だ?」
彼は通信兵に尋ねた。通信兵は機器を操作しながら、
「デーラ隊は、カラスムス・リリアスのシャトルに連絡をとっているようです」
「何?」
アラガスは眉をひそめた。
(リリアスと? リリアスは、月基地が陥落し、アイシドス・エスタンも解放されたのを知っているはず。どう転んでも奴の味方になりはしない)
「ミサイル発射中止。様子を見る」
アラガスは席にドスンと座り、腕組みをした。
カラスムス・リリアスは、デーラからの通信が入ったと聞き、
「何のつもりだ?」
と首を傾げたが、
「話がしたいのなら聞こうと伝えろ」
「は!」
通信係は機器を操作し、返信した。
(月基地は帝国軍が駆逐され、今はエレイム・アラガスが支配している。そして、そこにはエスタンさんとレーアさん達がいる。何を企んでいるんだ、ヤルタス・デーラは?)
「ヤルタス・デーラとの通信、繋がりました」
通信係が伝えた。リリアスは手元のモニターを操作し、受話器をとった。
「このシャトルの指揮官のカラスムス・リリアスだ」
リリアスはモニターに映ったデーラを見て言った。
「ヤルタス・デーラだ。貴殿と話がしたい」
「どんな話だ?」
何が貴殿だ、と思いながら、リリアスは尋ねた。デーラはフッと笑い、
「ご存知の通り、月基地は我が帝国の裏切り者であるエレイム・アラガスとその賛同者によって陥落してしまった」
「らしいな」
リリアスは目を細めて応じた。デーラは続けた。
「アラガスは、自分の利益のためであれば、何の躊躇いもなく味方を裏切る男だ。アイシドス・エスタン氏や貴殿の同志の面々も安全とは言いかねる」
「なるほど」
リリアスも、アラガスを信用している訳ではないので、デーラの主張は理解できる。
(だからと言って、お前を信用したりはしないぞ)
すると、デーラはそんなリリアスの心を見抜いたかのように、
「だから限定的停戦を申し入れたい。我々は貴殿のシャトルを攻撃しない。もちろん、月基地にいるエスタン氏達にも危害を加えるつもりはない」
「どういうつもりだ?」
リリアスはムッとして尋ねた。デーラはニヤリとして、
「敵は少ない方がいい。それだけの事だ。それから」
デーラは周囲を見回してから声を低くして、
「この通信は、アラガスに盗聴されている危険性があるので、はっきりした事は言えないが、もうすぐ増援部隊が到着する。そして、月基地は跡形もなく吹き飛ばされる」
と言った。これはデーラのハッタリだ。増援が来るのは本当だが、基地を吹き飛ばすというのは、デーラの作り話である。
「そうなる前に、エスタン氏と同志達を救出したいとは思わないかね?」
デーラはリリアスに半ば同意を求めるかのように尋ねる。リリアスは、デーラの真意を測りかねたが、
「わかった。停戦に応じよう。我々もあんたのシャトルを攻撃しない」
と答えた。デーラはニヤリとし、
「感謝する。では」
と言うとモニターから消えた。リリアスは溜息を吐き、
「メキガテル・ドラコンに繋いでくれ」
と言った。
アラガスは、デーラが指摘した通り、彼らの通信を盗聴していた。
(くそ、そんな手で来たか)
アラガスは盗聴を悔やんだ。少なくとも、通信兵にさせたのは誤りだったと思った。明らかにその通信兵は動揺しているのだ。
(嘘か本当か確かめるのがきわめて困難な情報だ。まずいな)
「おい」
アラガスは無駄と思いつつも、通信兵を呼びつけた。
「はい」
通信兵は緊張した面持ちで立ち上がり、アラガスに駆け寄った。
「今聞いた事は他言無用であるのはもちろん、すぐにお前の記憶から消去しろ。いいな」
「は!」
通信兵は敬礼して応じ、席に戻った。しかし、通信の内容を聞いていたのは、彼だけではなかった。何人かの通信士が意図的にではなく、聞いてしまっていたのだ。月基地のアラガス隊は、すっかりデーラの策略に嵌りつつあった。
レーアは、戦闘が収まったのを察知した。心なしか、基地全体が静かになった気がしたのだ。
「終わったのか、戦争?」
イスターが呟いた。
「そんな簡単に終わるかよ」
タイタスが反論した。
「でも、何の振動も伝わって来ないよ」
のんびり屋のアーミーが言う。
「振動はさっきから全然伝わって来ていないよ、アーミー」
ステファミーは呆れ顔で言った。
「ここを出ましょう。何があったのか知りたいわ」
レーアがシェルターの扉のそばに歩き出す。
「私が話をしてみましょう」
エスタンがレーアに近づき、扉に設置されたテレビ電話の受話器を取った。
「状況が知りたいのだが、教えてくれんか?」
エスタンは出た相手に言ったが、
「今はそのような時ではありません。失礼します」
と通話を切られてしまった。もう一度受話器を取ると、電源を切られたらしく、通話ができる状態にならない。
「我々は、ここに閉じ込められたのと同じですね」
ザラリンド・カメリスがポツリと言った。
南米基地のメキガテル・ドラコンは、リリアスと話していた。
「なるほどな。ヤルタス・デーラ、さすが破壊工作部隊の親玉だな」
メキガテルはインカムを着けながら言った。
「ああ。俺には奴の腹の内が読めない。メックはどう思う?」
リリアスが尋ねた。メキガテルは頭を掻いて、
「俺にもわからねえよ。但し、急がなくちゃならないのは間違いない」
「どういう事だ?」
リリアスはキョトンとした。メキガテルは手許の資料を見ながら、
「地球各地のシャトル発射台から数十機のシャトルが打ち上げられる。どうやら、エレイム・アラガスの同志さん達は、全員、ミッテルム・ラードの部下達に始末されたようだ」
「何だって!?」
リリアスは仰天した。メキガテルは真顔になり、
「デーラ達がそれを知った上でそんなハッタリをかまして来たのかはわからないが、とにかく時間がない。うまくやってくれ」
「わかった」
リリアスはモニターから消えた。メキガテルは資料を机の上に投げ出して、
「これも問題だが、一向に返事をしてくれないドッテルも問題だな」
と言い、苦笑いした。