第五十章 その三 去る者、訪れる者
レーア達は司令室に呼ばれ、ヤルタス・デーラ達の搭乗したシャトルが進路を変更し、月に向かっている事をエレイム・アラガスから聞かされた。
ざわつくレーア達に、アラガスは落ち着いた様子で語った。
「ヤルタス・デーラは、よく知っている人物です。知略には長けているが、人望が薄い。彼のために死ねるという部下はほとんどいません」
アラガスは意味あり気にレーアを見た。レーアは思わずビクッとした。それに気づいたアイシドス・エスタンが、
「今のは何の意味だね、アラガス君?」
と尋ねた。するとアラガスはニヤリとして、
「いえ、別に。只、レーアお嬢様は、人望もおありだと思っただけです」
エスタンは不満そうだが、そう言われてしまっては、それ以上何か異論を唱える訳にもいかない。
(こいつなんかに『レーアお嬢様』とか言われたくない)
レーアは身震いしながら思った。
「デーラ達の事はお任せください。いずれにしても、我が隊の敵ではありませんので」
アラガスが実に嬉しそうに言ったので、レーアは背筋がゾッとした。
(こいつ、戦いを楽しんでいるの?)
レーアは、かつて北米大陸西部のサラミスの基地で回し蹴りを食らわせて倒した相手だという事も覚えている。だからこそ、アラガスの言葉には信用が置けない。
(一度命を狙われた相手に背中を見せられるほど、私もお人好しじゃないわ)
彼女は、部下達に指示を出すアラガスを睨みつけた。アラガスはその視線に気づいたのか、たまたま目を向けたのかわからないが、レーアを見た。
「そうです。ナスカート・ラシッドさんの容態が快方に向かっているようですよ」
「え?」
思ってもみない事を言われ、レーアは驚いてしまった。
「本当ですか?」
レーアが尋ねるより早く、タイタス・ガットがアラガスに詰め寄っていた。
「もちろん。医療スタッフの努力も素晴らしかったが、何よりもナスカートさんの精神力と体力が勝ったのでしょう」
アラガスは顔を突き出すタイタスを押し止めながら、レーア達を見渡して答えた。
「良かった……」
レーアはステファミー・ラードキンスやアーミー・キャロルドと抱き合って涙し、喜んだ。ザラリンド・カメリスも涙ぐみ、大泣きしているタイタスとイスター・レンドの肩を叩いている。
「地球の仲間にも伝えたいのですが?」
レーアは涙を拭いながら、アラガスを見た。アラガスはフッと笑い、
「もちろん、構いませんよ。通信機器はご自由にお使いください」
「ありがとう、アラガスさん」
レーアは微笑んで礼を言った。アラガスは会釈して返すと、また部下達のそばへと歩いて行った。レーアはカメリスを見て、
「力を貸してくれた南米基地のメキガテル・ドラコンにお礼を言いたいので、連絡をとってください」
と言った。
「わかりました」
カメリスは通信士に近づいて機器を借り、操作を開始した。
(どうしたものか……?)
エスタンは、一抹の不安を抱いていた。
(メキガテル・ドラコンと言うと、以前は警備隊のブラックリストに載っていたほどの人物。そんな立場の人間のところに通信するのは如何なものか……)
しかし、今更それを止める事もできない。アラガスは無関心を装っているが、事によったら、メキガテルの居場所を突き止めて何か仕掛けて来るかも知れないのだ。
(考え過ぎかも知れんが、奴の後ろにはアジバム・ドッテルがいるからな)
しかし、エスタンは嬉しそうに通信機に近づくレーア達を見て、その考えを封じた。
そのメキガテルは会議を終え、司令室で自分のシートにもたれかかり、考え事をしていた。
(ドッテルめ、居留守を使っているな)
メキガテルは通信士からドッテルと連絡がとれないと報告を受けていたのだ。
「何を企んでいるのか……」
そんな彼の元に、月基地からの通信の連絡が入った。
「こちらのモニターに回せ」
メキガテルはインカムを着け、シートに備え付けられたモニターをONにした。
「む?」
テレビ電話の向こうには、レーアが映った。
(レーア・ダスガーバン、か?)
写真や動画では何度か見た事があったが、リアルタイムの彼女は初めてなのだ。メキガテルは妙に緊張している自分に苦笑いした。
「初めまして、メキガテル・ドラコンさん。レーア・ダスガーバンです」
レーアも緊張しているのか、笑顔が引きつっているのがわかった。
「初めまして。メックでいいよ、レーア。大変だったな。何かあったのか?」
意外に気さくなメキガテルにホッとしたのか、レーアはニコッとした。
「ナスカートの容態が快方に向かっているんです。尽力いただいたメキガテルさんのお陰です」
「いや、俺は何もしてないって。それと、メックでいい。その呼び方だと、舌を噛むぞ、レーア」
メキガテルはニヤリとして言った。レーアは、以前そう思った事を見抜かれた気がして、
「は、はい」
また緊張してしまった。
「何にしても、あいつが助かりそうだと知ってホッとした。俺も、これ以上親しい友人を亡くすのは堪え難かったんだ」
「ええ」
レーアも思わず込み上げるものがあったのか、涙ぐんだ。
「それにしても、ナスカートの報告は精度が高いなあ」
急にメキガテルの口調が変わる。レーアはキョトンとして、
「え? 何の事ですか?」
メキガテルは頭を掻きながら、
「あいつさ、余程レーアの事が好きなんだろうな。君の容姿を事細かに連絡してくれていたんだよ」
「ええ!?」
レーアは赤面した。何を連絡したのだろうと思っているのだろう。
「動画や写真ではよくわからなかったんだけど、テレビ電話で見ると、レーアは細いんだなあってわかるよ。俺はもっとおっぱいが大きい娘かと思ってたんだけどさ」
メキガテルのセクハラ紛いの言葉にレーアは真っ赤になった。でも、何故か怒らない。
「そ、そうですか。すみません、貧乳で……」
「ああ、いやいや、すまない、おかしな事を言ってしまって」
レーアがションボリしたのに気づいたメキガテルが慌てて言い繕った。
「とにかく、いつか実際にあって話がしたいな。月の事が片づいたら、こっちに降りて来てくれ。待ってるよ」
「は、はい」
レーアはもう一度ニコッとして通話を切った。
「やっちまったなあ……」
メキガテルは苦笑いし、インカムを放り出した。
地球帝国首府アイデアルにある大帝府。その中の補佐官室で、タイト・ライカスとカレン・ミストランが、ソファで向かい合っていた。
「どうしても、決意は変わらないのかね?」
ライカスは、テーブルの上に出されたカレンの辞表を眺めながら尋ねた。
「はい。申し訳ありません、補佐官」
カレンはライカスを真っすぐに見て応じた。
「そうか、わかった」
ライカスは立ち上がった。それに合わせて、カレンも立ち上がる。
「ドッテルのところに行くのか?」
答えるはずがないと思いながらも、ライカスは問いかけてしまった。カレンはライカスを見て、
「さあ、どうでしょう?」
と言い、
「失礼します」
と補佐官室を出て行った。ライカスは辞表を自分の机に放り出し、ソファに座った。
(私はどうすればいいのだ?)
彼は、カレンから言われた「ドッテルは、ライカス補佐官を最高指導者とする国家の樹立を目指しているようです」という言葉で、悩んでいたのだ。
(結局、大帝への報告書にはその事は書かなかった)
それをザンバースに知られたら、自分はおしまいだ。ライカスはそう思っていた。そんな彼の思索を破るように、ドアがノックされた。
「どうぞ」
ライカスは慌ててカレンの辞表を机の引き出しにしまい、席に着いた。
「失礼致します」
そこに現れたのは、マリリア・モダラーであった。ライカスは何も知らされていなかったので、ギクッとした。マリリアはライカスの前へと進み、
「本日付けで、補佐官付きの秘書となりました。よろしくお願い致します」
と告げた。マリリアもどこかしら緊張した顔つきだ。彼女自身も、この辞令に驚いているのだろう。
「そうか」
ライカスはそう言うのが精一杯だった。
(大帝は何をお考えなのだ?)
ザンバースがマリリアを秘書に付けて来た意味が、ライカスにはわからない。彼はザンバースのこの仕打ちに恐怖した。
(私はどうなるのだ?)
それはマリリアも同様だった。
(何故、ライカス補佐官の秘書なの?)
彼女も、ザンバースの意図を計りかねていた。