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第五十章 その一 アジバム・ドッテルの思惑

 アイシドス・エスタンは、エレイム・アラガスに連れて行かれた会議室で憤然としていた。

「それが、アジバム・ドッテルの考えなのか?」

 エスタンは椅子から身を乗り出して尋ねる。対するアラガスは椅子の背もたれに寄り掛かり、

「そうです。ドッテルは、レーアお嬢様を新しい地球連邦の大統領にと考えているのです」

「バカな……。レーアさんはまだ十八歳だぞ。何を考えているのだ、ドッテルは?」

 エスタンも、ザンバースに対抗するにはレーアの協力が必要だとは考えているが、彼女自身をトップに据えるのには賛成ではない。

「そんな事は関係ありませんよ。貴方もご存知でしょう、二十五世紀の地球の歴史を?」

 アラガスが持ち出したのは、レーアの曽祖父であるアーマン・ダスガーバンに始まるダスガーバン家の地球支配の歴史の事だ。

「そんな過去の話は今はどうでもいい。レーアさんを政争の具にするのには賛成しかねる」

 エスタンはアラガスを睨みつけて言い切った。するとアラガスはニヤリとし、

「まあ、いいでしょう。貴方の考えは承っておきます」

 エスタンはあっさりと退いたアラガスを不気味に思った。

(こいつの真の狙いは何だ?)

 エスタンは眉をひそめ、アラガスの心のうちを見定めるように彼をジッと見た。


 レーア達は、司令室の隣の休憩室で飲み物を提供されていた。

「毒でも入ってないでしょうね?」

 ステファミーが呟くと、

「怖い事言うなよ。もう少し飲んじゃったんだからさ」

 イスターがギクッとした顔で彼女を見た。ステファミーは苦笑いして、

「ごめん。そんなはずないよね」

 彼女は入り口のところに立ったまま微動だにしない兵士をチラッと見て言った。

「タイタス、ほら」

 月基地に着いてからも一言も喋らないタイタスに、アーミーが飲み物の入った容器を差し出す。タイタスはそれを無言で受け取ると、天窓を見上げた。

(ナスカート、大丈夫だろうか?)

 このままナスカートが意識を回復しなかったら、タイタスはやり切れないのだ。もう一度ナスカートと言い合いをしたい。彼は心の底からそれを願っていた。

「お食事をお持ちしました」

 連邦制当時から働いている給仕班の人達は、帝国軍が制圧した後もほとんど仕事の内容も変わらないまま、勤務を続けている。だから、ステファミーの心配は取り越し苦労だ。それにもし殺すつもりなら、基地に入れる前に実行していたはずである。レーアはそう考え、給仕の女性が運んで来たトレイを受け取った。

(アイシーおじ様、どうしているのかしら?)

 エスタンがアラガスと司令室を去ってから数時間が経過していた。

(何かあったりはしないだろうけど。アジバム・ドッテルは、アイシーおじ様に表立って戦って欲しいのだろうし)

 連邦政府の象徴であるエスタルトはもういない。そして、ナンバー2のザンバースは敵方。となれば、その次の実力者であるエスタンを抱き込む以外、ドッテルがこの戦争に参加する大義はないのだ。


 月に向かっているカラスムス・リリアスのシャトルは、猛スピードで接近して来るヤルタス・デーラのシャトルをレーダーに捉えていた。

「敵シャトルがもうすぐ有効射程圏内です」

 レーダー係が告げる。リリアスは後部モニターを覗き込み、

「このスピードだと、連中の狙いは我々ではないな。一気に月まで行くつもりだろう」

 リリアスは通信士に目を向け、

「メックに連絡を取ってくれ。恐らく、帝国は地球各地から増援を派遣するはずだ。それを食い止める行動に入ってくれと」

「了解」

 通信士は機器を操作し、南米基地のメキガテル・ドラコンに連絡を取った。


 月に向かって猛スピードで航行中のヤルタス・デーラは、ムッとした顔でキャプテンシートに座っていた。

(火星に行くのか思えば、今度は月か。愚か者が多いと、とんだ災難だな)

 彼はキャノピーの向こうに輝く月を見た。

(アジバム・ドッテルめ、何を企んでいる? それよりも問題なのは、アラガスか)

 デーラにはアラガスの考えが読めない。

(奴は大帝に心酔していたはず。何がきっかけだ? やはり、ダットスのジジイのカッテム暗殺か?)

 デーラは、その情報網を駆使し、元帝国軍司令長官であったリタルエス・ダットスが暗殺団首領のドードス・カッテムを殺したのを知っている。

「やはり、欲に目が眩んだ者がいると、組織は腐るな」

 デーラの言葉に操縦室の一同がギョッとして彼を見た。するとデーラは、

「気にするな。独り言だ」

と言った。


 朝日が眩しい帝国首府アイデアル。大帝府のビルは、ガラス窓が日の光を反射し、建物全体がキラキラしている。

 自分のオフィスに戻ったタイト・ライカス補佐官は秘書のカレン・ミストランの報告を受けていた。

「……」

 ドッテルが、ライカスを最高指導者とする国家建設を考えているとカレンが告げた時、彼は恐ろしさで身体が震えた。

(打倒ザンバースと言われるより恐ろしい)

 ドッテルがそんな事を考えているという事をライカスはザンバースに伝える事ができない。

(どうすればいいのだ?)

 ライカスはギュッと右手を握りしめた。それに気づいたカレンは微かに笑った。

(私を突き飛ばして流産させた男を始末させたのはザンバースでしょうけど、補佐官も知っていたのでしょう? 何のためにそんな事をさせたのかと言えば……)

 事が公になる前に関係者を消しておく。カレンはザンバースの恐ろしさを改めて知った。

(背中を安心して見せられない人達とは、とても長く付き合っていけない。潮時のようね)

 カレンは辞表をスーツの内ポケットにしたためていた。


 南米基地では、メキガテル・ドラコンとナタルコン・グーダンが対宇宙作戦で話し合い中だった。

「アジバム・ドッテルがそこまで動くとはな。私は奴はあくまで陰に隠れていると思っていたがね」

 ソファに沈み込んだグーダンが言う。メキガテルはソファにふんぞり返って脚を組み、

「ドッテルは義父のナハルが腑抜けたので、一気に本性を現したのでしょう。奴が狙っているのは、地球そのもの。ザンバースの首でも、地球支配でもないですよ。行き着くところは、『どこまでしゃぶり尽くせるか』でしょうね」

 メキガテルの言葉に、グーダンはうんざり顔をし、

「企業家とはそういうものかねえ。虫酸が走るな」

「まあ、それはそれで別に考えるとして、当面の敵は、月基地に飛び立とうとしている帝国軍のシャトルです」

 メキガテルはテーブルの上に立体映像を投影した。

「東アジアから一機、ヨーロッパから一機、北アメリカ東岸から一機、アフリカから一機。瞬く間にシャトルを揃えたようです」

「こちらも、我が基地から一機、オセアニアから一機、西アジアから一機出せるかな」

 グーダンが立体映像の地球を指差して言う。メキガテルは、

「いや、その必要はないでしょう」

「どういう事かね?」

 グーダンはメキガテルとの付き合いが長い。しかし、彼には常に驚かされている。今日もそうだった。

「月基地を制圧したエレイム・アラガスは、帝国暗殺団特殊部隊の隊長だった男。そして、連邦時代も、秘密工作を多く手がけていたと聞きました。これは推測ですが、帝国各基地の兵士のうち、その何パーセントかは、奴の息のかかった者がいるはずです」

 メキガテルは立体映像を消して、グーダンを見ながら言った。

「どういう事かね?」

 グーダンもメキガテルを見る。メキガテルはニヤリとして、

「増援部隊の幾隊かは、増援に行かないかも知れないという事です」

 グーダンはメキガテルの読みに舌を巻いてしまった。


 ザンバースは、大帝室でライカスの報告書に目を通していた。

「お呼びですか、大帝?」

 そこにマリリアが現れた。いつもなら不敵な笑みを浮かべている彼女が、その日は顔を引きつらせていた。

「座れ、マリリア」

 ザンバースはソファを見て言った。マリリアは一歩一歩確かめるかのように進み、ソファに腰を下ろす。ザンバースも自分の席を立ち、マリリアの向かいに座った。マリリアは思わず唾を飲み込んでしまった。

「どうした、マリリア? 具合でも悪いのか?」

 ザンバースはフッと笑って尋ねた。マリリアは卒倒しそうだ。

(マルサス、私、もうダメ……)

 マリリアは泣き出してしまった。ザンバースはそれを冷徹な目で見て、

「マリリア、それは君が軍門に降ったと判断していいのかね?」

 するとマリリアは涙で濡れた目を上げ、

「はい、大帝」

と答えた。

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