第四十九章 その二 アルナグ・メイア散る
レーア達がナスカートの状態に絶望し、悲しみに打ちひしがれていた頃、帝国のアルナグ・メイア率いるシャトルとアジバム・ドッテルの命を受けて宇宙に上がったエレイム・アラガス率いるシャトルが交戦状態に入っていた。アルナグのシャトルから次々に放射されるレーザーがアラガスのシャトルを掠めるが、アラガスのシャトルはそれを巧みにかわしていた。
「あいつらは素人の集まりか?」
アラガスは、闇雲に攻撃して来るアルナグ達を嘲笑った。
「別動隊はどうだ?」
彼は通信士を見た。通信士はアラガスを見上げて、
「は、敵は気づいていません。順調に距離を詰めています」
「そうか」
アラガスはニヤリとした。
「この程度の連中なら、そこまで策を弄さなくても勝てたかな?」
彼はシートに戻り、
「別動隊が作戦開始と同時にシャトル前進。敵シャトルを制圧する」
と命じた。
アルナグは、アラガスに嘲笑われたのも知らずに指揮を執っていたが、只かわすだけのアラガスのシャトルに不信感を抱き始めた。
(何か企んでいるのか?)
そう思うアルナグであるが、敵の意図が読み切れない。
「かわす暇もないくらいレーザーを撃て!」
アルナグは苛立って命じた。
月基地では、アルナグのシャトルがアラガスのシャトルを圧倒しているという情報が入っていた。
(よおし、そのまま撃墜しろ!)
月基地司令のアール・デボイは心の中でそう願った。
(戦争が嫌で月に上がったのに、これでは同じ事だ)
また子供の顔を思い出すデボイである。その時だった。
「ぐおお……」
背後で誰かが呻き声をあげ、続けてドサドサッと何かが倒れる音がした。
「何だ?」
苛立って振り返ったデボイが見たのは、黒革のつなぎを着て、黒のゴーグルと防塵マスクをした厳つい体格の男十人と、ボロ雑巾のように床に倒れ伏している自分の部下数十名だった。
「だ、誰だ?」
後ろに飛び退き、デボイは尋ねる。声が震え、足が竦んだ。
「君達は?」
椅子に縛りつけられていたのを解放されたアイシドス・エスタン元知事も、黒尽くめの男達を見て驚いている。
「我々は、アジバム・ドッテル様の命を受けて貴方を救出に来た者です」
黒尽くめの一人が答えた。
「ドッテル?」
エスタンの眉間に皺が寄る。
(ミケラコス財団の事実上の支配者のドッテルが何故? 連中はザンバース君に近いと聞いたが……)
情報が入っていないエスタンは、ザンバースとドッテルの確執を知らない。
「ま、待ってくれ。私は命じられてここにいるだけだ。助けてくれ」
デボイは見苦しいほど狼狽えていた。
「ダメだ。ドッテル様のご命令で、敵は殲滅する」
黒尽くめの一人が銃をデボイに向ける。
「ひいい!」
デボイは顔を引きつらせ、腰を抜かした。その彼の眉間を光束が貫く。デボイの身体は後ろにはじけ飛び、壁に当たって止まった。
「殺す事はなかろう?」
エスタンが抗議した。すると黒尽くめの一人が、
「一人を見逃すと、その何倍もの反撃を生むのですよ、閣下」
と答えた。エスタンはムッとして目を背ける。
(私は本当に助けられたのか?)
エスタンは不安になった。
アルナグのシャトルは見た目では確かにアラガスのシャトルを圧倒していた。しかし、事実は違っていた。
「どうした?」
ハッチの誤作動を知らせるアラームが船内に鳴り響いたので、アルナグが尋ねた。
「後部ハッチが開きました。侵入者のようです」
「何?」
思ってもみない「来客」の登場にアルナグは仰天した。
「至急迎撃に向かえ!」
すぐに気を取り直し、命令する。幾人かが銃を手にして操縦室を飛び出した。
アラガスは、別動隊がアルナグのシャトルに取りついたのを知った。
「よし、全速前進。一気にケリをつけるぞ」
アラガス達のシャトルは、混乱して攻撃が手薄になったアルナグのシャトルに急接近した。
アルナグのシャトルは壊滅的だった。侵入者はシャトル内の空気を外に出してしまい、アルナグの部下達の足を止めた。更に侵入者達は奥へと入り込み、その都度空気を放出して行く。宇宙服を着込んだアルナグの部下達が反撃に出ようと動いた時には、シャトルの大半の空気がなくなっていた。
「おのれ……」
船内の酸欠を知らせるコンピュータのモニターを睨み、アルナグは歯軋りした。
(これは只の民間人じゃない。何者だ?)
侵入者の手際の良さにアルナグは恐怖を感じる。
「敵のシャトルが!」
レーダー係の声が被ったばかりのヘルメットの中で響く。
「うわ!」
アラガスのシャトルはアルナグのシャトルに接舷し、停止した。
「全員殺せ。生かしておくな」
アラガスは嬉しそうに命令した。
操縦室に残っていたアルナグ達は、二重扉を破壊して飛び込んで来たアラガスの部下達に銃殺された。戦いはあまりにも呆気ない幕切れだった。
「シャトルも破壊しろ。帝国に回収させるな」
アラガスはシャトル破壊を命じた。シャトルはエンジンに時限爆弾を取り付けられた。
アラガスのシャトルはアルナグのシャトルを離れ、月へと進路を変える。
「帝国め、よく見ておけ。これがお前達の末路だ」
アラガスは爆発して散り散りになって行くアルナグのシャトルを遠くから眺めて笑った。
レーア達は皆が暗い表情のまま、操縦室に戻った。誰も何も言わない。何か言うと、泣いてしまいそうなのだ。そんな沈黙を破るように、ヤルタス・デーラ隊のシャトルの追跡を諦め、レーア達の応援に戻って来たカラスムス・リリアスから通信が入った。
「はい」
一番近くにいたレーアが通信機を取った。
「こちら、リリアス。メックから事情は聞いた。月基地に行けば、ナスカートを助けられるかも知れないぞ」
「え?」
その声にレーアがピクンとした。
「地球に降りるのには、ナスカートは堪え切れないだろうが、月なら重力が六分の一だから、大丈夫。何とかなる」
リリアスの言葉にレーア達はようやく顔を上げて互いを見た。
「でも、月基地には帝国の連中がいるんでしょう? 大丈夫なんですか?」
イスターが尋ねた。するとリリアスが、
「それなら心配いらない。さっき、月基地は陥落した。エスタン知事も無事だ」
レーアは一瞬喜びかけたが、疑問が湧いた。
「陥落したって、誰が?」
リリアスはすぐに返答しなかった。妙な間が空いたので、レーアが、
「どうしたんですか、リリアスさん?」
と尋ねた。するとリリアスは、
「月基地を陥落させたのは、アジバム・ドッテルの配下らしいです」
「アジバム・ドッテル?」
レーアはその名を思い出すのに時間がかかった。
(ミケラコス財団の事実上のトップって聞いた事がある。どういう事なの?)
「ドッテルって、ミケラコス財団の奴でしょ? ミケラコスはザンバースの味方なんですよね? どういう事なんですか?」
そう言ってしまってから、イスターはあっと小さく声を上げ、レーアを見た。しかしレーアは気にした様子はない。
「ドッテルは帝国に手を貸しながら、別の動きをしていた形跡があります」
ザラリンド・カメリスが口を挟んだ。
「いずれにしても、一筋縄じゃいかない連中って事ですね」
レーアがリリアスに言う。
「そう考えた方がいいでしょうね」
月基地が陥落したというのは、確かにいい情報だが、手放しでは喜べない。レーアは気を引き締めようと思った。
(それよりも、ナスカートを助けられるかも知れないのは良かった)
彼女は何よりもその事を喜んだ。
エスタンは、黒尽くめの男達に促され、司令室の司令の席に座る。
「君達はどこにいたのかね?」
月にいた帝国軍は、十人程度の部隊で制圧できるほど規模は小さくない。
「我々は、元々は基地の兵士です」
「何だって?」
内部の部隊の反乱だったのか? エスタンは身震いしそうだった。
「帝国は決して一枚岩ではないという事です。我らは、エレイム・アラガス隊長の部隊でした」
黒尽くめの一人が誇らしそうに言う。
「エレイム・アラガス?」
エスタンはその名を聞いてもピンと来なかった。要するに、アラガスは、自分のかつての部下が月にいるのを知り、彼らに反乱を呼びかけたのである。だから、月基地は簡単に制圧されたのだ。それに加え、素人同然の司令だったアール・デボイの無能も助けとなった。皮肉である。
「もうすぐ、レーアお嬢様がご到着なさいます。お力をお貸し下さい、閣下」
黒尽くめの男はニヤリとしてエスタンに跪いた。