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第四十九章 その一 エレイム・アラガスの野望

 ナスカートは集中治療ブースで身体中を隈なく検査されている。レーア達は検査がすむまで待つ事になり、ステファミーとアーミーが中心になって食事が配られた。

「もう十二時間以上何も口にしていないでしょ?」

 アーミーがのんびりとした口調で言い、レーアに食物の入った容器を手渡す。中身は様々な栄養素を含んだ流動食である。

「ありがとう、アーミー」

 レーアは力なく微笑み、それを受け取る。

「ナスカート……」

 ヘルメットを脇に抱えたまま、タイタスはまだ泣いている。レーアが何か声をかけようとした時、

「タイタス、食事を摂って。身体が参ってしまうわ」

 ステファミーがタイタスに容器を差し出した。するとタイタスは顔を背けて、

「俺はいらない。俺は……」

 ステファミーは悲しそうな顔でタイタスから離れた。入れ替わりにイスターが近づく。

「邪魔だ、どけ、タイタス」

 イスターはナスカートが救助されてから、タイタスにきつい言葉ばかり投げ掛けている。レーアも、イスターとタイタスが小学生の時からの親友なのを知っているので、口を挟むつもりはなかったが、それにしてもイスターの言動は冷たかった。

(イスターなりに何か考えがあるんだろうけど……)

 レーアはそう思って見守る事にした。

(ナスカート、私を一人にしないでよ)

 彼女はナスカートに異性としての愛情を抱いた事はないが、リーム・レンダース、ディバート・アルターと相次いで関わりの深かった男性に逝かれ、もうこれ以上は堪え切れなくなりそうなのだ。


 エレイム・アラガス達の搭乗するシャトルは、帝国のシャトルのレーザーの有効射程内に入っていた。

「如何なさいますか、隊長?」

 シャトルのパイロットがアラガスに尋ねた。アラガスはニヤリとして、

「連中もこちらに向かって来ている。手厚く歓迎しようではないか」

「は!」

 船内の部下達は一斉に敬礼し、アラガスに応じた。


 帝国のシャトルに搭乗しているアルナグ・メイアは、相手がかつて帝国暗殺団の特殊部隊の隊長だったエレイム・アラガスだと知っていれば、決して立ち向かおうなどとは思わなかったろう。

「敵のシャトルには武器らしきものは装備されていません。登録データを調べましたが、只の輸送用のシャトルです」

 コンピュータ係が告げる。アルナグはニヤリとした。

「バカな連中だ。どういうつもりかは知らんが、宇宙の藻屑になってもらう」

 結果は逆になるとは夢にも思わないアルナグであった。


 そして、火星に向かって飛行中のヤルタス・デーラ率いるシャトルは、追尾しているパルチザン隊のシャトルを突き放しにかかろうとしていた。

「大帝の令嬢を相手にする必要がなくなったのは良かったが、我々には時間がない。燃料は火星までの往復ぎりぎりなのだ。振り切るのだ、必ず」

 デーラは操縦士に命じた。

「は!」

 操縦士は額に幾筋もの汗を流し、操縦桿を握りしめた。そして、

「惑星間航行用のエンジンと燃料に切り替えます」

と言うと、操縦系のスイッチを目まぐるしく操作する。シャトルを推進させていたロケットエンジンが停止し、切り離される。そして新たに別のエンジンが現れ、それが起動し始めた。

「残念だったな、反乱軍の愚か者共。我らの技術は、十年は進んでいるのだよ」

 デーラはバックモニターに目を向け、追尾しているカラスムス・リリアスのシャトルがいるはずの宇宙空間を見つめ、呟いた。


 リリアスのシャトルは、デーラのシャトルの推進力が増した事に気づいた。

「まさか、惑星間航行用のエンジンか?」

 リリアスはギリッと歯を軋ませる。

「追いつけないぞ、このままじゃあ……」

 考えた揚げ句、彼は南米基地のメキガテル・ドラコンに連絡をとった。


 メキガテルは作業を一段落させ、司令室のソファで仮眠を取り始めたところだった。もう基地の辺りは真夜中である。

「どうした、カラス?」

 メキガテルは眩しそうにモニターに映るリリアスを見た。

「帝国のシャトルには、惑星間航行用のエンジンが搭載されているようだ。とても追いかける事ができない」

 リリアスは悔しそうだ。メキガテルは苦笑いして、

「まあ、そう急くなよ、カラス。連中もしばらく地球軌道に戻って来ないって事だよ」

「そうなんだが……」

 リリアスは納得がいかないようだ。するとメキガテルは、

「すぐにレーアのシャトルを追ってくれ。ナスカートが意識不明になったらしい」

「何だって?」

 リリアスは仰天した。

「攻撃を受けたのか?」

「いや。船外作業中に宇宙空間に放り出されたようだ。とにかく、レーア達は混乱している。力を貸してやってくれ」

「わかった」

 メキガテルは更新を終えると、ソファに戻り、横になった。

(ナスカート、死ぬなよ)

 彼もまた、リームとディバートの死で深く心を抉られた者なのだ。


 アルナグは、アラガスのシャトルが速度を落としたのを知った。

「こちらが接近しているのを知って驚いたか。有効射程圏内だ、レーザーを放射しろ。今度は当てて構わないからな」

 アルナグの冗談めかした命令に、狙撃手はニヤリとした。


「帝国軍のシャトルが攻撃を開始しました!」

 アラガスのシャトルのレーダー係が叫ぶ。

「計画通りだ。そのまま回避運動を続け、敵を引きつけろ」

 アラガスは余裕綽綽よゆうしゃくしゃくの顔で命じた。

(帝国のシャトルを沈める頃には、月基地も落ちているだろう)

 アラガスはフッと笑い、キャノピーの向こうに見える帝国のシャトルの光を見つめた。


 月基地の指令であるアール・デボイは、帝国のシャトルとミケラコス財団系のシャトルが交戦状態に入ったと報告を受けた。

(よし、そのまま叩き潰してくれ。そして、大帝の令嬢のシャトルを拿捕し、全部終わらせてくれ)

 デボイは、何もかも人任せにしようと考えていた。

(一段落したら、転任願いを出し、地球に帰ろう。妻とは会いたくもないが、子供の顔が見たい)

 勝手な未来予想図を思い描くデボイであった。


 ナスカートの検査が終了したのをザラリンド・カメリスから知らされたレーア達は、医療室に集合した。そこには、沈痛な面持ちのカメリスがいた。

「どうでしたか、カメリスさん?」

 レーアが尋ねる。カメリスは俯き加減にレーアの方を向き、

「ナスカート君は、全身の大半が壊死しています」

「え?」

 レーアにはカメリスの言った事がよく理解できなかった。カメリスはようやく顔を上げ、レーア達を見渡すと、

「ナスカート君の肉体の三分の二近くが、壊死しています」

とゆっくりと言った。レーアはその言葉の意味を悟り、目を見開く。タイタスはあまりのショックに声も出ない。イスターやステファミー、アーミーは互いに顔を見合わせ、呆然としている。

「救出した時は、戦闘服に隠れていてわからなかったのですが、宇宙服の右の爪先部分が破損していて、そこから空気が漏れたため、宇宙服の内部が急激に温度を低下させたのです。ナスカートさんはそれに気づいたのか、首の部分のシールドを操作し、ヘルメット内の酸素が漏れ出すのを防いだようです」

 カメリスは涙を堪えながら、説明を続ける。すでにステファミーとアーミーは泣き出していた。それを慰めているイスターも声こそ出していないが、涙を流している。

「ナスカート……」

 レーアは涙でグチャグチャになった顔をブースの中のナスカートに向けた。

「できる限りの治療を施していますが、船内の設備では限界があります」

 そこまで言うと、とうとうカメリスは涙をこぼした。

「かと言って、地球に戻るとなると、ナスカート君の身体は保ちません」

 このまま死を待つしかないナスカート。レーア達は自分達に何もできないのを思い知った。

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