第四十八章 その六 ナスカート発見
レーア達のシャトルは行方不明になったナスカートの探索を続けていた。
「ナスカート……」
レーアは祈るような気持ちで操縦を続けている。ザラリンド・カメリスは瞬きも惜しむようにして熱感知システムのモニターを見ている。しかし、宇宙空間には思った以上に塵などの浮遊物が多く、ナスカートは発見できない。
(帝国軍のシャトルが距離をつめて来ている。まずい……)
掠めるようにレーザーを撃っているのは、撃墜するつもりがなく、自分を捕獲するつもりなのだとわかるからこそ、レーアはもどかしかった。
「ううう……」
タイタスは、自分のせいでナスカートが宇宙に放り出されたと思っているため、さっきから泣いている。レーアはタイタスを殴りたい心境だったが、今はそんな事をしている場合ではない。
「タイタス、今自分にできる事をしようよ」
イスターが声をかけても、タイタスは反応しない。イスターは悲しそうにステファミーやアーミーを見る。彼女達も、タイタスに何と声をかけていいのかわからない。
レーア達のシャトルを追っているシャトルに乗り組んでいる部隊のリーダーであるアルナグ・メイアは、レーア達のシャトルの動きが不自然なのに気づいた。
(妙だな。速度を落としたのは、我々の威嚇に恐れおののいたからではない……)
アルナグは顎に手を当てて思案してから、
「これ以上の接近は危険だ。何かの罠の気配がする」
部下達はギクッとしてアルナグを見る。
「我々の射撃を恐れて速度を落としたにしては、動きが妙だ。何かを企んでいるのかも知れん」
アルナグはキャノピーの遥か向こうに明滅するレーア達のシャトルの光を見て呟いた。
「速度を同期させて、このまま追跡を続ける」
アルナグは操縦士に命じ、席に身を沈めた。
また、別方向からレーア達のシャトルに接近を試みているエレイム・アラガス率いる部隊が搭乗するシャトルは、帝国軍のシャトルが接近を中止した事に気づいた。
「距離をつめるのをやめたか。どういうつもりだ?」
アラガスには、アルナグの意図が読めない。
「どちらにしても好機だ。帝国のシャトルに一気に接近し、潰すぞ」
アラガスはニヤリとして命じた。
その頃、カメリスはある熱源を発見していた。
「レーアさん、右十度旋回して下さい。人間らしき熱源を見つけました」
「了解!」
レーアは喜色に顔を輝かせて、操縦桿を動かす。カメリスの報告にタイタスがやっと反応した。
「ナスカート……」
彼はキャノピーの向こうを見た。
ドッテルとカレンは、久しぶりに愛し合った。そして、お互いに何か懐かしいものを感じた。
「楽しかったわ」
シャワーを浴び、服を着終えたカレンが言った。彼女の顔はレストランで会った時と違い、にこやかだった。そして、ドッテルもまた笑顔になっていた。
「私もだ」
二人は口づけをかわし、部屋を出る。
「タイト・ライカスにはどう報告するつもりだ?」
ドッテルはカレンをエレベーターまでエスコートしながら尋ねた。カレンはクスッと笑ってドッテルを見上げ、
「何もするつもりはないようです、と言うわ」
「それでは奴は納得しないだろう」
ドッテルはエレベーターのボタンを押し、
「奴にはこう言ってやれ。ドッテルは、ライカス補佐官を最高指導者とする国家の樹立を目指しているようです、とな」
その言葉にカレンは目を見開いた。ドッテルはカレンを見てフッと笑い、
「もちろん、そんなつもりはないがね」
二人はもう一度口づけをかわした。
レーア達のシャトルはナスカートをようやく発見した。
「やった!」
カメリスとレーアがタッチして喜び合う。イスターはタイタスの手を無理矢理持ち上げてタッチした。ステファミーとアーミーも喜び合った。ハッチに行こうとするレーアをカメリスが押し止め、
「ここは私とイスター君で行きますよ」
と言い、イスターと共に操縦室を出て行く。
「俺も……」
タイタスが思い出したように動くと、
「あんたは大人しくしてなさい、タイタス!」
レーアが怒鳴り、タイタスを押し戻した。タイタスは、
「あ、ああ」
と言うと、そのまま席に着いた。
アルナグのシャトルは、アラガスのシャトルの急速接近を知り、慌てていた。
「くそ、何を企んでいるんだ、ミケラコス財団は?」
アルナグは歯ぎしりした。
(金で全て片がつくと思っている連中に、地球を好きにさせてたまるか)
彼は席を立つと、
「お嬢様がご搭乗されているシャトルを拿捕する前に邪魔な連中を片づけるぞ」
「は!」
アルナグ達のシャトルは方向転換し、アラガス達のシャトルの迎撃態勢に入った。
カメリスとイスターはハッチを開くと、すぐその先を漂っているナスカートを肉眼で捉えた。
「ナスカート君!」
カメリスが呼びかけたが、ナスカートは反応がない。カメリスはイスターに命綱をハッチのフックに固定してもらうと、ナスカートに向かって飛んだ。
(どういう訳か、帝国のシャトルが方向転換してくれて助かった)
カメリスは、何故帝国のシャトルが方向を変えたのかは知らない。
「ナスカート君!」
カメリスはナスカートの宇宙服の裾を掴むのに成功し、彼の身体を引き寄せた。
「ナスカート君!」
ヘルメットを接触させ、呼びかけてみるが、ナスカートは反応しない。
(まだ酸素はなくなっていないはずだが)
カメリスはナスカートの身体を自分の宇宙服のフックに引っかけると、イスターに合図した。イスターは命綱を引き、二人を引き寄せる。
「おっと!」
カメリスとナスカートの身体はハッチの中に勢いよく飛び込んで来た。
「ナスカート君を救出しました」
カメリスがレーア達に報告した。
「やった!」
レーア達は喜び合った。するとカメリスの声が、
「しかし、意識がありません」
その声を聞いた途端、タイタスが操縦室を飛び出した。
「タイタス!」
レーアは引き止めようとしたが、操縦ができるのは自分だけなので追う事ができない。
「カメリスさん、今、タイタスが飛び出して行きました」
「わかりました」
カメリスにはタイタスの気持ちがわかるが、何とか宥めようと思っていた。
「ナスカート君は緊急医療室に運びます」
カメリスはそう言って、イスターと共にナスカートを支えて動き出す。
「ナスカート!」
そこへタイタスが飛び込んで来た。
「タイタス、待て! 冷静になれ!」
イスターが叱責したが、タイタスは聞かない。
「ナスカート!」
彼はナスカートの身体に飛びつき、ヘルメットを接触させた。
「ナスカート、目を覚ませよ!」
「タイタス!」
イスターが本気で怒り出し、タイタスをナスカートから引き剥がした。
「邪魔だ!」
イスターはタイタスの身体を蹴り飛ばした。
「いい加減にしろ! どこまで皆に迷惑をかければ気がすむんだ!?」
タイタスはびっくりして何も言い返せない。彼は温厚なイスターがここまで怒ったのを見た事がなかった。それはレーア、ステファミー、アーミーも同様だった。
そしてナスカートは医療室に運ばれ、宇宙服を脱がされた。その下に着ているパルチザンの戦闘服には何も損傷はない。しかし、相変わらずナスカートの意識は戻らない。
「集中治療ブースに入れます」
カメリスは機械を操作し、ナスカートを大きなアクリル製の筒の中に入れた。
「スキャンして身体の状態を診る装置です」
カメリスは後から来たレーア達に行った。レーアはシャトルを自動操縦にしたのだ。
「そうですか」
レーア達は不安そうにナスカートを見た。ナスカートが入れられた筒はゆっくりと動き、医療室の端にあるブースの中に入って行く。
「ナスカート……」
そこにいる誰もが、ナスカートの意識の回復を祈った。