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第四十八章 その二 月へ

 レーア達の乗るシャトルは、全速力で月へと向かっていた。時速五万キロメートルという途方もない速度だが、地球から三十八万キロメートル離れている月までは、それでも七時間以上かかる。

「交代で睡眠をとろう。休める時に休んでおかないと、いざという時に力が出せない」

 ナスカートが言うと、タイタスは不満そうな顔をしたが、何も口にはしなかった。レーアはタイタスがナスカートを嫌っているのを憂えていたが、その理由が自分にある事を知らない。

「本当の事を教えた方がいいのかな?」

 アーミーがステファミーに囁く。ステファミーは肩を竦め、

「教えたところで、何も解決しないでしょ」

「それもそうなんだけど……」

 二人は溜息を吐き、睡眠をとるためにシャトルの後方にある仮眠室に行く。

「レーアさんも休んで下さい」

 操縦系をオートに切り替えながら、ザラリンド・カメリスが告げた。レーアは心配そうにナスカートとタイタスを見ていたので、ハッとしてカメリスの方を向いた。

「え? 何ですか?」

 カメリスは苦笑いして、

「休んで下さい。月の基地とは恐らく戦闘になると思われますから」

「あ、はい」

 レーアも苦笑いし、ステファミー達を追った。それと入れ違いにナスカートが来る。

「きゃっ!」

 レーアがお尻を触られたらしい。

「あんたねえ!」

 レーアはムッとしてナスカートを睨むが、

「宇宙服の上から触っても、何もわからないよ」

 ナスカートはニヤニヤしながら言う。

「もう!」

 レーアは一睨みし、仮眠室へと進む。その様子を見ていたタイタスが、

「レーア、大丈夫か?」

「うん。あいつはいつもあんなだから、いちいち気にしてたら、身が保たないの」

 レーアはタイタスの心遣いに笑顔で答えた。久しぶりに間近でレーアと話せたタイタスは、鼓動が高鳴るのを感じた。

「でも、悪い人じゃないのよ。だから、仲良くしてね、タイタス」

 レーアはタイタスの右手を両手で握りしめる。

「あ、ああ。俺だって、別に喧嘩がしたい訳じゃないからさ」

 このままでは、死ぬ。タイタスはそう思った。レーアの手が自分の手を握りしめている。そして、吐息がかかりそうなほど彼女の顔が近い。

「じゃあね」

 そんなタイタスの心の内を全く知らないレーアは、手を振って離れて行った。

「月に接近している飛行物体が他にもあるって本当ですか?」

 ナスカートはレーアが仮眠室に消えたのを確認してから、カメリスに尋ねた。

「はい。一隻は帝国軍のシャトルですが、もう一隻は民間のシャトルです」

 カメリスはコンピュータのモニターを操作して、二隻のシャトルの映像を出す。

「民間? どこのですか?」

「ミケラコス財団系のシャトル会社のものです」

「ミケラコス? どういう事ですか? 連中は帝国を支援しているのですよね?」

 ナスカートは意外な名前に驚き、モニターを覗き込んだ。

「そのはずです。しかし、一部の情報では、ミケラコス財団の総帥であるナハル氏が、帝国と仲違いしたと言われています。その一方で、ナハル氏の娘の夫であるアジバム・ドッテル氏が、独自に帝国と提携しているとも聞き及んでいます」

 カメリスの言葉にナスカートは頷きながら腕組みする。

「ミケラコス財団は一枚岩ではない、という事ですか」

「そのようですね。ドッテル氏の妻であるミローシャさんが病死してから、ナハル氏とドッテル氏の仲が悪くなったとも言われていますから」

 カメリスはモニターをナハルとドッテルの写真に切り替えて言った。

「それにしても、目的がわかりませんね」

 ナスカートは二人の写真を見比べながら言う。

「ええ。シャトルを月に向かわせて、何をするつもりなのか……」

 カメリスも腕組みして首を傾げた。


 月基地でも、レーア達の他にシャトルが接近している事を捕捉していた。

「どこのシャトルだ?」

 元月支部知事のアイシドス・エスタンを「人間の楯」にするという姑息な作戦を思いついた帝国軍月基地司令のアール・デボイは妙に強気な口調でレーダー係に尋ねる。

「一隻は帝国の増援のシャトルのようですが、もう一隻は民間の会社のものです」

「民間?」

 デボイはエスタンを用意させた椅子に縛りつけさせながら、レーダー係を睨んだ。

「はい。ミケラコス財団の系列の会社のシャトルです」

「ミケラコスだと? 何しに来るのだ?」

 デボイは通信係を見る。通信係はデボイを見上げて、

「先程から連絡を続けていますが、応答がありません」

「何だと!?」

 デボイは驚愕した。

(応答しないという事は、敵意があるという事ではないか!)

 レーア達のシャトルはエスタンを楯にすれば封じられようが、ミケラコス系のシャトルはそれでは止められないかも知れない。デボイは焦っていた。

「帝国軍本部に連絡しろ」

「もうしました。増援部隊に任せよ、との事です」

 通信係の手回しの良さに、デボイは苛立ったが、怒る事ではないので何も言えない。

「そうか……」

 デボイは歯軋りしてエスタンを睨む。

「残念だったな。君の思惑通りに事は進まない」

 エスタンは嫌味を言ってニヤリとした。

「うるさい!」

 デボイは足を踏み鳴らして怒鳴った。

(どうすれば良いのだ?)

 彼は逃げ出そうかと本気で考え始めていた。


 帝国首府アイデアル。そこにある大帝府の大帝室で、ザンバースは補佐官のタイト・ライカスの報告を受けていた。

「アジバム・ドッテルが動き出したか」

 ザンバースは報告書を読んで、机の上に置き、ライカスを見上げる。

「はい。カレン・ミストランを逆に利用し、奴の企みを暴きます」

 ライカスは抑揚のない声で言った。ザンバースはニヤリとし、

「今まで吸い上げられた分以上に吸い返そうという事か?」

「はい。カレンは使えます。それにあの女は、ドッテルの子供を流産しています」

 ライカスはカレンの電子カルテのプリントをザンバースに差し出した。

「なるほど。個人的な怨みもあるのか」

 ザンバースはカルテを眺めて呟く。

「はい。カレンは通勤途中で見知らぬ男に突き飛ばされて転倒し、それが元で流産しています。証拠は掴んでいないでしょうが、彼女はドッテルの仕業だと考えているようです」

 ライカスはそこで初めてニヤリとした。

「その事件、ミッテルムに調べさせ、実行犯を始末しろ。後々面倒な事にならんようにな」

 ザンバースは再びライカスを見上げた。ライカスはあっという顔になったが、

「わかりました」

と頭を下げた。そしてザンバースを上目遣いに見ると、

「大帝、マリリアの事、よろしいのですか?」

 ザンバースはスッと立ち上がると窓の外を眺め、

「まだ構わん。あの女の後ろにいるのは、恐らくマルサス・アドム。奴を尾行させた翌日、二人が会っているのを掴んでいる」

「そこまでおわかりでしたら、すぐにでも……」

 ライカスはザンバースにしては手ぬるいと思ったのだ。するとザンバースは振り返り、

「マルサスとマリリアには、それなりの舞台を用意した上で退場してもらうつもりだよ」

と言い、フッと笑った。ライカスはそれを見て、背筋が凍る思いがした。


 アジバム・ドッテルは、ミケラコス財団の総帥室でパソコンを起動させ、情報の整理をしていた。

(カレン・ミストラン……)

 久しく接触して来なかった彼女が、突然連絡をよこした時、ドッテルは罠と知りながらも、少しだけ嬉しかった。心のどこかで、カレンに惹かれている自分がいた。そして、カレンをあそこまでの悪女にしてしまった事を悔いる自分もいた。

「ザンバースの差し金だとすれば、会わないのが正解だが……」

 ドッテルはどちらが自分にとってメリットが大きいか、考えていた。


 そして、そのドッテルの要請で月に向かっているエレイム・アラガス。彼はドッテルに従ってみせながらも、レーア達に手を貸す事で力の均衡を変えようと企んでいた。

(月に監禁されているエスタンを救い出せば、宇宙の勢力図は一気に逆転する。ザンバースと戦うより、反乱軍と戦う方が無難だ)

 彼はレーア達パルチザンを援護して帝国を打倒し、その上でレーア達を潰そうと考えているのだ。

(俺達がキャスティングボートを握るのだ)

 エレイムは、シャトルのキャノピーの向こうに輝く月を見てニッと笑った。

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