第四十七章 その三 地球と月と火星と
帝国破壊工作部隊司令のヤルタス・デーラは、帝国情報部からの連絡に眉を吊り上げた。
「南米から、シャトルが打ち上げられただと!?」
デーラはレーア達の搭乗するシャトルをまだ追尾中だ。そこへ南米大陸から打ち上げられたシャトルが加わると、状況は一変する。
「まだ大気圏も離脱していないのだろうが……」
デーラは歯軋りした。
(手を拱いている事しかできないのか? 何か手を……)
そもそもデーラ達は、火星に物資を運ぶために宇宙に上がったのだ。レーア達のシャトルの追尾は想定外である。その上、南米大陸のシャトルが上がって来るとなると、事は相当複雑化する。
(南米という事は、あの切れ者のメキガテル・ドラコンが絡んでいるはず。猶予はないと考えるべきか?)
しかし、危険な賭けに出るのを好まないデーラは、タイト・ライカスに指示を仰ぐ事にした。
(独断で動いたなどと言われぬためにも、ライカスに知らせるべきだ)
デーラは通信兵を見て、
「帝国軍司令長官代理に連絡、我々のこれからの活動の指示を確認しろ」
「は!」
通信兵は素早く機器を作動させ、帝国大帝府のライカスに連絡を取った。
「補佐官、ヤルタス・デーラ隊より通信が入っております」
パソコンを操作していたカレン・ミストランがライカスに告げた。
「こちらに回してくれ」
ライカスはテレビ電話の受話器を取った。
「はい」
カレンがすぐさまライカスのテレビ電話に通信を転送する。
「どうした?」
ライカスはモニターに映る通信兵に尋ねた。
「南米からシャトルが打ち上げられ、当方が不利になる状況です。今後についてのご指示を仰ぎたく」
通信兵は顔を強ばらせて答える。彼は、ライカスクラスの上官と直接話すのは初めてなのだ。
「なるほど」
ライカスは、
(デーラらしい判断だな)
と思い、思わず苦笑いした。それに気づいた通信兵が、
「あの?」
と訝しそうな顔する。ライカスは真顔に戻り、
「了解した。パルチザンのシャトルは無視して良い。本来の任務に戻るように」
「は!」
ライカスは受話器を戻し、カレンを見る。
「各州の司令官に連絡をしてくれ。三十分後に作戦会議を開くと」
「はい」
カレンは畏まって返事をしてから、またパソコンに視線を戻した。
(レーアお嬢様が宇宙に出られたのは間違いない。これは大きな転機の時だ)
ライカスは、帝国軍の全てが追い出された西アジア州、オセアニア州、南アメリカ州に対し、一気に反転攻勢を仕掛けるつもりである。もちろん、それは事前にザンバースからの指示があったからだ。
(本当にそれだけなのだろうか?)
ライカスには不安があった。
(大帝は、情報部以外にご自分の私的な諜報機関をお持ちだと聞いた事がある。それは一体何のためだ?)
ライカスは、ザンバースが考えの全てを自分に話してくれない事に恐れを抱いている。
(あのマリリアが最近顔を引きつらせている事が多い。彼女も大帝の真意を知らないという事か?)
ザンバースがマリリアを重用するのは、彼女の肉体が目的。そう思われるよう、誤情報を流させていた経緯をライカスは知っているので、マリリアが知らない事があるのは不気味なのだ。
(マリリアは決して女故に大帝の秘書に選ばれたのではない。となると……)
考えれば考える程、ライカスは怖くなった。
レーア達の乗るシャトルは、衛星軌道を周回していたが、デーラ隊のシャトルが衛星軌道を離脱し、進路を火星に取ったらしい事を掴んでいた。
「進行方向を計算すると、間違いなく火星に向かう方向です」
機器を操作しながら、ザラリンド・カメリスが言った。
「どうする?」
レーアがナスカートを見る。それに気づいて、タイタスがムッとする。そのタイタスを見て、イスターが呆れる。
「火星に基地を建設させる訳にはいかない。追いかけよう」
「しかし、連中はレーザーを所持していますよ」
カメリスが異を唱える。ナスカートは腕組みして考え込んだ。
「決断力のない奴だな」
タイタスが小声で言ったのを、ナスカートは聞き逃さなかった。
「貴様!」
ナスカートは立ち上がるとタイタスの腹を蹴飛ばした。
「く!」
宇宙服で覆われているとはいえ、多少の衝撃は伝わる。
「ナスカート!」
レーアが止めに入る。
「蹴る事はないでしょう!?」
レーアの大声の叱責にナスカートも声を荒らげた。
「こいつ、さっきからうるさいんだよ! 俺に怨みがあるとしか思えない」
「そんな事あるはずないでしょ!? 何言ってるのよ、ナスカート!」
レーアはそれでもタイタスを庇った。タイタスにはそれが逆に辛い。
(俺はそいつに怨みしかないんだよ、レーア)
レーアが純粋にタイタスを守ろうとしているので、タイタスの心は複雑だ。
「今はそんな事を言い合っている場合じゃないと思うよ。これからどうするのか、決めないといけないんじゃないの?」
イスターが冷静な声で言う。レーア、ナスカート、タイタスは、ハッとしてイスターを見た。
「イスター君の言う通りですよ、レーアさん」
カメリスが同意する。ステファミーも頷き、
「ナスカートの言い分もわかるけど、暴力はいけないわ。それに、タイタスもうるさかったのは確かよ」
ナスカートとタイタスは何か言おうとしたが、分が悪いのを悟ったのか、何も言わない。
「本当よ。みんな、少し気が立っているんでしょ? 落ち着きましょうよ」
アーミーがゆったりとした口調で言ったので、一同は思わず顔を見合わせ、笑ってしまった。
「何よお、私、笑われるような事、言った?」
一人アーミーだけが、不満そうに口を尖らせた。
メキガテル・ドラコンは、レーア達を救助に向かったカラスムス・リリアスからの連絡を受けていた。
「敵は衛星軌道を離れ、火星に進路をとった。どうする、メック?」
テレビ電話の向こうでリリアスが尋ねる。メキガテルは受話器を握りしめ、
「レーアのシャトルに通信をとり、月に行くように指示してくれ。それはパルチザン隊総隊長のメキガテル・ドラコンの命令だと伝えていい」
「わかった。それで、俺達は?」
リリアスは軽く敬礼して応じる。
「敵のシャトルを追ってくれ。火星に向かうかどうか、それを確かめて欲しい」
メキガテルはフッと笑って更に答えた。
「了解だ。また連絡する」
「頼むぞ、カラス」
メキガテルは受話器を置き、溜息を吐いた。
「さてと。これからが本番だな。そうだろう、ザンバース・ダスガーバン?」
メキガテルはニヤリとして呟いた。
「レーアさん、味方のシャトルが南米基地から打ち上げられたようです。その指揮官の方から通信が入ってます」
カメリスが回線をレーアの席のモニターに回した。レーアはヘルメットを取り、インカムを装備する。
「こちら、レーア・ダスガーバンです。貴方は?」
レーアはモニターに映るリリアスに言った。リリアスはニコッとして、
「初めまして、南アメリカ州のパルチザンを統括するカラスムス・リリアスです」
「初めまして」
レーアはそんな挨拶をされたのは久しぶりなので、面食らった。
「総隊長のメキガテル・ドラコンからの命令を伝えます」
「はい」
総隊長と言う単語に、レーアは緊張した。
「レーアさんの搭乗するシャトルは、このまま月に向かって下さい。我々が、敵のシャトルを追撃します」
「そ、そうですか」
レーアはそんな指示を受けると思わなかったので、声が裏返ってしまう。リリアスはレーアの素っ頓狂な声に笑いを噛み殺しながら、
「連中が火星に本当に向かうつもりなのかを確認します。状況次第で、あなた方にも追って連絡を入れます」
「はい」
リリアスは敬礼して、
「どうか、ご無事で。貴女は我々の希望なのです」
「え、あ、はい!」
レーアは慌てて敬礼を返した。通信が終了し、リリアスの映像は消えた。
(我々の希望、か……)
レーアは嬉しいような、怖いような、複雑な思いだった。