表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/240

第四十六章 その三 大気圏離脱

 一刻の猶予もない。

 その思いだけが、すでに肉体的にも精神的にも限界に近いレーア達を突き動かしていた。

 ディバート、クラリア、ミタルアム、そして多くの仲間達の弔いをする時間も取れない事を、レーアは悲しんでいる。しかし、帝国軍に頭を抑えられるような事になれば、それはもっと彼等に対して失礼な結果になる。

 ザラリンド・カメリスの運転する大型ホバーカーを先頭に、五台のホバーカーが朝日に照らされながら、街道を疾走している。カメリスのホバーカーには、レーア、ナスカート、タイタス、イスター、ステファミー、アーミーが乗っている。他のホバーカーには、北米大陸各地から集まったパルチザンが乗っていた。彼等が目指しているのは、ケスミー財団所有の地下格納庫だ。そこにムーンシャトルと発射台がある。

「陽動として、我々はグランドキャニオン基地に向かう」

 北アメリカ州の知事だったリスボー・ケンメルは、ケイラス・エモルと共に別働隊を組織し、グランドキャニオン基地を攻撃する動きを見せる事になっている。グランドキャニオン基地にムーシャトルの発射台があるのは、帝国軍も承知している。よって、陽動としてはかなりの確率で成功すると思われた。

「カメリスさん」

 レーアは助手席で前方を見たままで運転しているカメリスに話しかける。

「何ですか、レーアさん?」

 カメリスも前をみたままで応じる。

「カメリスさんて、クラリアの事が好きだったでしょ?」

「え?」

 レーアのとんでもない言葉に、カメリスはもう少しでハンドルを放してしまいそうになった。

「いや、何を言い出すんですか、レーアさん? そんな、あり得ないですよ。お嬢さんと私では年が離れ過ぎています……」

 否定するカメリスの顔がドンドン紅潮して行くのを見て、レーアはクスッと笑った。後部座席のナスカートは、タイタスと何かを言い合っており、それを止めているイスター達がいる。誰もレーア達の会話に耳を傾けている者はいない。

「クラリアが言ってたの。カメリスさんの優しさは、痺れるって」

「ええ?」

 カメリスはレーアの方を見そうになったが、我慢して顔を固定した。

「クラリアね、本当はずっとカメリスさんの事が好きだったのよ」

 レーアの暴露話を聞いたら、天国のクラリアが激怒しそうだ。

「そんな……」

 カメリスは唖然としそうだ。しかし、運転に集中する。

「でも、カメリスさんが自分を社長令嬢としてしか見ていないって思って、諦めたんだって」

 レーアの話は、カメリスには衝撃的だった。

「そうですか……」

 カメリスは悲しそうに微笑む。レーアはそれに気づき、

「ごめんなさい、カメリスさん。私、余計な事話したわね」

と詫びた。しかし、カメリスは、

「いえ。お嬢さんの気持ちを知れて、嬉しいです。自分が道化でなかったとわかって……」

「道化?」

 レーアはキョトンとした。

「ええ。お嬢さんはディバート・アルター君を好きだったようですから」

「気づいてたんですか?」

 レーアは意外そうにカメリスを見た。カメリスはチラッとレーアを見て、

「はい。お嬢さんを小さい頃から見ていますから、大抵の事はわかります」

「そうなんですか」

 レーアは苦笑いをした。そんなにクラリアの事を思い、ずっと胸に秘めていたカメリス。そして、クラリアはそんなカメリスの苦しみを知らずに彼を諦めた。何と言う皮肉なのだろうか?

「だからこそ、この戦い、負けられません。ディバート君、お嬢さん、そして社長のためにも」

 カメリスは真顔に戻り、正面を向く。

「そして、多くの仲間のためにもね」

 レーアが言った。


 帝国軍を一時預かった形のタイト・ライカス帝国補佐官は、情報部からレーア達が動き出した事を知らされた。

「グランドキャニオン基地へか?」

 ライカスは情報部員を見上げて尋ねる。情報部員はライカスを見ずに畏まった姿勢のままで、

「はい。グランドキャニオン基地には、ムーンシャトルの発射台があります。それを奪取するつもりと思われます」

「なるほど。しかし、シャトルはないのであろう?」

 ライカスが続けて尋ねる。それでも情報部員はライカスを見ずに、

「シャトルはケスミー財団が保有している可能性があります。別働隊が違う方角へとホバーカーを走らせているのも確認しております」

「そうか」

 ライカスは腕組みして考えた。

(グランドキャニオン基地を奪ったとしても、ムーンシャトルを打ち上げるには相当なタイムロスが生じる。反乱軍はそこまで愚かだろうか?)

 彼は、グランドキャニオン基地に向かっている部隊より、別行動をしている一団の方が気になった。

「ご苦労。そのまま、双方の監視を続行するのだ」

「は!」

 情報部員は敬礼して退室した。ライカスはしばらく考え込んでから席を立った。

「大帝はいらっしゃるか?」

 彼はインターフォンでマリリアに尋ねた。

「はい。どうなさいました、補佐官?」

 マリリアのいつもの冷たい声が返って来る。

「急を要する情報が入った。お会いしたい」

「わかりました。おいで下さい」

 ライカスはマリリアの返事を待たずに机を離れる。

「補佐官、どちらへ?」

 ライカスの秘書であるカレン・ミストランが控え室から顔を覗かせた。

「大帝にお会いして来る。君は各部署と連絡を取り、反乱軍の動きを逐一私の所に報告するように伝えてくれ」

「はい」

 カレンは直立して応じた。彼女はライカスが出て行くと、フッと笑った。

(相変わらず、私には無防備ね、補佐官)

 カレンは連邦時代からライカスの秘書をしているが、帝国に体制が変わった時、追放されると思ったのだ。しかし、ライカスはそれをせず、カレンに秘書を続けさせている。もちろん、それはザンバースの指示があったからなのだが、カレンはそこまでは知らない。そして、ザンバースは、ライカスが個人的にカレンに興味があると思わせるようにも指示していた。嵌められているのは、カレンの方なのである。

(ドッテルの奴、私の妊娠が狂言だと見抜いて、最近全然取り合わなくなった。それに、ミローシャが死んでしまって、ナハルのジイさんまで惚けてしまったから、彼がミケラコス財団の事実上の支配者)

 カレンはまだドッテルを諦めていないのだ。


 ザンバースは、ライカスからの報告と彼なりの分析を聞き、椅子に身を沈めて黙り込んでいる。

「なるほど。君は、グランドキャニオン基地に向かっている部隊が陽動だと考えているのか?」

 ザンバースは射るような目でライカスを見る。ライカスは一瞬身を強ばらせるが、

「はい。グランドキャニオン基地に、ムーンシャトルの発射台はありますが、シャトルはありません。その前に、グランドキャニオン基地を落としていたら、我々のシャトルに追いつく事などできません」

 ザンバースはライカスの言葉を愉快そうに聞いている。その脇に立つマリリアは、腹をくくったのか、冷静な顔をしていた。

「それが正解だろう。デーラに命じて、反乱軍のシャトルを攻撃させろ」

「軍ではなく、デーラにですか?」

 ライカスは意外な指示に驚いた。

「そうだ。軍ではなく、デーラにやらせろ」

 ザンバースは目を細めて言う。ヤルタス・デーラ。帝国破壊工作部隊司令である。

「軍では展開に時間がかかる。そのためにシャトルにデーラ達を搭乗させたのだからな」

「は!」

 アイデアル近郊の宇宙基地から発射されたシャトルには、ヤルタス・デーラ率いる破壊工作部隊が乗っているのだ。それは、ライカスには知らされていなかった。

(全てを知っているのは、大帝以外いない、という事なのか……)

 ライカスはザンバースの意図がわからず、背筋が寒くなった。


 ケンメル率いる陽動部隊は、グランドキャニオン基地を遠巻きに攻撃していた。基地からも多少は反撃があったが、戦車や装甲車が出て来る気配がない。

「妙だな」

 双眼鏡で基地を観察していたケンメルは呟いた。

「確かに。以前なら、接近しただけで反撃して来たのに……」

 ケイラスが同意する。

「見破られたか?」

「まさか!」

 ケンメルの言葉にケイラスはギクッとした。ケンメルは通信機に手をかけ、

「警戒するに越した事はない。レーア君達に伝えよう」


 レーア達は、すでにケスミー財団の地下格納庫に到着し、エレベーターで降りているところだった。

「ケンメルさんから通信だ。敵に陽動が気づかれたかも知れない」

 ナスカートが電文を見て言った。レーア達は顔を見合わせた。

「心配いりません。ここからグランドキャニオン基地まで数十キロあります。そして、発射の時は強力な妨害電波を出しますから、ここを探知される心配はありません」

 カメリスが説明してくれた。

「いろいろ考えてみても仕方がない。急ごう」

 ナスカートが言う。レーア達は大きく頷いたが、タイタスだけは不満そうだ。


 一方、自室に戻ったライカスにカレンが近づいた。

「補佐官、情報部から連絡があり、別働隊を見失ったとの事です」

「何?」

 ライカスは最悪の事が起こったと思った。

(やはり、そちらが本命だったのだ。まずいな)

 彼は、ケスミー財団の力をよく知っている。

(ムーンシャトルばかりでなく、発射台も保有しているのではないか?)

 ライカスは自分の席に座ると、

「ヤルタス・デーラと連絡を取ってくれ」

とカレンに命じた。

「はい」

 カレンも自分の席に着き、パソコンを動かす。


 ライカスの予感は的中していた。

 レーア達を乗せたケスミー財団のシャトルは、斜めに造られた長い発射台に載せられ、カウントダウンを開始していた。

「何だか、震えて来たよ」

 シートベルトで身体を固定されたイスターが言うと、

「俺も」

 いつも強気なタイタスが同意する。

「そんな事言わないでよ、不安になっちゃうわ」

 ステファミーとアーミーが怖そうな顔をする。レーアとナスカートは隣り合って座っていたが、ニコリともせず、発射準備を進めているカメリスを見ている。

「発進十秒前です」

 カメリスが一同に告げた。タイタス達が口を閉ざす。

 メインエンジンが点火され、轟音が地下格納庫に轟く。

「五、四、三、二、一、発進します」

 カメリスは噴射レバーをいっぱいに引いた。噴射が最大になり、シャトルはゆっくりと前進を始める。地下をくり抜いたレール状の発射台の上をシャトルが滑走する。

「十秒で地表です。Gがかかりますので、注意して下さい」

 カメリスが言った。レーアは思わず目を瞑って拳を握りしめた。ナスカートはそんなレーアをジッと見ている。そのナスカートを半目で睨むタイタス。

「わ!」

 タイタスはいきなり外が明るくなったのでビックリして目を閉じた。シャトルはやがて地表に対して垂直方向に推進し始めた。

「くう!」

 強烈なGが、レーア達を襲った。

(みんな……)

 レーアはディバート達の事を思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ