第四十六章 その二 宇宙へ
北米大陸西部の夜が明けた。
レーア達は拍子抜した思いで前線基地へと引き返した。その後、帝国軍は現れる事もなく、レーア達の行動は全くの徒労に終わってしまった。
「何の目的があったんだろう?」
基地に帰還し、ホバーカーを降りながら、ナスカートが呟くと、
「からかわれたんだよ、俺達は」
迷惑そうにタイタスが言った。ナスカートはその言い方にカチンと来たが、無視して基地へと歩き出す。
「おい、タイタス」
タイタスの挑発めいた物言いに、イスターの方が反応して彼を睨む。
「何だよ?」
しかし、タイタスは悪びれる事なく、歩き出す。
「どうしたのよ、あいつ?」
レーアが小声でイスターに尋ねた。イスターは肩を竦めて、
「誰かさんを巡って、火花を散らしてるんだよ、あいつ」
「ふーん」
その誰かさんが自分である事をレーアは気づいていない。イスターは思わず溜息を吐いた。
「大変です、レーアさん」
歩き出したレーアをカメリスが呼び止めた。レーアばかりでなく、ナスカートとタイタスも振り返る。
「どうしたんですか、カメリスさん?」
レーアが不思議そうな顔で尋ねた。カメリスは操作していたパソコンの画面をレーアに見せ、
「北米大陸の東岸で、帝国がシャトルを発射したようです」
「ええ!?」
レーア、ナスカート、タイタス、イスター、ケイラスがほぼ同時に叫んだ。
「東岸のパルチザン隊も気づいていません。帝国軍が攻撃を仕掛けていたためです。どうやら、我々は完全に誘導されていたようです」
カメリスは悔しそうに言った。レーアは、ケスミー財団の監視衛星が捉えた画像を見つめていた。
「何をするつもりなの?」
レーアには、帝国、そして父であるザンバースの考えがわからない。
「ちょっと来てくれ。エレイム・アラガスという男から妙な情報が届いた」
リスボー・ケンメル元知事が基地から出て来て告げた。
「エレイム・アラガスから?」
レーアとナスカートは思わず顔を見合わせた。サラミスで戦い、捕虜として拘束したが、逃亡された暗殺団の男だからだ。
レーア達に電文を送信したアラガスは、ニヤリとした。
「反乱軍と帝国が潰し合ってくれると都合がいい」
彼はアジバム・ドッテルに嵌められたと思っているが、まだドッテルを利用する事はできると考え、彼を消すのを思い留まった。部下の中には、いきり立つ者もいたのだが、アラガスはそれを押さえ込んだ。
「俺達は少数精鋭で行く。だからこそ、無駄な戦い、大規模な戦いは避けねばならぬのだ」
彼は部下達にそう言って説いた。
「そして何よりも、状況次第ではどちらにつく事も可能な立場にいる事が必要なのだ。ザンバースのやり方は気に食わないが、反乱軍が殲滅されるようなら、そちらにつくのは愚か者のする事だからな」
ようするに、日和見主義をするつもりなのだ。
「さらにうまくすれば、帝国と反乱軍が共倒れしてくれるかも知れん。それが一番望ましい形だがな」
アラガスの狡猾さに、部下達は身震いした。
アラガスからの情報は、基地のパソコンにメールで送られて来ていた。
「帝国は放射性物質の探索をしている。火星に軍事基地建設を計画している」
文章はそれだけだった。しかし、レーア達には衝撃的な内容だった。
「放射性物質の探索はともかく、火星基地建設はまずいな」
ケンメルが言う。ケイラスもナスカートも頷く。
「エスタルト伯父様が仰っていた事が現実に……」
レーアは亡きエスタルト・ダスガーバンの手紙の内容を思い出していた。
「もし、このまま彼を放任していれば、私は必ず彼に殺されよう。しかしそれは良い。前者が後者に倒されるのが、ダスガーバン家の歴史。より重大なのは、ザンバースが地球帝国復活を目論んでいるという事だ。彼は火星に目をつけている。火星に移住する事が可能になれば、彼は全面核戦争も辞さないだろう。そうなってからでは遅いのだ。彼の野望を何としても打ち砕いて欲しい。そして、私が望んで止まない、真の地球連邦を建設して欲しい」
全面核戦争……。そんな恐ろしい事を本当にパパは考えているの? レーアは寒気がし、震えた。
「火星基地建設は何としても阻止する。そのためにグランドキャニオン基地を奪還するんだ」
ナスカートが誰にともなく言った。
「そうですね。グランドキャニオン基地には、ムーンシャトル発射台があります。あれを手に入れられれば、宇宙へ行けます」
ケイラスが同意した。
「しかし、帝国はすでにシャトルを打ち上げています。それでは間に合いませんよ」
タイタスが憤然として口を挟んだ。そこにいた一同はハッとした。するとカメリスが、
「大丈夫です。ケスミー財団の地下格納庫に、ムーンシャトルと発射台があります」
と言った。レーア達は一斉にカメリスを見た。
「ミタルアム社長は、エスタルト総裁の遺言を見てからすぐに、宇宙へ行く準備を進めていたのです」
カメリスは微笑んでレーアに説明した。レーアも微笑み返して、
「おじ様らしいわ。抜かりないわね」
「はい」
カメリスは嬉しそうに頷いた。
「ここから数十キロの所にその格納庫はあります。すぐに向かいましょう」
カメリスが先頭に立って歩き出す。レーアとナスカートが頷き合って歩くのを見て、タイタスはまた不機嫌な顔になった。
「そんな顔したって、レーアはお前の事を呆れるだけだぞ、タイタス」
イスターはタイタスにそう囁き、歩き出した。タイタスはギクッとしたが、
「余計なお世話だよ」
と言い返し、イスターを追う。
ザンバースは大帝室で帝国情報部長官のミッテルム・ラードと会っていた。
「エレイム・アラガス、か」
ミッテルムは、アラガスがパルチザンに情報を送信したのを傍受し、ザンバースに報告したのだ。
「はい。何故アラガスがそのような情報を入手しているのか不思議ですが」
ミッテルムは恐る恐る言った。するとザンバースはニヤリとし、
「意図的に掴ませたのだな、それは」
「は?」
ミッテルムはポカンとしてしまった。ザンバースはミッテルムを見上げて、
「アラガスは、仮にも暗殺団の精鋭部隊にいた。そして、明け方の襲撃を待ち伏せされても逃げおおせたほどの男だ。そのようなミスをすると思うか?」
「では、わざと我々に傍受させたと?」
ミッテルムの顔が引きつる。屈辱なのだ。
「いずれにしても、火星基地建設と放射性物質の探索の情報は、急進派に知られたという事だ。そちらを何とかしろ、ミッテルム」
ザンバースはミッテルムの報告書を突き返した。
「は!」
ミッテルムはそれを脇に挟み、慌てて敬礼すると、退室した。
「どう思う、マリリア?」
ザンバースは脇に控えているマリリアを見やる。今までのマリリアなら、ごく冷静に自分の意見を述べたろうが、今日の彼女にはそんな余裕はない。
(何? 何を知ろうとしているの?)
マリリアの背を冷たい汗が伝う。
「アラガスは、帝国と反乱軍が潰し合うのを望んでいるのではないでしょうか?」
それだけ言うので精一杯だった。
「そうかも知れんな。ドッテルの差し金かどうか、知りたいものだな」
大帝は何でもご存知。マリリアは、ザンバースを追い落とそうとしている一団から降りようと思い始めていた。
「あ」
マリリアが思索に耽っているのを知ってか知らずか、ザンバースが彼女を抱き寄せる。
「どうした、マリリア?」
ザンバースは心の奥底まで見抜きそうな鋭い目で見ている。マリリアにはそう思えた。
「いえ、別に」
二人はソファに倒れ込み、唇を貪り合った。