第四十六章 その一 二重の陽動作戦
深夜、ゲリラ部隊はホバーカーに乗り込み、帝国軍が進軍している方角へと出発した。まだ凍てつくような寒さである。
「何としてもこの作戦を成功させるぞ」
運転席のナスカートが言った。助手席のレーア、後部座席のタイタス、イスター、ケイラス、カメリスは、それぞれの思いを胸に秘めて頷く。レーアはナスカートに言われたので、つなぎの作業服に着替えて、皆と同じく防寒服を着ている。
「命を落とした皆のためにも、何が何でもやり遂げないとね」
レーアが前を向いたままで言う。そのレーアを後ろからジッと見ているタイタス。彼はレーアの事が気になって仕方がない。
(できれば、この作戦に参加して欲しくなかった。危険過ぎるから)
そう思いながらも、彼女と一緒に行動できる事を嬉しく思っている自分に呆れるタイタスであった。
(何を考えてるんだろう、俺)
そんな事を思っていたせいか、タイタスの顔は深刻に見えたようだ。
「大丈夫か、タイタス?」
長年、彼と一緒に遊んだり、勉強したりしているイスターが、タイタスの異変に気づいた。
「大丈夫だよ、イスター。心配ない」
そう言って微笑んでみせるが、それがぎこちないのが自分にもわかる。
「怖いのなら、降りてもらうぞ」
ナスカートが真剣そのものの顔を前に向けたままで言った。タイタスはムッとして、
「怖くなんかないよ。余計な心配しないでくれ」
タイタスは、勝手にライバル視しているナスカートに何か言われるのが一番癪に障るのだ。
「そうか。ならいいが」
ナスカートのその言い方が気に食わなかったが、レーアがいるので我慢した。
(後で絶対決着つけてやるぞ)
タイタスは、帝国軍以上に、ナスカートの事を敵視している。ナスカートがレーアに気があるのがわかるからなのだ。
「揉めないでよ、ナスカート。タイタスだって、一生懸命なんだから」
そして、レーアのその言葉が、天にも昇る心持ちにしてくれた。
「わかったよ」
肩を竦めてレーアにウィンクしてみせるナスカートを見て、また闘志が沸く。
その間中、カメリスだけが沈黙を保っていた。
地球帝国の首府アイデアルの大帝府。明かりが点いている部屋はほとんどない。しかし、最上階にある大帝室には、まだ明かりが灯っている。
その最上階を目指し、ビルの壁をよじ登る黒い影が五つ。元帝国暗殺団所属のエレイム・アラガスが率いる「ザンバース暗殺部隊」である。アラガスは、自分の支援者であるアジバム・ドッテルには、
「ほんの挨拶代わり」
と告げていたが、本当は違う。本気でザンバースを仕留めるつもりなのだ。
彼等は、特殊なゴムで造られた吸盤付きの手袋と靴を装備し、最上階を目指している。ビル内は監視カメラの巣のようで、とてもくぐり抜ける事ができないため、アラガスが考えた作戦なのだ。一見、無謀に見える作戦だが、彼等は確実に大帝室に接近していた。
「行くぞ」
アラガスの命令で、部隊は一斉に大帝室の窓ガラスを割る。防弾ガラスをも砕く特殊なハンマーを使用し、あっさりと室内に侵入した五人は、標的のザンバースを探した。
「何!?」
アラガスは仰天した。ザンバースがいないのだ。それどころか、そこには軍の特殊部隊が待ち構えていた。
(情報が漏れた?)
アラガスは咄嗟にそう思った。
(やはり、マリリア・モダラーか?)
アラガス達は、特殊部隊の攻撃を退けながら、大帝室を脱出し、非常口から逃走した。特殊部隊はそれを追撃し、三人のアラガス隊が射殺された。特殊部隊も最初の戦闘で半数をナイフで刺殺されているので、その戦いは痛み分けだった。
「くそ!」
アラガスと二人の部下は、必死で逃げた。軍はヘリや装甲車まで潜ませておいたようで、アラガス達は地下に逃げ込み、大帝府から逃走した。
「隊長!」
逃げおおせて一息吐いた時、部下の一人が叫ぶ。
「言うな! 今は脱出が先決だ」
アラガスは悔しさではらわたが煮えくり返る思いだったが、今はそんな事に囚われている場合ではなかった。
(情報が漏れているのならば、この程度で逃げ切れるはずがない)
アラガスの読み通り、軍は彼等の行く手を再び阻んだ。アラガスは何とかそれをかい潜り、アイデアルから出た。
(誰だ? 本当にマリリアなのか? それとも……)
アラガスの疑惑は、支援者のドッテルにも向けられた。
(あの男、表ではザンバースへの支援を約束している)
疑う余地があり過ぎるのだ。
その疑われている当人のドッテルは、アラガスが仕掛けてしくじった事を知らされた。
「こんな時間に私を煩わせる事をしおって……」
ドッテルは苦々しそうに呟いた。
「これで、アラガスの後ろに誰がいるのか、わかりそうだな」
ドッテルはニヤリとした。
狙われたザンバースは、マリリアと共に地下の会議室にいた。
「やはり現れたか」
ザンバースは議長席に腰を下ろして言った。
「はい。情報通りでしたね」
ザンバースの横に立ち、マリリアが言う。
「ダットスが殺されたと聞いた時、必ず仕掛けて来ると思っていたよ。愚かな連中だ」
ザンバースはニヤリとして言った。
「ドッテルはどういうつもりなのでしょう?」
マリリアは隣の椅子に座ってザンバースを見、手を握る。
「さあな。あの男は、ナハルのジイさんと違って、腹を探らせない。もう少し様子を見るべきだろう」
ザンバースはマリリアを引き寄せて言った。情報の漏洩源はドッテルだったのだ。
「奴は私の信用を勝ち取るために情報を漏らしたのだろうが、只それだけとは思えない。リスクが大きいからな」
「とおっしゃいますと?」
マリリアは本当にザンバースの言葉の意味がわからなかったので、尋ねた。
「アラガスがここまでの行動に出たのは、帝国内部に仲間がいるからだろう。奴はそれを知りたかったのではないかな?」
ザンバースの笑みに、マリリアはゾッとした。
(まさか……)
まさか、自分達の事に気づいているのか? マリリアは身体が震えそうになるのを必死に抑えた。
レーア達は、しばらくの進軍で、帝国軍に遭遇した。敵はレーア達に気づいている様子がない。ナスカートの指揮で、レーア達はゲリラ作戦を展開した。四方から攻撃を仕掛け、すぐに退く。その繰り返しで、帝国軍は混乱する手筈だった。ところが、混乱すると思われた帝国軍は、突然進路を変更し、撤退し始めた。
「何だ?」
ナスカートは、そのあまりにも早過ぎる敵の撤退に唖然としてしまった。
「何かの罠か?」
別働隊がいて、前線基地に向かっているのではないかと思い、基地のリスボー・ケンメルに連絡を取ったが、何も異変はないとの返答だった。
「財団の監視衛星も、何も捉えていません」
コンピュータを操作していたカメリスが報告した。
「どういう事なのかしら?」
レーアが首を傾げる。
「とにかく、深追いは危険だ。様子を見よう」
ナスカートの言葉に、タイタスも頷かざるを得なかった。
(気味が悪いな)
タイタスは、白々と明け始めた東の空を見上げて思った。
会議室に補佐官のタイト・ライカスが現れた。マリリアはすでに退室している。
「西部の陽動作戦は成功しているようです」
「そうか」
ザンバースは、さっきまでマリリアの唇を貪っていたのをまるで感じさせない冷静さで応じた。
「それでいい。連中をグランドキャニオン基地付近に釘付けにしておけ」
「は!」
ライカスは敬礼して退室した。
「さて、どうでる、ドッテル?」
ザンバースは愉快そうに呟いた。