第四十五章 その二 ザンバースの思惑
二十二世紀初頭の西暦二千百二年、人類史上最悪の戦争が勃発した。その当時、地球の主だった軍事大国は核軍縮の国際条約を締結し、核兵器は削減され、数十年後には全て廃棄されるはずだった。しかし、その中の一国が条約を破棄し、世界に対して核兵器による攻撃を開始したのだ。
北アメリカ大陸には、もはやアメリカ合衆国はなく、南北に分かれたアメリカ共和国とアメリカ連邦になっていた。二国は核兵器を所有していたが、暴走した軍事大国に対抗するだけの力はなかった。北米大陸は核に蹂躙され、主要都市の多くが壊滅した。
ユーラシア大陸も例外ではなかった。かつてロシア連邦と呼ばれていた大国も民族紛争の末に分裂し、勢いを失っていた。そこにも、容赦なく核の洗礼が降り注いだ。
後の歴史家が言う、「世界戦争」である。第三次世界大戦という表現では収まらない程の規模と残虐さだった。
もちろん、人類は死滅はしなかった。地球は長く核の冬を体験する事になるが、二十一世紀後半に進められた月移住計画により、人類はその何割かが月に移り住み、難を逃れていた。そしてまた、某国の危険性を察知していた多くの国は、核シェルターを造り、備えてもいたのだ。
因果応報である。その暴走した軍事大国は自らの核兵器の暴発により、滅んだ。辛うじて残った国連軍が某国を制圧し、世界戦争は終結した。勝者も敗者もない戦争。生き残った人々は、核兵器の恐ろしさを知り、時代は核廃絶へと大きく動く事になる。
しかし、西暦二千四百年、国連軍を掌握し、地球帝国を建国したアーマン・ダスガーバンが最初に考えた事は、「核兵器の製造」であった。彼は、歴史書で核の存在と威力を知り、帝国軍に所有させれば、如何なる反乱も制圧できると考えたのだ。
ところが、その当時には、核兵器の製造方法は伝わっておらず、激高したアーマンは恐怖政治に走り出す。実際に核兵器の製造方法が解明したのは、彼の息子であるアーベルが皇帝に就任した後だった。
アーベルは、核兵器の技術が流出するのを恐れ、開発した技術者達を銃殺させた。こうして再び、核兵器の開発方法は振り出しに戻った。更に悪い事に、アーベルは核兵器の処理方法までも闇に葬ってしまったのだ。反乱勢力が、核兵器を無効にする手段を手に入れる事を恐れてであった。
ザンバースは、ミタルアム・ケスミーが核弾頭と共に死亡した事を知ると、すぐに動いた。大帝府の地下にある作戦会議室で、核兵器開発計画と火星基地建設計画を発表したのである。
「ケスミー財団には、何度も煮え湯を呑まされて来た。今回の一件も、ケスミー財団が核兵器を保有している可能性を示唆している。油断はならない」
ザンバースは幹部を見渡しながら言う。幹部達は皆、緊張した面持ちだ。
「反乱軍が核兵器を使用する可能性は極めて低いが、追い込まれれば使うかも知れぬ。そうなる前に、我々は火星を抑えねばならない」
ザンバースは帝国科学局局長のエッケリート・ラルカスを見て、
「現在の帝国の技術で、核兵器開発は可能か?」
「いえ、無理です。旧帝国の技術資料が全く残っておりませんので、開発は一からになりましょう」
エッケリートはその長い前髪を掻き揚げながら答える。
「それはよいとしましても、核弾頭を製造するのは、原料の放射性物質が必要です。その入手が極めて困難と思われます」
ザンバースはそれに頷き、
「それは承知している。だからこその情報戦なのだ」
「情報戦、ですか?」
帝国情報部長官のミッテルム・ラードが言った。ザンバースは彼を見て、
「そうだ。帝国が核兵器製造に着手したらしいという情報を流せ。反乱軍に動揺を誘い、なおかつ、我々の真の目的を知られないようにするのだ」
「火星基地建設が真の目的という事ですか?」
帝国人民課担当のマルサス・アドムが尋ねた。彼はザンバースの後ろに立っているマリリア・モダラーをチラリと見た。マリリアは無反応だ。
「そうだ。火星基地を極秘裏に完成させ、その後の展開に備える」
ザンバースの言葉に、一同が戦慄する。火星に基地を建設し、地球で全面核戦争を起こす。そこにいる誰もが、ザンバースの計画をそう思っている。
「火星に向かうのが反乱軍に知られるのは避けねばならん。シャトルは月に向かう軌道を取り、月に着陸の後、火星に向かう経路を取る事になる」
マリリアは、ザンバースの後ろで彼の言葉を聞きながら、震えていた。
(これは粛清の序曲。ザンバースが本当に目論んでいるのは、火星基地建設ではない)
マリリアは真の恋人であるマルサスを見た。マルサスもマリリアが怯えているのに気づき、微かに頷いた。
レーア達は、ミタルアム死亡を知ったが、現場に行く事はできなかった。帝国軍司令長官臨時代理であるタイト・ライカスの命令で、陸空の部隊が大展開し、前線基地に向かっているとの情報を入手したのだ。
「おじ様……」
レーアは心の中でミタルアムに詫び、基地の展開を急いだ。
ザラリンド・カメリスは、財団の大型輸送機の中にいた。
(社長の搭乗されていた戦闘機の爆発状況から推測して、社長が積み込んだ核弾頭は一基のみのはず)
彼はミタルアムが残した核弾頭を探していたのだ。
ミタルアムが持ち出した核弾頭があった格納庫には、どこを探してもそれらしいものはなかった。
「そんなはずは……」
カメリスは必死になって格納庫を探し回った。
「何を探しているんですか、カメリスさん?」
ナスカートが不意に現れて声をかけた。カメリスはビクッとしたが、
「あ、いえ、何でもありません。何か役に立つものはないかと思って……」
と嘘を吐いた。するとナスカートは微笑んで、
「とびっきり役に立ちそうだったものなら、基地の研究室に持って行きましたよ」
「え?」
カメリスは驚いてナスカートを見た。
「カメリスさん、核弾頭を探していたんでしょ?」
「……」
カメリスは何も答えない。ナスカートは真顔になり、
「カメリスさん、一時的な感情で動いたら、この戦争、負けますよ」
カメリスはグッと堪えようとしたが、
「君に何がわかるんだ!? 社長は、社長は……」
と泣き出した。ナスカートは、
「俺だって、ディバートに死なれました。リームにも死なれました。イサグにも死なれました。その上、クラリアが死んでしまうところを見てしまいました」
ナスカートの言葉は穏やかだったが、カメリスの胸に突き刺さるに十分な鋭さがあった。
「誰かが死んだからって、その仇討ちで戦っていたらダメなんですよ。だから、俺はミタルアムさんの事を悲しまない事にしました」
カメリスは、それでもミタルアムを蔑むようなナスカートの言葉に怒りを感じたのか、
「そんな綺麗事、言わないでくれ。社長のお気持ちを考えれば、そんな事は言えないはずだ!」
と怒鳴り返した。ナスカートは無言でカメリスに近づき、彼を殴り飛ばした。
「だから、それがダメだって言ってるんだよ! 俺達は喧嘩をしてるんじゃないんだよ。戦争をしているんだ。感情で動いたら、自分の命ばかりでなく、仲間の命まで危険に晒すって事がわからないのか、いい大人の癖に!」
ナスカートは呆然として彼を見上げるカメリスに、目を潤ませて怒鳴った。
「すまない、ナスカート君……」
カメリスはそのまま泣き崩れた。