第四十五章 その一 財界の雄堕ちる
夕闇の中を音速に近いスピードで飛行するMCM-209。搭乗者はミタルアム・ケスミー。地球連邦を陰で支えて来た財界の雄である。彼は、一人娘のクラリアを帝国軍との戦いで喪い、生きる希望を見失っていた。
「ミタルアムおじ様、戻って下さい!」
通信機から、レーアの叫び声が聞こえる。彼女は娘の親友。誰よりも仲が良かった。
「……」
ミタルアムは通信機に手をかけたが、何も言わなかった。いや、言えなかった。
(私は弱い人間だ)
ザンバース・ダスガーバンが事を起こそうとしていた時、何があってもエスタルトの作った地球連邦を守ろうと考え、財団を名目上倒産させてまで戦う決意を示した。しかし、今はどうだ? 娘が死んでしまって、自分には何が残っているのだ? ミタルアムは、通信機から聞こえるレーアやナスカートの声を聞くのが辛くなり、スイッチを切った。
(すまん、レーア君、ナスカート君)
ミタルアムはレーダーを見て、針路をコンピュータに入力する。
「帝国軍は、私がこの命と引き換えに殲滅する」
彼は戦闘機のトランクに搭載した小型の核弾頭諸共、帝国軍本部に突っ込むつもりなのだ。
レーアとナスカートは大型輸送機に乗り込み、追いつけるはずがないのはわかっていたが、ミタルアムを追った。
「おじ様……」
通信か切れたのを知り、レーアはミタルアムが死ぬ気なのを悟っていた。
(そんな事しても、クラリアは喜ばないわ、おじ様)
そうは思っても、それをミタルアムには言えない。娘を喪った父親と、親友を喪った自分とでは、その悲しみは比較にならないからだ。
「聞こえるか、各基地の皆。我々の最大の支援者であるミタルアム・ケスミーさんが、核弾頭を搭載した戦闘機で敵に向かっている。只、どこに向かったのかは不明だ。発見次第、連絡をくれ」
ナスカートは通信機に呼びかけた。
前線基地は、ミタルアムの行動に騒然となっていた。
「これからも私達を支えてくれる存在でいて欲しかったのだが……」
ようやく希望が見え始めた北アメリカ戦線だったので、元知事のリスボー・ケンメルの落胆は大きかった。クラリアのクラスメートだったステファミーとアーミーは泣いたままである。
「クラリアが可哀想だよ……」
ステファミーが呟いた。
「うん……」
しゃくりあげながら、アーミーが頷く。
同じくクラスメートだったタイタスとイスターは言葉がない。皆、思いは一緒だ。ミタルアムがやろうとしている事は、誰も望んでいない事。クラリアも、そんな事をして欲しいとは言わないだろう。
「私が止めに行きます」
ザラリンド・カメリスが叫んだ。彼は目を真っ赤にしていた。そこにいる誰よりも、ミタルアムの行動を憂えているし、責任を感じているのだ。
「止めるってどうやってだね? ケスミー氏は、音速の戦闘機に乗っているのだよ?」
ケンメルは、カメリスの言葉を非難するつもりはない。
「それは……」
カメリスは何も言えなくなってしまった。
「君の責任ではない。そんな風に考えるな。ケスミー氏は、子供ではないのだ。行動の責任は、全て自分にある事は承知している」
「ですが……」
カメリスは目に涙を溜め、ケンメルを見る。ケンメルはカメリスの肩に手をかけ、
「今、北米中のパルチザンが動いてくれている。信じよう、彼等を。そして、ケスミー氏を」
「はい……」
ケンメルの言葉に一度は引き下がったカメリスだが、それでも彼はじっとしている事ができなかった。
ナスカートとレーアは、輸送機の燃料が残り少ないのを知り、前線基地に着陸する事にした。
「後は仲間に任せるしかない」
ナスカートも、自分がもっとミタルアムの気持ちを察する事ができれば、と後悔していた。
「ナスカート、あまり思い詰めないで」
レーアもそれを痛い程感じていたので、優しく彼を抱きしめた。
「レーア、抱きつくのは着陸後ね。今は危ないから」
「あ、ごめん」
レーアは赤面して隣の席に座った。
「着陸したら、いくらでも抱きついてくれていいよ」
ナスカートの久しぶりの軽口に、レーアは微笑んだ。
「スケベ」
「ハハハ」
大型輸送機はゆっくりと高度を下げ、前線基地の脇にある滑走路に着陸した。
その頃、ミケラコス財団の支配者となったアジバム・ドッテルと協力体制をとった帝国暗殺団の残存部隊を率いているエレイム・アラガスは、装甲車でアイデアルを目指していた。
「このままではアイデアルには近づけない。策を考えないとな」
そう思っていた彼のところに、パルチザン達の通信を傍受したと通信兵から報告があった。
「内容は?」
アラガスは通信兵を見て尋ねる。通信兵は畏まって、
「は、ミタルアム・ケスミーの搭乗する戦闘機が、小型の核弾頭を搭載したまま、飛行しているとの事です」
「小型の核弾頭、だと?」
アラガスは眉をひそめた。
(旧帝国の時代、核開発が進められていたと聞いた事がある。その時の残りか? それとも連中が開発したのか?)
「いずれにしても、面白い情報が手に入ったな」
アラガスはニヤリとした。そして彼はその情報をドッテルに伝えた。
帝国首府アイデアルのミケラコス財団ビルは騒然としていた。アラガスから報告を受けたドッテルが、幹部達を召集して、情報の収集に当たらせたのだ。
(ミタルアム・ケスミーめ、核を開発していたのか?)
彼はケスミー財団の底知れぬ力をよく知っていたので、旧帝国の開発させたものとは考えなかった。
(だが、何故ケスミー自らが戦闘機に搭乗しているのだ?)
事情を知らないドッテルには、それが疑問だった。
アイデアルの大帝府では、その情報はごく限られた者しか入手していなかった。帝国情報部長官のミッテルム・ラードが、統制をしいたからだ。ケスミー財団が核を持っていたと言う情報は、さすがのザンバースにも衝撃だった。
「詳細はまだわからんのか?」
ザンバースは大帝室のテレビ電話に映るミッテルムに尋ねた。
「はい。反乱軍共の不用意な通信を傍受したものですので、フェイクの可能性もあります」
「早急に真相を究明しろ」
ザンバースはそれだけ言うと、受話器を置いた。そして、補佐官のタイト・ライカスにつないだ。
「はい、何でしょうか?」
ライカスは顔色が悪かった。彼もすでに核の情報は聞いている。
「アイデアルが核で焼かれる前に始末をつけろ」
「は!」
ザンバースは後ろに立っているマリリアを見上げた。
「お疲れのようですわね、補佐官は」
マリリアはニヤリとして言った。ザンバースは立ち上がり、
「これくらいで疲れてもらっては困るがな」
「そうですわね」
二人は唇を押しつけ合い、ソファに倒れ込んだ。
その頃、ミタルアムの乗る戦闘機は、帝国のある基地に近づいていた。
「敵襲だと?」
その基地の司令官は泡を食っていた。
「反乱軍は、西に集結してたんじゃないのかよ?」
司令官は誰にともなく毒づいた。だから誰も答えない。
「対空防御だ。迎撃機、発進準備をさせろ」
「は!」
その基地は型通りに戦闘態勢を整えて行った。彼等には、「核弾頭を搭載した敵戦闘機」の情報は入っていないのだ。
「む?」
ミタルアムも、帝国軍の基地上空に近づいている事を知った。
「この程度の中継基地を破壊しても仕方がないな」
彼は戦闘を回避するため、上昇した。
その行動を知った司令官は激怒した。
「巫山戯おって! ここをバカにしているのか!? 何としても叩き落とせ! このままでは、我が基地の恥だ」
司令官は怒鳴り散らした。そのせいで、たった一機の戦闘機を仕留めるために五機の迎撃機が出撃した。更に撃墜率を上げるため、地対空ミサイルも準備された。
「行かせてくれ。お前達を相手にしている場合ではないのだ」
ミタルアムは迎撃機の追跡をキャッチし、そう呟いた。
「くそ!」
ミタルアムは仕掛けて来た迎撃機をかわし、更に上へと逃げる。
「もう追って来ないでくれ」
その願いが通じたのか、迎撃機は離れて行く。
「良かった、諦めてくれたか」
ミタルアムがホッとした時だった。MCM-209を地対空ミサイルが襲った。
「何!?」
ミサイルは、まさに核弾頭が入っているトランクを撃ち抜いた。
「バカな!」
ミタルアムの最後の思考がそれだった。MCM-209は、大爆発を起こし、その衝撃波は下にいた迎撃機を揺らし、基地の窓ガラスを何枚も割った。
「何だ、一体?」
司令官は敵機撃墜の報告を受けていたが、それほどの爆発が起こるとは思っていなかったのだ。
「何だ、あれは?」
司令官は上空にできた巨大な爆雲を見て驚愕した。
ミタルアムの戦闘機が撃墜された情報は、すぐさまレーア達にも伝わった。
「おじ様……」
レーアは司令室の床にしゃがみ込んでしまった。ナスカートは呆然としている。アーミーやタイタス達も唖然としていた。
「ケスミー……」
ケンメルは旧友の死を知り、涙した。カメリスは膝を崩し、号泣していた。
「社長……」
そしてその情報はアラガスを通じてドッテルにも入っていた。
「そうか。ケスミーが死んだか」
彼は嬉しそうに笑った。
「これでどちらが勝っても、戦後の財界の雄は、この私だ」
ドッテルはニヤリとして、手許にある額に目を向ける。それには、亡き妻ミローシャの笑顔の写真が入っていた。
ザンバースもミタルアムが死んだ事を知った。
「そうか。これで戦況は一変するな」
彼もまた、ニヤリとした。




