第四十四章 その二 二人の父親
かつて地球連邦の屋台骨と呼ばれ、エスタルト・ダスガーバンの最大の支援者と言われたケスミー財団のCEOであったミタルアム・ケスミーは、その面影もなく、憔悴し切った顔で、ホバーカーを走らせていた。すでに周りは夕闇に包まれており、ホバーカーのライトが照らしている所が浮かび上がるように見えている。
「クラリア……」
愛娘であるクラリアが、敵機の投下したナパーム弾で命を落とした。自分の命に代えても守りたいと思っていた存在が、全く思いがけない形でこの世を去ってしまったのを、彼は受け入れる事ができないでいた。
「約束が守れなかったよ……」
彼は亡き妻に詫びていた。クラリアだけは何があっても守ると言っていたのに、それが果たせなかった悲しみ、悔しさ、絶望感。これから、地球帝国との戦いは更に激しいものになって行くであろうと予想されるのに、ミタルアムはそれを鼓舞する立場を維持できそうになかった。
「クラリア、お前だけを逝かせはしない。私もすぐに逝くよ」
ミタルアムは、死を決意していた。
レーアは、蒼ざめた顔のザラリンド・カメリスが司令室に入って来たのに気づき、ギョッとした。
「どうしたんですか、カメリスさん?」
レーアもミタルアムが気の毒な程弱っているのを気にかけていた。彼女自身、幼い頃から仲良くして来たクラリアを喪い、身も裂かれる程の悲しみを感じていたが、それでもミタルアムには及ばないと思っていたのだ。
「社長が、サラミスに行ったようです」
カメリスの言葉は、レーア達には謎である。カメリスはそれに気づいたのか、
「すみません、言葉が足りませんでした。サラミスには、財団の大型輸送機があります」
「ええ。それが?」
レーアは尚も怪訝そうな顔でカメリスを見つめる。カメリスはレーア達を見渡して、
「あの輸送機には、核が搭載されています」
「えっ?」
「核」と言う言葉に、レーア達は一斉に反応した。彼女達の時代、核は遠い過去のものなのだ。武器としても、エネルギー源としても、核の使用は数百年前に放棄されていた。レーア達は、歴史の中で核の存在を学び、そのあまりにもおぞましい威力を知り、戦慄した。実際に核の威力を目の当たりにした事がある者は、二十六世紀には存在しないのである。
「どうして核があるんです? あれは数百年以上前に全て解体され、放棄されたはずでは?」
サラミス基地のリーダーであるケイラス・エモルがムッとして尋ねる。カメリスはケイラスを見て、
「そうです。しかし、アーマン・ダスガーバンが興した地球帝国が、極秘で開発を進めていたのです」
「ええっ?」
レーア達は驚いて互いに顔を見合わせる。ステファミーとアーミーは抱き合って震えていた。タイタスとイスターは、レーアの複雑な感情を抱えた顔を見て、黙ったままだ。
「地球帝国崩壊と同時に、エスタルト総裁が、核兵器全ての処理を我が財団に依頼して来ました」
カメリスの説明に、ケイラスが、
「処理を依頼されたのに、それを処理せずに保有していたのですか、ケスミー財団は?」
と詰め寄った。カメリスはケイラスを見て、
「いえ、決してそうではありません。財団は処理を進めていました。しかし、核開発の技術は辛うじて帝国の科学者達が知っていましたが、核の処理の技術は伝わっていなかったのです。過去の人類は、それすらもよしとしなかったため、処理技術は全く不明のままでした」
ケイラスはやり切れない感情を抱え、カメリスから顔を背ける。
「核開発ができて、処理ができないなんて……」
レーアが悲しそうに呟く。タイタスはそんなレーアの顔を見て、何も声をかけられない自分を情けなく思っていた。
「核兵器の大半は、宇宙に持ち出され、何重もの装甲で守られた箱に収められ、太陽に向けて廃棄されました。しかし、廃棄し切れなかった幾つかの核兵器は、地球に残ってしまったのです」
カメリスは苦しそうに説明を続ける。
「どうして残ってしまったんですか?」
ずっと黙っていたナスカートが尋ねた。カメリスはナスカートを見て、
「悪魔の孤島の存在です」
レーアはビクッとした。あの絶海の孤島での出来事が、胸を締め付ける。エスタルトの苦しみが凝縮されたような島。
「あの島の存在が知られそうになり、財団は止むなく計画を中止し、地下深くに核を保管する事にしました」
カメリスの話は、あまりにも凄絶だった。ナスカートは更に尋ねた。
「何故、核兵器は悪魔の孤島に保管しなかったんですか?」
「ザンバースが悪魔の孤島を知っていたからです」
カメリスの言葉にレーアはハッとして彼を見た。カメリスはチラッとレーアを見てから、
「核兵器の存在は、ザンバースに知られてはならない。社長はエスタルト総裁から言われ、核兵器を切り離して処分する事にしたのです」
レーアはそれを聞き、ショックを受けていた。
(パパは核を使おうとしていたの?)
カメリスは更に続ける。
「エスタルト総裁は、ザンバースに核兵器の存在を知られると、地球連邦を潰されてしまうと考えていたようです。それ程に、核とは悪魔の兵器なのです」
レーア達は唖然とした。
「しかし、今にして思えば、それは不可能に等しかった。ザンバースに核の存在を知られないで、核を処理する事など、できない事だったのです」
カメリスは自嘲気味に言った。そこへリスボー・ケンメル元知事が入って来た。
「何があったのかね?」
元知事は北米大陸東岸のパルチザン達に撤退命令を出すため、自分専用の特別機で通信していたのだ。一般回線では、帝国に盗聴される恐れがあるからである。
「実は……」
カメリスはケンメルに事情を説明した。ケンメルはしばらく考え込んでいたが、
「いずれにしても、ケスミー君を止めなければならない。まだ彼が、核兵器を使うためにサラミスに向かったと決まった訳ではないが、今までの状況を考える限り、その可能性が一番高いからね」
レーアは、ナスカートと共にミタルアムを追いかける事になったが、時間的に考えて、ミタルアムを止めるのは難しいと思われた。
「社長がここを出たのが、今から一時間程前です。今から追いかけても、追いつくのはサラミス基地です」
カメリスが言う。しかしケンメルは、
「ナスカート君の戦闘機がある。あれならホバーカーより早くサラミスに着けるだろう」
「そうですね」
こうして、ナスカートとレーアは、ミタルアムの先回りをするために、戦闘機でサラミス基地に向かう事になった。
夜も更けて来た地球帝国首府のアイデアルでは、ザンバースが大帝府地下の会議室で、帝国幹部を召集して作戦会議を開いていた。
「火星、ですか?」
ザンバースの唐突な提案に、何も知らされていなかった帝国科学局局長のエッケリート・ラルカスは驚愕していた。
「そうだ。月のエスタンを最初に抑えたのも、火星への足がかりとして、月を利用するためだ」
ザンバースはラルカスを見て目を細めた。
「しかし、何故火星を? 地球人類は、今や人口減少に歯止めがかからない程です。火星植民は、かつて増え過ぎた人口の対策として考えられた事のはずですが?」
帝国人民課担当のマルサス・アドムが尋ねる。彼はチラッと恋人であるマリリア・モダラーを見た。しかし、彼女は無反応。何も知らないという事なのだ。
「そんな事のために、私が火星を使うと思っているのか、アドム?」
ザンバースはフッと笑ってマルサスを見た。マルサスはギクッとした。
「そもそも、旧帝国時代に、私の祖父であるアーマン・ダスガーバンが、帝国存亡の危機の時、最終手段として核兵器による全面攻撃を考えたのが、火星進出計画の再考だった」
「核兵器による全面攻撃……」
幹部達は全員、息を呑んだ。ザンバースは一同を見渡し、
「そうだ。私もそれを想定している。反乱軍は、予想以上に抵抗している。最悪の場合、地球を焦土と化しても叩かねばならぬかも知れんのだ。その時、我々も同士討ちしてしまっては意味がない」
「では、火星に大帝府以下帝国の機能を造り、その上で……?」
補佐官のタイト・ライカスでさえ、そこまでは聞かされていない。彼も戦慄しながら尋ねた。
「そういう事だ」
ザンバースはニヤリとして答えた。幹部達は、ザンバースの覚悟を知り、身震いした。