第四十四章 その一 衝撃
クラリア・ケスミーは、ナスカート・ラシッドとの共同作戦で、二機の重爆撃機を落とした。しかし、二機目の墜落の際、投下されたナパーム弾が彼女の頭上を襲い、クラリアはホバーバキーと共に業火に呑み込まれ、跡形もなく燃え尽きてしまった。まだ十七歳。早過ぎる死であった。
レーア達は、泣きじゃくりながら、そして謝りながら話すナスカートを見て、只呆然としていた。ナスカートの様子を見る限り、話に嘘があるとは思えない。いくらナスカートでも、ディバートを喪ったばかりの今、そんな悪質な冗談を言うはずもない。
「……」
クラリアの父親であるミタルアムには、ナスカートが、
「クラリアが、ナパームの爆発に巻き込まれて……」
と言ったところまでしか、耳に入っていない。その後、顔をグシャグシャにして嗚咽でつまりながら話すナスカートは、大昔のサイレント映画のようで、何を言っているのか全くわからなかった。
重爆撃機を落とされたリタルエス・ダットスは、陸上部隊のみでの前線基地奪還は不可能と判断し、撤退して行った。もしダットスに、戦死したエラメド・ラムルスほどの戦略的才能があれば、前線基地はあっという間に陥落していたほど、レーア達は何もできない状態だった。レーア達は、ダットスの無能さに救われたのである。何とも皮肉な事だった。
そして更に、ダットス軍が撤退したお陰で、他の地域の部隊の集結が早まった。北アメリカ州元知事で、共和主義派のリスボー・ケンメルが率いているパルチザン隊がレーア達のいる前線基地に着いた。クラリア戦死に意気消沈しているレーア達をケンメルは激励した。
「今ここで悲しんでいる事が、命を散らせた人々にどれほどの追悼になるのか? 今は行動する時であって、立ち止まって涙している時ではない」
長身で、白髪の混じり始めた髪を後ろに撫で付け、詰め襟の紺の制服を着ているケンメルは、一番の激戦区である北米大陸東岸で戦いを続けているパルチザン隊の話をした。東岸の戦いでは、何百人ものパルチザンが命を落としているのだ。
「仲間を喪う気持ちは私にもよくわかる。しかし、その喪った命は、悲しんでもらうために散らせた訳ではない。皆が少しでも前に進むために散った命のはず」
ケンメルはもちろん、クラリアがミタルアムの娘で、レーアの親友である事も承知している。だからこそ、敢えて強い言葉で叱咤したのである。
「ケスミーさん、私は今まで幾度となく貴方に助けていただいたが、それでも今は貴方に言わせてもらう。お嬢さんの死を悲しみで埋め尽くさないで欲しいと」
ケンメルは、俯くミタルアムの肩を掴み、大きく揺さぶるようにして言った。
「わかっている。 わかっているが……」
ミタルアムの固く閉じた目から、涙が溢れてこぼれる。ケンメルはミタルアムの肩から手を放し、何も言わずに背を向けた。
「ではこれからは私がここの指揮を執る。グランドキャニオン基地を一刻も早く奪還し、ここ一帯を我々の一大拠点にするために」
ケンメルはレーア達を見渡しながら言った。ミタルアムはそのまま司令室を出て行った。それに気づいたザラリンド・カメリスが彼を追いかけた。
「すまんが、一人にしてくれないか」
カメリスが声をかけようとすると、ミタルアムは振り向かずにそう言った。
「わかりました」
カメリスは悲しそうな顔でミタルアムから離れた。
「クラリア……」
ミタルアムはボンヤリとした目を上げ、廊下を歩いて行った。
一方、またしても敗戦になったダットスは、装甲車の奥の部屋で震えていた。
(もうダメだ。このままアイデアルに戻っても、私には居場所がない。いや、それどころか……)
間違いなくザンバースに殺される。ダットスは自分が銃殺される光景を妄想し、それを追い出すように頭を振った。
(どうすればいいのだ?)
すでにどうしようもない事はわかっていたが、ダットスはまだ足掻こうとしていた。
すでに夕闇が支配して来ているアイデアルの一角にあるミケラコス財団のビル。その一室のアジバム・ドッテルの部屋。彼は、暗殺団の生き残りであるエレイム・アラガスにもう一度連絡を取り、自暴自棄な作戦を思い留まるように話した。
「私が頂点を目指すために力を貸してくれないか? 我々には、共通の敵がいる」
ドッテルがテレビ電話に話す。モニターには、アラガスが映っていた。
「共通の敵?」
「そうだ。ザンバース・ダスガーバン。奴さえ倒せば、地球は我々の支配下だ」
ドッテルの言葉に、アラガスはニヤリとした。
「そんな簡単な事なのか?」
「ああ、簡単だ。ザンバースも、簡単に手に入れたのだ、地球の支配権を。だから、我々はそれを簡単に奪うだけだ」
ドッテルもニヤリとした。
「わかった。どうすればいい?」
アラガスが尋ねる。ドッテルは身を乗り出してモニターに顔を近づけ、
「ザンバースが何を企んでいるのか、探り出して欲しい。君の仲間は、暗殺団だけではあるまい?」
ドッテルはカマを掛けた。アラガス単独で動くとは思えなかったからだ。
(こいつの後ろにいるのが誰なのかわからないと、どこまで使えるか判断できんからな)
しかし、さすがのドッテルも、ザンバースの秘書であるマリリア・モダラーが、マルサス・アドムを通じて、アラガスと繋がっているとは思っていなかった。
「わかった。しかし、その前に、ケリはつけさせて欲しい」
アラガスの言葉にドッテルはフッと笑い、
「いいだろう。いずれにしても、リタルエス・ダットスは邪魔だ。ザンバースの腰巾着のあの男は、消えてくれた方が後々支障がない」
「感謝する」
ドッテルは交信を終え、椅子に沈み、
「手持ちの駒は多い方がいい」
と呟いた。
そんなドッテルの動きを知って知らずか、ザンバースは補佐官のタイト・ライカスを大帝室に呼びつけていた。
「何でしょうか、大帝?」
ライカスは酷く緊張していた。彼も、ダットスがしくじり、こちらに向かっている事は知っている。恐らく後任に関する話だろうと踏んでいたが、それでもザンバースの腹を読み切れない彼は、何を言われるのかビクビクしていた。
「どうした、ライカス? 顔色が悪いぞ。具合でも悪いのか?」
ザンバースは愉快そうに尋ねる。ライカスはますます緊張し、
「いえ、そのような事は……」
ザンバースはライカスの反応を見てニヤリとし、
「ダットスがしくじったのは知っているな?」
「はい」
やはりその事かと、ライカスは少しだけ安堵する。するとザンバースは、
「一時的ではあるが、お前が帝国軍をとりし切り、大陸西部制圧作戦を決行しろ」
「はっ!」
ライカスは敬礼して答えた。
「だが、急がなくて良い。連中の目がそちらに集中するように部隊を展開させ、消耗戦にするのだ。勝つ必要はないから、そのつもりでな」
ザンバースの謎の言葉に、ライカスは口の中がカラカラになるほど汗を掻いた。
アラガスはドッテルとの交信を終えると、再びドードス・カッテムや仲間の仇であるダットスを追い始めた。
「奴がアイデアルに戻ってしまえば、確実に銃殺刑だ。そうなる前に始末するぞ」
アラガスは残存部隊の皆に言った。
「ダットスは何が何でも我らの手で殺す。それが首領達への何よりの供養だ」
アラガスは自分に言い聞かせるように呟いた。
カメリスは、ミタルアムの事が心配になり、司令室をまた抜け出して、彼がいそうな所を探した。しかし、ミタルアムの姿はどこにもなかった。カメリスは不安になり、基地のゲートにいるパルチザンに尋ねた。
「ケスミーさんなら、サラミスに行くと言って、先程ホバーカーで出て行かれましたよ」
「……」
その話を聞き、カメリスは慌てた。
(まさか……)
彼は司令室に走り出した。
(サラミスには、財団の大型輸送機がある。そして、あの中には……)
その恐ろしい想像を何度も停止しながら、カメリスはレーア達の所に急いだ。