第四十三章 その一 暗殺団残存部隊の暗躍
帝国軍司令長官エラメド・ラムルスの戦車部隊は、ディバート・アルターの捨て身の攻撃で全滅した。共和主義者とパルチザンの戦いは、結果的には勝利に終わったが、被害も甚大だった。ディバートの死は全てのメンバーに衝撃を与えた。ナスカートは爆発の収まった現場を見て回った。彼にはどうしてもディバートの死が受け入れられなかったのだ。
「ディバート……」
ナスカートは泣き通しだった。しかし、誰も彼を慰める事はできないし、ましてや咎める事などできなかった。
「ディバート……」
レーアも、ディバートの死が信じられない。伯父であるエスタルトの葬儀の時に出会った時から今までの彼との思い出が、頭の中を猛烈なスピードで駆け巡る。そんなレーアの放心状態を見て、ディバートとはそれ程付き合いは深くなかったタイタスやイスターも、悲しみに打ちひしがれていた。サラミス基地のリーダーで、ディバート達のお陰で救われたケイラス・エモルは、呆然としている。
「ううう……」
レーアの友人であるステファミー・ラードキンスとアーミー・キャロルドは、ディバートに特別な思いを寄せていたクラリア・ケスミーの事を思い、涙した。もちろん、ディバート自身の死も悼んでいたが。
激戦の傷跡はそればかりではない。監視塔や対空砲塔で戦っていたパルチザンの何人かが命を落としている。
(こんな悲しい事、もう本当に終わりにしたい……)
レーアは涙を拭いながら思った。
サラミス基地の医務室で、ミタルアムはベッドで眠っているクラリアを看ていた。
「クラリア……」
一人娘故、過剰な程の愛情を注ぎ込んでいる事を気にかけながらも、クラリアの恋を恐れ、いずれは自分から離れて行ってしまう事を考えるのを回避していた彼は、ディバートの戦死を知って気を失った娘の心の中を知った気がしていた。
(何と残酷なのだ……。クラリアは今まで、恋をした事がなかった。初めてそんな思いを抱いた男が、突然いなくなってしまうのは、どれ程辛い事か……)
ミタルアムは亡き妻との別れを思い起こしていた。
(妻は病気で命を落とした。だから私は彼女の命が燃え尽きるまでの間、自分の時間の全て注ぎ込む事ができた。しかし、クラリアにはそれさえもできなかった……)
ミタルアムは知らない。クラリアはディバートに告白を断られた事を。彼女は父親が思っている以上に辛かったのだ。
「クラリア?」
ミタルアムはクラリアが意識を回復したのに気づき、声をかけた。
「お父様……」
クラリアはミタルアムに気づくと同時に、何があったのかを思い出したのか、泣き出してしまった。
「クラリア……」
父は娘を抱きしめる事しかできなかった。かける言葉を思いつけなかったのだ。そして娘はその父の優しさに気づき、只その胸の中で泣き続けた。
前線基地の一同は、悲しみを乗り越えて、戦死者の弔いを始めた。監視塔や対空砲塔で死んだ者達の遺体は、ほとんど何も残っていなかったが、誰がどこにいたのかは把握されていたので、姓名を刻まれた簡易墓碑が、基地の片隅に建てられた。そしてそれに並んで、ディバートの残した私物が金属の箱に収められ、埋められた。
「ディバートォ……」
ナスカートが泣き崩れる。それを見てもらい泣きをする者がたくさんいる。しかしレーアは涙を堪えた。そして、
「ここで図らずも命を失った全ての戦友達に約束します。あなた達の死は決して無駄にはしません。そして、一刻も早く、この悲しい戦争を終結させる事を約束します」
と言い切り、敬礼した。それに倣い、他の者達も敬礼した。ナスカートもようやく泣くのを止め、敬礼した。
前線基地から遠く離れた草原に、黒いバンが一台停まっている。彼等はドードス・カッテムが率いていた暗殺団の残存部隊である。リタルエス・ダットスの殺戮から逃れた彼等は、ダットスへの復讐を誓い、集結していた。
「軍内部に潜伏している同志によると、ダットスがもう一度前線基地攻略とグランドキャニオン基地防衛のために出撃するらしい」
残存兵の一人が言った。
「その時がチャンスだな」
別の兵が呟く。
「ああ。そして、ラストチャンスだ」
一人めの残存兵が答えた。
「後はアラガス隊長が動けば、作戦は開始できる」
もう一人が言う。アラガス隊長とは、サラミス基地に監禁されている暗殺団の特殊部隊の隊長だった男だ。アラガスは、密かにサラミスを脱出しようとしているのだ。
ミタルアムは泣きつかれたクラリアが再び眠りについたのを確認すると、医務室を出た。
「大変です」
そこへザラリンド・カメリスが走って来た。
「どうした?」
「捕虜が脱獄しました」
ミタルアムは仰天して、
「脱獄? あの暗殺団の男か?」
「はい。食事を持って行った者が、電子ロックを破壊されて開いているドアを見たそうです」
カメリスの言葉にミタルアムは、
「電子ロックを壊した? そんな事がてぎる道具をそいつが持っていたと言うのか? 身体検査はしたのだろう?」
「もちろんです。しかし、相手が暗殺団だという事を忘れ、気を抜いてしまったのかも知れません」
カメリスは酷く恐縮している。ミタルアムは腕組みをして、
「とにかく、基地全体に警戒態勢を取らせるんだ。それから、前線基地にも連絡するように」
「はい」
カメリスは司令室に走って行く。
「何という事だ。こんな時に……。いや、こんな時だからこそ、脱獄したのか?」
その脱獄したエレイム・アラガスは、すでにサラミス基地を遠く離れ、仲間の待つ場所へと向かっている。彼は途中で調達したホバーカーを駆り、草原を急いでいた。
「スポンサーが見つかったんだから、ありがたいと思うべきか」
彼はニヤリとして呟いた。
地球帝国帝都となったアイデアルの一角にあるミケラコス財団のビルは、すでに総帥のナハルのものではなく、アジバム・ドッテルのものとなっていた。ドッテルは覇気を失ったナハルからその全ての権限を譲渡する事を承諾させ、動き出していた。
「そうか、アラガスから連絡が入ったか」
ドッテルは嬉しそうに笑い、テレビ電話を切った。
「まずは兵隊を集めないとな」
彼の野望は大きく膨らんでいた。
そして同じくアイデアルの一角にある高級ホテルの一室。
「ラムルスがこれほど簡単に戦死するとは思わなかったな」
ベットの上に、全裸のまま横たわったマルサス・アドム帝国人民課担当と、帝国大帝筆頭秘書のマリリア・モダラーの二人。彼等も作戦変更を余儀なくされていた。
「デーラを抱き込むか」
マルサスがマリリアの髪を弄りながら呟く。
「そうね。彼は使えるわ」
マリリアはマルサスの胸を撫でながら応じた。
ダットスは、以前とは全く違う心境で、軍を率いて、レーア達のいる前線基地を目指している。
(失敗は許されない。私にはもう後がないのだ)
帝国軍司令長官に再任すると言われた時は、思わず喜んでしまったが、最初に命じられたのが、前任者のラムルスの尻拭いだったので、戦慄した。
(私はすでに以前の立場ではないのだ……)
悔しさで頭に血が上りそうになるが、ダットスはそれを必死で抑えた。
(今は何よりも作戦を成功させる事だ。また成り上がれば良いのだ)
彼は自分の器の大きさに気づいていない哀れな男だった。
アラガスは、草原でかつての部下達と再会していた。
「隊長、ご無事で何よりです」
「おう、お前達もな」
彼等はしばしお互いの事を労い合った。
「首領の事は、あの方から聞いた。弔い合戦だ。何としても、ダットスの首を獲るぞ」
「はい」
アラガスは部下達の意気に喜びを感じていた。