第四十二章 その一 クラリアの告白
レーア達がグランドキャニオン基地攻略を話し合っている時、帝国軍でも動きがあった。
司令長官のリタルエス・ダットスが、火星開発の最高責任者である新設された太陽系探査開発省の長官に移動になったため、後任に北アメリカ州警備隊西部地方区支部隊長であったエラメド・ラムルスが就いた。ラムルスは前任者のダットスと違い、現場の叩き上げで、ダットスの事を快く思っていなかった。彼はまた、ダットスが暗殺団を殺戮した情報を入手しており、それを密かにマリリア・モダラーに流した。
「もし私が寝首を掻かれるような事があれば、それは紛れもなくダットスの差し金と考えてくれ」
ラムルスは暗殺団の首領だったドードス・カッテムとは旧知の仲で、カッテムからもダットスの悪い噂を聞いていたのだ。そんな中でカッテムが大帝に反逆したとの情報が流され、ダットスがカッテムを射殺したと聞かされれば、真相を推理するのは容易かった。ラムルスは、そんなダットスを処分しないザンバースにも腹が立ったが、ダットスが失脚したのを知り、ザンバースの底知れない恐ろしさを感じた。
(大帝は、全てを見通していらしたのか?)
「力のない者が、それ以上を望めば必ず滅びる」
以前、警備隊の支部長会議でザンバースが語った言葉である。まさにダットスはその「力のない者」だったのだ。
(私もまた、それ以上を望めば、ダットスと同じ事になるというのか)
ラムルスは身震いした。
ザンバースは大帝府の自室のソファで寛いでいた。向かいにはマリリアが座っている。
「ラムルスからこのようなものが届きました」
マリリアはラムルスが送って来たメールをプリントアウトしたものをザンバースに渡した。
「ラムルスはダットスを嫌っている、という事か?」
ザンバースはプリントを投げ捨て、マリリアの隣に移動する。マリリアはザンバースの首に両手を回して、
「そのようですわ」
「だが、何故そんな事を君に伝える?」
ザンバースがマリリアを見た。マリリアはフッと笑って、
「以前ラムルスには、食事に誘われた事がありますの」
それは嘘だ。本当は、マリリアの真の恋人であるマルサス・アドムと打ち合わせして、そういう設定にしたのだ。最初はラムルスからの情報を隠すつもりだったが、もし同じものを誰がに送っていて、自分だけその事をザンバースに知らせなかったとなるとまずい、とマルサスが判断し、ザンバースに見せる事にした。そして、当然の帰結として、何故そのようなものをラムルスがマリリアに送って来たのか尋ねられると見越して、考えたのである。本当は、マルサスとラムルスの二人に繋がりがあり、反ザンバースで結束しようとしているから、ラムルスはマリリアに情報を送って来た。しかし、ラムルスが完全にマルサスの味方と判断するのは早計なので、万が一の事を考えての策だった。
「君は相変わらず人気者だな」
ザンバースはフッと笑い、マリリアの唇を貪った。互いの舌が互いの口の中を探り合う。
「何にしても、グランドキャニオン基地が危機的状況なのには変わりはない。ラムルスには何としても死守してもらう」
ザンバースはスッとマリリアから離れ、窓の外を見た。マリリアはザンバースに見られないようにニヤリとした。
レーア達はグランドキャニオン基地奪還作戦を決行する事になった。
ディバートとナスカートが戦闘機でグランドキャニオン基地を上空から攻撃する。レーア達はダットスが残した前線基地を拠点に帝国軍の補給路を断ち、援軍を撃退する。更に北アメリカ州各地から集結したパルチザン達が総攻撃をかける手筈になっている。
「こんな作戦でうまくいくかどうかわからないが、帝国軍の目がこちらに向いていないうちに決行しない事には、意味がない」
ディバートはサラミスの司令室で一同に語った。レーア達はそれに黙って頷く。
「クラリア」
レーアが司令室を出ようとしたクラリアに声をかけた。
「何、レーア?」
クラリアはレーアが何故呼び止めたのかわかっていたが、敢えて恍けた。
「ディバートに告白しないと」
「う、うん」
やっぱりそれか、とクラリアは思ったが、同時にレーアの気遣いをありがたく思った。
「ほら」
レーアに背中を押され、ヨロヨロと歩き出す。そして前方にディバートを確認した。
「……」
硬直しそうな身体を何とか動かし、クラリアはディバートに近づいた。
「クラリア……」
娘の動きに気づいたミタルアムであったが、何も声をかけてあげられない。
(こればかりは、いくら父親でも干渉してはいけないな)
ミタルアムは自分の親バカぶりに苦笑いし、司令室を出た。
「あ、そうだ、ディバート……」
ナスカートが戻って来たので、レーアとタイタスが慌てて羽交い締めにして廊下に連れ出した。
「何するんだよ、お前ら!?」
ナスカートがムッとして尋ねると、レーアは、
「人の恋路を邪魔しちゃダメでしょ、鈍感!」
「へっ?」
ナスカートは何の事かさっぱりわからない顔でキョトンとした。
「ディバート……」
クラリアは覚悟を決めてディバートに声をかけた。
「クラリアか。どうしたの?」
ディバートは微笑んで尋ねた。クラリアはその笑顔につい俯きかけたが、
「話があるの」
「そうか。何?」
クラリアはレーア達がこっそり聞いているのに気づき、
「ここではその……」
ディバートは何の事だろう、と不思議に思いながら、
「じゃあ、どこでならいい?」
「こっち……」
クラリアは顔を真っ赤にして、ディバートの右手を掴み、歩き出した。
「何だ何だ?」
ついて行こうとするナスカートをレーアが引き摺り戻す。
「だから、邪魔しないの!」
「なーんだ、そういう事か」
ようやく合点がいったナスカートはポンと手を叩いた。
クラリアはディバートの手を引いて、建物の端まで来た。そして振り返って彼を見た。
「……」
言葉が出なくなりそうだ。ディバートは相変わらずクラリアから見ると眩しい笑顔を見せている。
「ここならいい」
クラリアは消え入りそうな声で言った。いくら鈍感なディバートでも、クラリアが何を言おうとしているのか理解していた。
(そういう事か……)
以前もこんな場面があったな、と彼は思い出していた。あの時は返答に困ったが、今はもう決めている。嘘はダメだ。それはクラリアを傷つけるし、今後の二人の関係にも悪い影響を与える。
「私、貴方が好きです。付き合って下さい」
クラリアは澱みない声で言い切った。そして、更に顔を赤くし、俯いた。ディバートはフッと笑い、しばらく黙っていた。クラリアが我慢し切れなくなったのか、またディバートを見た。彼は決心し、口を開いた。
「俺は心に決めた女性がいる。だから、君の思いに応えられない」
「レーア、なの?」
クラリアは怯えたような目で尋ねた。ディバートは黙って頷いた。
「すまない」
ディバートが詫びた時には、もうクラリアは駆け出していた。
「クラリア……」
もっと他に言いようがなかったのか? 今は亡きリーム・レンダースの声が聞こえた気がした。
「確かにな……」
ディバートは自分の不器用さに腹が立った。