第四十一章 その二 ダットス軍への奇襲
翌日。
まだ夜が開け切っていない道をレーア達はホバーカーで移動していた。
作戦の内容はこうだ。
ナスカートとイスター・レンドとタイタス・ガットはサラミスに残り、基地の唯一の生き残りであるケイラス・エモルと共に防衛に当たる。そして、レーア、ディバート、クラリア、アーミー、ステファミーがリタルエス・ダットスの前線基地に向かう。夜襲も考えたのだが、一番疲労がピークに達する夜明け前の方が効率的だとの結論から、その時間の奇襲になった。
まず最初にナスカート達が行動を起こす。ダットス達に伝わるように基地の手薄さを見せる。ダットス軍が動き出し、前線基地が留守になった隙にレーア達が奇襲をかけ、基地を潰す、という作戦だ。時間との勝負である。手こずれば、ナスカート達は只ではすまない。それにダットス達が気づいて引き返せば、レーア達も無事に帰還する事は不可能である。
レーア達の奇襲が明け方近くになったのには、もう一つ理由があった。前線基地のレーダーに探知されないように大きく迂回したのだ。ダットス軍は兵力を横長にして進んでいたので、レーア達はとんでもない遠回りをしてその中核に近づいている。レーア達はケスミー財団の監視衛星から送られて来る解析画像を頼りにして暗い道を進む。ダットス軍は全軍が停止している訳ではなく、交代で動いているのもそのおかげで把握できていた。彼等は規則的に進んでいるため、かわすのはそれほど大変ではなく、レーア達は発見される事なく前進する部隊をやり過ごした。
「あいつらがサラミスに辿り着く前に中核を叩くぞ」
ディバートが小声で言った。レーア達はそれに対して黙って頷く。
やがてレーア達は前線基地のすぐそばまで来た。敵に気づかれている様子はない。
「とにかく、狙わなくていい。我々の目的は、前線基地を混乱させ、一時的に麻痺状態に陥らせる事だ。無茶はするなよ」
ディバートの言葉をしっかりと頭に叩き込み、レーア、クラリア、アーミー、ステファミーが対戦車砲とバズーカ砲を構える。
「よし、一斉射!」
ディバートはナスカート達が行動を開始し、ダットス軍の前衛隊がそれに反応したのを確認すると、叫んだ。
「行けーっ!」
無反動のバズーカ砲と対戦車砲が次々に放たれる。前線基地からやがて幾つもの火の手が上がった。走り回る帝国軍の兵士の姿も見えた。
「よし、作戦終了。本隊が動き出す前に撤収だ」
ディバートが素早く指示を出す。レーア達は最後にもう一撃お見舞いしてから、空になった砲身を投げ捨て、身軽になって逃走に入った。
程なく、ダットス軍の本隊が動き出した。しかし相手は戦車と装甲車だ。機動性では遥かに上回るホバーカーに追いつけるはずがない。
「前方、敵部隊よ」
監視担当のステファミーが告げる。前衛隊がもう戻って来たのだ。悪くすると挟み撃ちになるタイミングである。
「まずいな」
ディバートは呟いた。
ダットスは激怒していた。
「監視は何をしていた!?」
彼は誰彼構わず当たり散らしていた。折角ドードス・カッテムを陥れて手に入れた手柄とチャンスをこんなバカげた事で失ってたまるものか。彼は焦ってもいたのだ。
「何としても敵を討ち取れ。このままでは、示しがつかん!」
ダットスは声を荒げて命令した。
「空軍も投入しろ。サラミスも攻撃だ。夜明けを待たずに火の海にしてしまえ!」
ダットスは元々軍人ではない。所謂事務方だったのだ。だから戦術や戦略には疎い。しかし怒りが彼を暴走させていた。副官や現場の声など聞こえなくなっている。
「こんな事で、こんな事で、私は終わる訳にはいかないのだ!」
狂ったように叫ぶダットスを横で見ている副官達は、完全に彼を軽蔑していた。
レーア達は後方から迫る戦闘機に気づいた。尾翼が昇り始めた朝日を反射している。
「くそ、空軍まで出して来るとは、ダットスめ、必死だな」
ディバートはハンドルをギュッと握った。
「前からも来るわよ」
レーアが言う。クラリアとアーミーは震え出した。
「くそっ!」
戦闘機の機銃掃射が唸る。狙っていない。威嚇しているだけのようだ。しかしかわさない訳にはいかず、ホバーカーは大揺れした。
「戦車の砲門がこっちを向いているわ」
ステファミーが双眼鏡を覗いたままで報告する。進退窮まった状態だ。
「……」
ディバートは歯軋りした。
(やはり、危険過ぎたのか……)
彼がレーアの作戦に乗ったのは、ダットスが無能だと知っていたからだ。しかし彼には優秀な部下がいたようだった。
(読みが甘かったな……)
ディバートはそれでも何とか活路を見出そうとして、大きくハンドルを切る。戦闘機の機銃掃射が激しくなり、周囲の道路の舗装が破壊される。遂に狙い始めたようだ。
「砲門が光ったわ!」
ステファミーが絶叫した。ディバートはすんでのところで砲弾をかわした。後方で爆発が起こる。
(こんな事、長くは続けられない……)
ディバートは焦っていた。
「あっ!」
後方から追尾していた戦闘機が、いきなり爆発した。
「ディバート、無事か?」
ホバーカーの通信機からナスカートの声が聞こえた。
「ナスカートか?」
「敵の引き揚げが予定より早かったので、出て来たんだ。当たりだったぜ」
ディバートはレーアと顔を見合わせて苦笑いした。
「ああ。そうだな」
そんな二人の様子を心配そうにクラリアは見ていた。
ナスカートの乗るMCMー209は戦闘機を次々に撃墜し、更に地上部隊も殲滅した。
「残るはダットスの本隊だな」
「深追いはするな、ナスカート」
ディバートがすかさず釘を刺した。
「わかってるよ」
ナスカートは反転し、サラミスに戻って行った。
ディバートの心配は取越苦労だった。臆病風に吹かれたダットスが、早々に撤退していたのだ。基地をほぼ壊滅させられた彼は、補給路の確保がままならないと判断し、前線基地を放棄し、引き上げてしまったのだ。そのため、グランドキャニオン基地は形の上では孤立状態となってしまった。ダットス軍の撤退を監視衛星で察知したナスカートが完全に制圧し、残っていた兵を捕虜としたからだ。
急遽パルチザン隊の基地になったダットス軍の前線基地は、サラミス基地と共にグランドキャニオン基地を挟む形で存在している。
「これでようやく、グランドキャニオン基地を攻略する準備が完了したね」
ミタルアム・ケスミーが言った。