第四十一章 その一 リタルエス・ダットスの進撃
帝国軍司令長官であるリタルエス・ダットスの私欲のおかげで、レーア達は攻撃を免れた。それはまさに偶然が起こした事なのかも知れないが、レーア達に何かが味方してくれたとも思える。
暗殺団がサラミスから撤退し、その後帝国軍に殺害されるという事態の裏で、太平洋を越えて来たミタルアム・ケスミー達はサラミスが全滅する前に到着する事ができた。
「そうか」
ミタルアムは、ほとんど生存者がいない基地に入り、ディバートから事情を説明され、溜息を吐いた。
「誰も皆、戦争などしたくはないし、命を危険に晒したくはない。だから、逃亡した人達を責めるつもりも蔑むつもりもないが、今まで何人も味方が命を落としている事を思うと、やり切れないね」
ミタルアムは、基地の庭に並べられ、シートを被せられた遺体を眺めて呟く。
「ええ。彼等もまた、生きたかったのでしょうが、こんな事になってしまい、本当に残念です」
サラミス基地のリーダーであるケイラス・エモルが言った。
「ある程度人員を確保しないと、この先戦いを続けるのも難しくなるね。どうするつもりかね?」
ミタルアムはディバートに尋ねた。
「オセアニアと西アジアもまだ緊迫した状態が続いていますから、応援要請は難しいでしょう。今は何とか乗り切るしかないかと」
ディバートの重々しい言葉に、クラリアは泣きそうになっている。
「北アメリカ州と南アメリカ州は、我々の味方の元知事が頑張っている。それに、パルチザン隊の総隊長のメギガテル・ドラコンに要請すれば、増員は可能なはずだ」
ナスカートが口を挟んだ。
「メキガテル・ドラコン、か」
ディバートは懐かしそうな顔をした。
「元はザンバースに傾いていた南アメリカ州をまとめたのが彼だったな」
「そんなに凄い人なの?」
クラリア達と話していたレーアも会話に加わって来た。
「ああ。それに、ディバートより男前だ。俺には負けるけどな」
ナスカートがニヤリとして言う。レーアは冷たい視線を彼に浴びせて、
「それじゃあ、どんな顔なのかわからない」
「どうしてさ?」
ナスカートが本気で言っているのに気づいたレーアは呆れてクラリア達と顔を見合わせた。
「レーア、よだれが垂れてるぞ」
ナスカートがムッとしながらからかう。
「えっ?」
思わず口の周りを拭ってしまい、レーアは赤面した。皆、大笑いだ。
「大変です、帝国軍が動き出しました」
ケスミー財団の大型輸送機で監視衛星からの情報を入手していたザラリンド・カメリスが告げた。
「数は?」
ディバートが尋ねる。カメリスは手元のプリントを見て、
「戦闘機が三機、戦車が十輛、装甲車が七台です。一個中隊くらいの規模ですね」
ナスカートはディバートを見て、
「舐められたな。それくらいで落とせるって思われてるんだ」
「舐められているも何も、実際それで十分脅威だよ」
ディバートはミタルアムを見て、
「輸送機には何か武器を積んでいますか?」
「対戦車砲を二十、バズーカ砲を二十、多弾頭手榴弾を百ほど搭載して来た。しかし、空軍が出ているとなると、その程度では対処できないな」
「戦闘機三機は自分とナスカートが何とかします。戦車と装甲車の方を頼みます」
ディバートはナスカートと走り出した。
「気をつけて」
クラリアが声をかける。ディバートはその声に反応し、微笑んだ。クラリアはそれを見て赤面した。
「……」
ミタルアムはクラリアの様子に気づいたが、何も言わずに基地の中へと歩き出した。
ダットスが乗る装甲車と戦車の一団は、サラミスから二十キロほどのところにある町に到達していた。彼等は補給路の確保をするために、町を荒らし始めていた。食料品店は全て商品を供出させられ、洋品店は兵士達の着替え用に服飾品を無料で提供させられた。酷い連中になると、若い女性に乱暴する者までいる。ダットスはその事全てを把握していたが、何もしなかった。
「あまりやり過ぎるなよ。大帝は、酒乱と好き者はお嫌いだからな」
その程度の指示しかしていないのだ。
「長官、全体の士気に関わります。もう少し厳しくしていただかないと」
真面目な副官が忠言したが、ダットスは鼻で笑った。
「構わんよ。相手はヒヨッコだ。何も恐れる事はない」
彼はレーア達を実際舐め切っていたのだ。
ダットス隊の傍若無人ぶりは、レーア達にも伝わっていた。ディバートとナスカートが戦闘機で発進したのだが、一向に現れない敵機を不信に思い、探索に出た。そして、ダットス隊がある町で騒ぎを起こしている情報を入手したのである。
「何だかムカつくわね。私達を舐めているのも癪に障るけど、その町の人達を虐めているのも気に入らないわ」
レーアが忌ま忌ましそうに言う。
「帝国軍の戦車と装甲車は、俺達への威嚇のためなのか、広く展開していて、道ではなく、畑を通っているものもあるようだ。そのせいで、たくさんの作物や家畜が被害に遭っている」
ディバートも忌ま忌ましそうだ。二人が息を合わせたようなのを見て、クラリアは不安そうである。
「心配するなよ、クラリア。レーアはディバートには興味がないって」
タイタス・ガットが彼女に耳打ちする。クラリアはギクッとして、
「な、何の事よ?」
「恍けなくてもいいって。クラリアがディバートに気があるの、俺達には丸わかりなんだからさ」
タイタスのその言葉にクラリアはハッとした。アーミー・キャロルドやステファミー・ラードキンスを見ると、ニヤニヤしている。クラリアは溜息を吐いた。
「そう。ありがと」
その時、レーアが、
「帝国軍の前線基地に奇襲をかけましょう」
と言った。ナスカートが驚いて、
「無茶だよ、レーア。奇襲なんて、危険過ぎる」
「やってみなければわからないわ。それに、このままじゃ、一方的にやられてしまうかも知れないのよ」
レーアは言い返す。するとディバートが、
「やってみよう。正攻法よりは確率が高いかも知れない」
「おい、ディバート……」
ナスカートが意見しようとしたが、
「はい、決まりね。いいですよね、ミタルアムおじ様?」
レーアが勝手に決定を宣言し、ミタルアムを見る。ミタルアムは苦笑いして、
「そうだね」
と応じた。