第四十章 その二 暗殺団特攻
ディバートは暗号メールで帝国軍の空軍がサラミス上空に飛来しているのをミタルアム・ケスミーから知らされた。
「まずいぞ、ディバート。只でさえここの連中、疲れている上に戦闘にうんざりしてる。今、爆撃でも始まったら、パニックが起こるぞ」
ナスカートがいつにない真顔で囁いた。
「確かにな。ケスミーさん達があとどれくらいでこっちに到着するかが鍵だな」
ディバートも弱気になっている。レーアがディバートとナスカートの様子に気づき、
「どうしたの?」
「空軍が現れた。まだここの連中には明かしていないが、ミタルアムさんからの情報だから間違いない」
「どうして皆に知らせないのよ」
レーアがムッとして尋ねる。するとナスカートが、
「レーアは気づいてないのか? ここの連中、元々補給基地だったせいもあって、戦闘に嫌気がさしているんだ。もし本格的な戦いが始まれば、大混乱を引き起こしかねないんだよ」
「そんな……」
レーアも自分がいろいろあって今の立場にいるのを思い返してみたが、それは納得できなかった。
「私だって、戦いたくなんかなかったけど、今はそんな事言ってる場合じゃないはずよ。そんなの、絶対おかしいわ」
レーアの怒りにディバートとナスカートは顔を見合わせた。
「連中は、俺達が帝国軍を呼び寄せていると思い始めている節がある。リーダーのケイラス・エモルは警備隊の隊員だったから、そんな事はないが、他の連中の多くは巻き込まれてここにいる者が多いために、戦わずにすむなら、投降もしかねない」
「ええ!?」
レーアは帝国軍、特にオセアニア州の帝国軍の司令官であったメムール・ラルゴーの所業を思い返した。
「敵はそんな事をしても命の保証をしてくれないかも知れないのに」
「そういう現実を知らない者にとっては、目の前の危険の方が怖いものさ。俺達が余所者で、しかも厄介事を招いているのは確かだしな」
ディバートが忌ま忌ましそうな顔で答える。
「なら、私達三人で戦いましょうよ。その方が確実だし、安心できるわ」
レーアのとんでもない提案にディバートとナスカートは呆気に取られた。しかし、
「そうかも知れないな。志願する者がいるかどうか確認して、嫌がる者は退去してもらった方がいい。下手に動かれて、人質にでもなってしまったら、余計始末が悪いし」
ナスカートが賛成した。ディバートも頷き、
「そうだな。その作戦、実行してみよう」
「うん」
レーアは久しぶりに晴れ晴れとした顔で頷いた気がした。
暗殺団首領のドードス・カッテムは、帝国軍司令長官のリタルエス・ダットスが「援軍」を出して来た事を補佐官であるタイト・ライカスに確認していた。しかし、待てど暮らせど、ライカスからの返事は来ない。
「もう一度連絡しろ。いや、私が直接する」
ドードスは通信士を押しのけ、自分で機器を操作した。やがて大帝府の通信士が映った。
「何でありましょうか?」
「補佐官に繋いでくれ。直接話がしたい」
カッテムが告げた。すると相手は、
「補佐官は只今大帝と会議中です。如何なる用件も取り次ぐなと言われております」
「ふざけるな。緊急の用件だ。繋げ」
カッテムが声を荒げた。しかし相手の通信士は、
「できません。通信を切らせていただきます」
と映像を切ってしまった。
「どういう事だ……」
カッテムは唖然とした。彼は、それがまさかダットスの差し金とは思っていなかった。ダットスは大帝府の通信士全員を抱き込んで、カッテムからの連絡の全てを取り次がないように指示していたのだ。
「仕方がない」
カッテムは前方を見据え、
「サラミス基地に突撃をかける。総員、戦闘準備」
と命じた。
(こうなったら、ダットスにつけ入る隙を与えないようにするだけだ)
カッテムは歯軋りをした。
ディバートはケイラスの私室に行き、作戦の説明をした。
「確かにこの基地には非戦闘員だった者が多いです。そうした方が、返って戦い易いし、能率的かも知れませんね」
ケイラスは賛成してくれた。
「では、志願者を募りましょう。その上で……」
とナスカートが言いかけると、
「いや、私以外全員、この基地から退去させた方がいいでしょう」
ケイラスは悲しそうな顔で言った。
「昨夜の敵の攻撃があった時、基地内で連中が何をしていたか知っていますか?」
彼は憤激していた。ディバートはナスカートと顔を見合わせて、
「いや」
「カップルは情事に耽っていて、酒好きは酒を浴びる程飲み、何の備えもしていませんでした。敵に殺された者の大半は泥酔していたのです」
レーアはそれを聞いて仰天した。
「志願者を募っている時間が惜しいんです。他の者には、私が退去するように話します。皆さんはその間に武器を確保して下さい」
ディバートとナスカートは頷いた。
「そんな、そんなのって……」
ケイラスに食ってかかろうとするレーアを引き摺るようにして、ディバートとナスカートはケイラスの私室を出た。
「何なのよ、一体……」
レーアが怒鳴り散らした。ナスカートが、
「地球は、帝国派と連邦派にきっちり分かれている訳じゃないのさ。実はどちらにも与したくない連中が一番多いんだよ、レーア」
「……」
レーアは涙を堪えていた。
「今まで何人も命を落として来ているのに、そんな事……」
「レーア……」
ディバートはレーアの悔しさがよくわかった。だが、それが現実なのだ。
「あ……」
彼等の前をゾロゾロと歩いて行く者がいた。基地から脱出する者達のようだ。
「素早いな。暗殺団が攻め込んで来た時よりずっと動きがいいぜ」
ナスカートが吐き捨てるように呟く。しかし、その脱出組を待っていた運命は、もっと残酷だった。
「うわああ!」
「きゃああっ!」
突然基地の外で悲鳴が聞こえた。
「何だ?」
レーア達は窓に駆け寄った。
「あれは……」
ディバートが暗殺団の装甲車に気づいた。基地脱出組が、装甲車の機銃で撃ち殺されて行く。
「畜生!」
ディバートとナスカートが駆け出す。レーアも走り出した。
「いくら情けない連中でも、殺されて行くのを黙って見ている訳にはいかないもんな」
ナスカートが呟いた。
サラミス基地に到達したカッテム達も、いきなり基地から出て来たパルチザン達に驚いていたが、
「全員始末しろ。生かして逃がせば、その何倍もの敵を呼び込む事になる」
というカッテムの命令で、丸腰なのも知らずに機銃掃射を浴びせた。
「敵の動きが止まりました」
監視員が報告する。
「よし、突撃だ。総員、かかれ」
カッテムも装甲服を着込み、外に出た。彼等の服はピストル程度の弾ならはじく防弾効果のあるものだ。ヘルメットも厚く、マシンガンの弾もはじく。
(ダットスが来る前にケリを着ける)
カッテムは拳を握りしめた。