第三十九章 その三 急襲! 帝国暗殺団特殊部隊
レーアはソッと部屋を抜け出し、ディバート達が寝ている部屋を目指した。
(絶対やばいわ。何なの、あいつら?)
「ディバート?」
レーアはドアを静かに開き、小さめの声で呼びかけた。しかし、熟睡しているか、反応がない。
「何かムカつく」
自分が眠れないほどなのに、何事もなかったかのように寝ているのが許せなくなったレーアは、
「こら、起きろ!」
と叫んだ。
「わっ!」
ビクンとしてベッドから飛び起きたのはナスカートだった。剥き出しの胸には全く胸毛がない。胸毛好きのレーアは鼻で笑った。
「うん? レーアか? 何だ、夜這い?」
ナスカートの古臭い表現の意味が分からないレーアは、
「どうしてあんたしかいないのよ? ディバートは?」
「ディバートは物音がするって言って、さっき出て行ったよ」
ナスカートはまだ寝ぼけているのか、もう一度横になろうとした。
「そこまでわかっているなら、寝るな、このスケベ!」
レーアはナスカートの頭を殴った。
「痛たっ!」
ナスカートはやっと目が覚めたらしい。
「行くわよ、ナスカート」
レーアは容赦なく彼をベッドから引き摺り出す。
「あ、ちょっと待て、レーア」
「何よ!」
モゾモゾしているナスカートをレーアがムッとして見る。彼女の顔が朱に染まる。何とナスカートは全裸だったのだ。
「変態!」
レーアの渾身の右ストレードがナスカートの顔面に炸裂した。
その頃、ディバートは銃を片手に廊下を走っていた。
(あれは多分、帝国の暗殺団だ。軍を動かさずにそういう作戦で来るとはな)
帝国の裏事情を知らないディバートは敵が奇策に出て来たと考えた。
その暗殺団の先発隊の隊長であるエレイム・アラガスは、基地の発電システムがある箇所を目指していた。電源を切り、闇の中で始末を着けようという考えなのだ。
「あまり壊すなよ。連中を始末したら、ここはそのまま頂くんだからな」
アラガスはニヤリとして部下達に指示した。黒尽くめの部下達は黙ったまま頷いた。
「レーアは殺すなよ。生きたままで大帝のところに連れて行くんだ」
アラガスはレーアを戦利品くらいにしか考えていないが、連邦時代から目をかけられているザンバースには恩義を感じているのだ。だからレーアを殺すつもりはない。
「さてと」
アラガスも顔に黒いマスクを着けた。
「これで俺達は闇の支配者だ」
彼等はマスクの上から赤外線ゴーグルを着ける。
「電源、切りました」
部下が報告する。アラガスはニヤリとし、
「作戦開始だ」
ディバートは廊下の非常灯が消えたので立ち止まった。
(電源を抑えられたか……)
どうするか考えているところへレーアとナスカートが来た。
「どうしたんだ、その顔?」
ディバートはナスカートの赤く腫れ上がった左頬を見て尋ねた。
「答えなくていい!」
ナスカートが何が言おうとした時、レーアが遮った。ディバートは大体の事がわかったらしく、肩を竦めた。
「敵に電源を切られたようだ。他の者を起こしてくれ。相手は恐らく暗殺団だ」
「暗殺団?」
レーアはギクッとした。ナスカートが、
「まずいな」
「ああ」
二人が深刻な顔なので、レーアはますます不安になった。
「どうするの?」
「とにかく全員同じ所に集まった方がいい。連中と一対一ではまず勝ち目がない」
ディバートが言った。三人は基地の全員を起こして回る事にした。電源を切られたため、直接行くしかないのだ。
「あ」
すると二人が廊下を走って来た。懐中電灯が大きく揺れていて、相当動揺しているようだ。
「何者かが襲って来たんだ。何人かやられちまった」
パルチザンの男は狼狽えていた。もう一人は若い女だった。二人共服をまともに着ていないので、恐らく「楽しんでいた」のだろう。だからこそ、難を逃れられたのだとも言える。
(基地の中で何やってるのよ!?)
レーアは顔を赤らめながら思った。
やがてぞくぞくと騒ぎに気づいたパルチザン達が集まり始めた。
「ここにいるのは危険だ。見通しの利く格納庫に移動するぞ」
ディバートの指示で、総勢二十名が格納庫へと歩き出す。
「うわっ!」
黒い影が闇の中を素早く動く。パルチザンの男が一人やられた。
「くっ!」
ディバートとナスカートが見えない敵に立ち向かう。
「みんな、無事か?」
基地の統括官であるケイラス・エモルが前から走って来た。影は不利と思ったのか、姿を消した。
「仲間を呼びに行ったぞ。急ごう」
レーア達は懐中電灯の明かりだけを頼りに格納庫へと走った。
ミケラコス財団ビルの一室で、アジバム・ドッテルはまだ仕事をしていた。
(ナハルのボケジジイめ、ザンバースと手を切ったりして、何を考えているんだ?)
ドッテルはザンバースを利用してナハルを追い落とし、自分がミケラコス財団の支配者になるつもりだったのだ。その時、その時間に決して鳴る事のないテレビ電話が鳴った。
「私だ、どうした?」
自宅からだった。執事だ。酷く慌てている。
「何!?」
ドッテルの妻であり、ナハルの愛娘であるミローシャが倒れたという知らせだった。
「わかった、すぐ帰る」
ドッテルは机の上をそのままにし、部屋を飛び出した。
(ミローシャ……? どうしたというのだ?)
彼にはミローシャが倒れた原因がわからなかった。
レーア達は何とか格納庫に辿り着き、武器を探していた。
「くそっ!」
しかしそれより早く、暗殺団が現れてしまった。
「うわっ!」
次々にパルチザンが殺されて行く。レーアは震え出してしまった。
「畜生、こいつら、ゴーグルを着けてやがるぜ」
ナスカートが舌打ちする。
「らしいな!」
ディバートはケイラスと連携して暗殺団を叩き伏せながら言った。
「あっ!」
レーアがあるものに気づいた。彼女は危険を省みずに走り出す。
「危ないよ、レーア!」
ナスカートの不用意なその一言が、アラガスにレーアの居場所を教えてしまった。
「そこか!」
アラガスが走り出す。
「待てこら!」
ナスカートがそれに気づいて追いかける。それを更に阻止しようと別の暗殺団員が襲いかかる。
「おらっ!」
ケイラスがカバーに入り、援護した。
「これ!」
レーアは格納庫の壁に備えつけられた照明弾を取った。そして天井目がけて発射した。
「くわっ!」
途端に格納庫が真昼の明るさになった。
「ぐおおっ!」
赤外線ゴーグルを着けていた暗殺団員達は目をやられ、動けなくなった。
「このヤロウ!」
ナスカート達が反撃に出た。ディバートとケイラスは、いち早くレーアの動きに気づき、ゴーグルを外して難を逃れていたアラガスに向かった。
「お前が隊長か?」
ディバートが銃を構えて尋ねる。アラガスはニヤリとして、
「だとしたらどうする?」
と不敵に笑った。
「討つ!」
ディバートは躊躇なく引き金を引いた。しかしアラガスは素早かった。彼はディバートの射撃のタイミングを見切り、かわしていたのだ。
「遅いぞ、ディバート・アルター! その首、もらった!」
アラガスがディバートに接近した時だった。
「うりゃっ!」
いきなり横から出て来たレーアが回し蹴りを決めた。彼女の爪先がアラガスの顔面を歪めるのをディバートは至近距離で見た。そして、レーアのスカートがヒラヒラして、中身が丸見えなのも。
「ぐえっ!」
アラガスはそのまま床に倒れ伏した。
「あ、ありがとう、レーア」
ディバートは顔を赤らめて言った。レーアはニコッとして、
「たまにはね」
と応じた。
こうして、暗殺団先発隊は全員捕縛された。レーア達の勝利である。
ザンバースは大帝府の大帝室で暗殺団首領ドードス・カッテムから先発隊壊滅の報告を受けていた。
「不手際だな、カッテム」
ザンバースは静かに言った。ドードスはテレビ電話の向こうで大いに恐縮しながら、
「申し訳ありません、大帝」
「今度はお前自らが行くのだ。汚名返上のためにな」
「はっ」
ザンバースは受話器を置いた。
「やはり、軍で制圧した方がよろしいのでは?」
傍らの机にいるマリリア・モダラーが言う。ザンバースはチラッとマリリアを見て、
「ダットスとカッテムの確執がある。ここで軍が乗り出したら、二人はますます揉める」
「どちらかを処分されては如何ですか?」
マリリアが楽しそうに提案した。ザンバースはマリリアを見て、
「私がそんな事をしなくても、力のないものが勝手に落ちて行く」
と答えた。マリリアはフッと笑った。