第三十八章 その一 マルサス・アドム
マルサス・アドムは、ザンバースの命令である特殊な装置の実験を進めていた。それは人間の前頭葉を刺激し、一種のパニック状態を作り出すものである。実験は最終段階に入り、あと一歩で実戦に使えるところまで漕ぎ着けていた。
「遂にこの俺の出番が来たという事か」
彼は左しかない目をギラつかせ、ニヤリとした。元々軍人ではなく、連邦政府の資料室に勤務していた彼は、軍事力による制圧に限界を感じていた。そして、その事についてザンバースに上申した事がある。するとザンバースは、
「ならばお前なりの計画を立て、その案を私に示してみせろ」
自分の考えを受け入れてもらえたマルサスは有頂天になり、今回の作戦を立案したのだ。
「力のみでは、サドランやラルゴーのように反撃され、潰されるのみ。人間は知的生物だ。頭を使わなければ、戦争には勝てない」
マルサスはそう考えていた。彼は最終的な実行案を作成し、ザンバースに提出する事になった。彼は大帝室に赴いた。
「入れ」
マルサスのノックにザンバースが答えた。マルサスはドアを開き、中に入った。緊張で膝が震えるのがわかった。
「大帝、遂に私の実験の最終結果が出ましたので、報告致します」
マルサスは敬礼して言った。ザンバースは椅子に座ったままで、
「うむ」
マルサスはザンバースに一歩近づき、報告書を手渡した。ザンバースはそれをサッと読み、
「これはどのくらいの確率で人間に通用するのか?」
「百回の実験で約七十パーセントの確率というデータを得ました。実際にはもっと出力を上げて行いますので、確率も増加すると思われます」
マルサスは手の汗を拭いながら告げる。ザンバースはマルサスを見上げて、
「そうか。では早速、ダットスと打ち合わせをして、パルチザン共の基地のいずれかで実験してみよ」
「はっ!」
マルサスは再び敬礼した。ザンバースはフッと笑った。
レーアは何日かぶりのシャワーを浴び、ゆったりとバスタブに身を沈めていた。
(こんな風に落ち着いてお風呂に入ったのって、一体何日ぶりだろう?)
彼女はそう考えて思わず苦笑した。
(でも始まったばかりなんだから。まだ、地球帝国は盤石……。そしてパパ、いえ、ザンバース・ダスガーバンはアイデアルに君臨している……)
レーアは胸がキュンと痛くなった。
(何故こんな事になったのかなんて言ってられない。マーグソンさんに言われた事、必ず果たさなくちゃ)
彼女はリトアム・マーグソンの言葉を思い出した。
『レーアさん、忘れてはいけない。貴女の一挙手一投足が。歴史に影響を与えるのだという事を』
ディバートとナスカートは、他のパルチザンと共にオセアニア州帝国軍の司令本部を改装して、新たな解放軍の拠点とするべく、工事を急いでいた。
「お前、さっきから何をそわそわしているんだ?」
ディバートがナスカートを見て言った。ナスカートは苦笑いして、
「今さ、レーアが入浴中なんだよ。確か軍事基地のバスルームって、出撃しやすいようにドアがないって聞いたんだよなァ」
ディバートは呆れて、
「お前なァ、この緊急時に……」
「とか言って、実はお前も覗きたいんだろ、レーアの裸?」
「バ、バカヤロウ!」
ディバートはムッとしてナスカートから離れた。ナスカートは肩を竦めた。
マルサスは、とうとうパルチザンの基地でサイコバスターと名づけられた装置を実践してみる事になった。
「ダットスに協力させる。どこの基地に決めたのだ?」
ザンバースが尋ねた。マルサスはニヤリとして、
「グランドキャニオン基地が良いかと。あそこは自然の要塞です。普通に攻めても落とせるものではありません」
「なるほど。よし、そこでやってみるがいい」
「はっ!」
マルサスは敬礼し、大帝室を出て行った。ザンバースはマリリアを見て、
「どうだ、マリリア? このような作戦、私らしくないか?」
するとマリリアは立ち上がってザンバースに近づき、
「そうですわね。でもよろしいんじゃないですか?」
と言うと、ザンバースの膝の上に腰を下ろす。ザンバースはニヤリとし、マリリアを抱き寄せると口づけをした。