第三十七章 その三 奇策
翌朝になった。
メムール・ラルゴーはソファにふんぞり返って葉巻を燻らせ、窓の外の空を眺めていた。
「レーア・ダスガーバン、早く来い。地獄を見せた上で、ザンバースに送り届けてやる」
ラルゴーはザンバースを恐れてはいたが、決して敬意を払ってはいない。いつか取って代わろうと考えているのだ。だから陰では呼び捨てにしている。
「来ました!」
部下が部屋に飛び込んで来た。ラルゴーはソファから起き上がり、
「そうか」
「そ、それが……」
部下の様子がおかしいので、ラルゴーはカッとして、
「何だ!?」
「たった一台、たった一人です!」
部下は後退りしながら答えた。ラルゴーは立ち上がって、
「何だと!?」
彼は窓に近づき、外を見下ろした。遥か彼方にホバーカーが一台走っているのが見える。それに載っているのは、レーアただ一人であった。
「レーアめ、どういうつもりだ?」
ラルゴーは眉間に皺を寄せた。
レーアはその髪をなびかせて、キッと司令本部を睨みつける。
「ラルゴー、今日こそ決着をつけてやるわ!」
レーアは叫んだ。
「面白い。どういうつもりか知らんが、飛んで火に入る夏の虫だ」
ラルゴーはニヤリとして、庭にいる部下に、
「ナスカートとディバートに銃を向けろ。二人を楯にして、レーアに交換を迫る」
「はっ!」
疲弊し切ったディバートとナスカートに銃が向けられた。ナスカートはレーアに気づき、
「レーア、来るな! 罠だ! 罠だぞ!」
とありったけの声で叫んだ。
「黙れ!」
兵の一人がナスカートに威嚇射撃をした。ナスカートは歯軋りした。
やがてレーアのホバーカーが司令本部に到着した。ラルゴーが本部から出て来て、
「これはこれは、お嬢様にはお元気そうで何よりです」
わざとらしい挨拶をした。レーアはラルゴーを睨んで、
「二人を下ろしなさい、今すぐに!」
「わかりました」
ラルゴーが右手を上げると、ディバートとナスカートがスルスルと下ろされ、縄を解かれた。レーアは二人に駆け寄り、
「ごめんね、遅くなって」
「いいんだよ。だが、ここからどうやって脱出するつもりだ?」
ディバートが手首を擦りながら尋ねた。するとレーアはニッコリして、
「正々堂々とよ。二人は返してもらうわよ、ラルゴー司令官」
ラルゴーを見て言った。するとラルゴーは恭しく頭を下げて、
「わかりました。どうぞ、ご随意に」
レーアは唖然としているディバートとナスカートを助け起こし、ホバーカーに乗せた。ナスカートが小声で、
「やけに物わかりがいいじゃないか。妙だぜ」
「確かにな。レーア?」
ディバートがレーアを見る。しかしレーアは全く気にしている様子がなく、
「ね、大丈夫でしょ? さすがザンバース・ダスガーバンの威光は凄いわね」
とウィンクをした。ディバートはすっかり驚いて、
「おい、レーア、状況がわかっていないのか? ザンバースの威光なんて、ここじゃ関係ないんだぞ?」
「だって今、ご随意にって言われたでしょ? 帰りましょうね」
レーアはホバーカーを始動させて走り出した。するとラルゴーが大笑いして、
「お嬢様、私は二人を返すと言いましたが、生かして返すとは言っておりませんよ」
「何ですって!?」
レーアはホバーカーを停め、大袈裟に驚いて振り向いた。バラバラバラッという音がして、司令本部の裏手から三機のヘリコプターが現れた。ナスカートが仰天して、
「しまった、こういう罠だったのか!」
ラルゴーは高笑いをして、
「愚か者よ、揃いも揃ってな。やはり子供の考える事はその程度だな」
するとレーアも大笑いをし始めた。ディバートとナスカートは呆気に取られた。
「愚か者はそっちよ、ラルゴーさん。ヘリコプターに乗っている人を見てごらんなさいよ」
「何だと!?」
ラルゴーはハッとしてヘリコプターを見上げた。中には、ザラリンド・カメリスやイスター・レンド、タイタス・ガットらが乗り込んでいた。
「ど、どういう事だ?」
ラルゴーは狼狽えて怒鳴った。レーアはそのラルゴーの狼狽えぶりを見てクスッと笑い、
「地図を見たのよ。司令本部の後ろが急な斜面になっているので、もし私が貴方だったらどうするかってね。そしたら予感的中。私は囮だったのよ、間抜けなラルゴーさん」
「くっ!」
こうして、メムール・ラルゴー以下総勢百名のオセアニア州帝国軍司令本部の人間は全員、パルチザンによって拘束され、オセアニア州の帝国軍は事実上壊滅した。
「大帝に報告しなければな」
その状況を遠方から双眼鏡で見ている者がいた。ミッテルム・ラード指揮下の帝国情報部の工作員である。
「さすがダスガーバン家の娘という事か」
彼は呟いた。
「ラルゴーが拘束され、オセアニア州の帝国軍は壊滅してしまいました」
大帝室で補佐官のタイト・ライカスが報告すると、ザンバースは目を細めて、
「マルサスを呼べ。実験の成果の報告を受けたい」
「はっ」
ライカスは敬礼して退室した。ザンバースは椅子を軋ませ、
「レーアめ。遂にリーダーシップをとり始めたか」
彼は嬉しそうに呟いた。