第三十七章 その一 オーストラリア転戦
北アメリカ大陸の東岸に面してそびえ立つ巨大な旧連邦ビル、すなわち現在の地球帝国大帝府では、幹部会議が招集されていた。
「ケスミー財団が動き出した。そして奴らはオーストラリアへ向かっている。ラルゴーのバカ者の目立ち過ぎる戦闘のせいでだ」
ザンバースは冷ややかに、しかし苦々しく言った。リタルエス・ダットスはすっかり恐縮して、
「あの成り上がりの大バカ者には、本当に困っております。自己の感情の赴くまま戦いを進めては、どっち付かずの浮き草共が皆パルチザンについてしまいますから」
「その通りだ。私が一番恐れているのは、反乱軍の力ではない。無知な大衆の浮動性だ。奴らは無知故にしがらみを持たず、人との関係などあっさりと切り捨ててしまう。いつ何時、勢力図が逆転するとも限らんのだ。そうなる前にラルゴーのような有害な部下を粛清しろ」
ザンバースはドードス・カッテムを見た。彼は暗殺団の首領である。彼は黙って頷いた。
レーア達はイサグ達の焼かれた遺体の残骸のある付近に着陸し、呆然としていた。
「遅かったか……」
イスターが歯軋りして呟く。ミタルアムは辺りを見回して、
「ディバート君とナスカート君の搭乗機が残されている。二人の姿は見当たらんから、連行されたようだな」
「ディバートとナスカートが?」
レーアは仰天してミタルアムを見た。クラリアもギクッとする。
「大丈夫かしら?」
「大丈夫だろう。二人を殺さなかったという事は……」
ミタルアムはそこで口籠る。レーアが空を見上げて、
「彼等の狙いはこの私。という事ですよね?」
「……」
一同は悲しそうにレーアを見た。レーアは作り笑いをして、
「私って役に立つでしょ? 私がいるせいでみんなに迷惑をかけるけど……」
「レーア!」
クラリアが涙声で叫び、レーアを抱きしめた。ミタルアムは二人の肩に手をかけ、
「さァ、みんなの遺体を手厚く葬ろう」
「はい……」
レーア達は遺体に目を向けた。それはもはや人間の形を成していなかった。肉塊だったのである。
メムール・ラルゴーは得意満面で本部に帰り、自室に入るとソファにくつろいだ。
「ディバート・アルターとナスカート・ラシッドという餌なら、必ずレーアが食らいついて来る」
彼は悪魔的な微笑みを浮かべて呟いた。そして、
「二人を本部前の庭に吊るし上げろ。パルチザン共によく見えるようにな」
と部下に命じた。
ディバートとナスカートは、滑車のついたポールに縄で縛られた両手首を吊るし上げられ、宙に浮かんでいた。
「両手首が千切れるのが先か、仲間が助けに来るのが先か。見ものだな」
ラルゴーは窓から見える二人を見下ろした。
「レーアが現れたら、他の者は皆殺しにしろ。レーアのみを生かして捕えるのだ。大帝への最高の戦利品になる」
ラルゴーの目は狂気の目であった。
レーア達はホバーカーやホバーバギーを駆って、砂漠を疾走していた。砂塵を巻き上げて、十台の車両が疾走し、ラルゴーの待つオセアニア州帝国軍の司令本部を目指していた。
「罠だわ、レーア。これは貴女を釣る罠よ」
クラリアが叫ぶ。しかしレーアは風で乱れる髪を撫で付けながら、
「わかってる。でも、だからと言って二人の命を見捨てる訳にはいかないわ」
「それはそうだけど」
クラリアは不服そうだ。タイタスとイスターは何か叫んでいたが、ホバーの巻き起こす爆音で何も聞こえなかった。堪りかねたタイタスが、前を指差す。
「えっ?」
レーアとクラリアは前を見た。運転していたザラリンド・カメリスが、
「ラルゴーの陸戦隊ですね。ちょっと厄介だな」
ステファミーとアーミーはキャアキャアと大騒ぎだ。レーアはキッと前を睨みつけ、
「メムール・ラルゴー。貴方のやり方は断じて許せない!」
ディバートとナスカートの縛り上げられた手首が、じわじわと血を滲ませ始めていた。
「くっ……」
二人の額を汗が伝わる。ラルゴーは葉巻に火を点けて窓から二人を見下ろし、
「レーア、早く来ないと、二人の手首が千切れるぞ」
と呟き、ニヤリとした。そこへ部下の一人が入って来て敬礼し、
「北アメリカ州から来た輸送機から出て来た一団が、こちらに向かっているとの情報が入りました!」
「そうか。やっと来たか」
ラルゴーは葉巻を窓の外へ投げ捨て、
「総員、戦闘配備だ。レーア・ダスガーバンを必ず生きた状態で捕まえろ」
部下はかかとをカチンと合わせて、
「はっ!」
と応じた。