第三十六章 その三 メムール・ラルゴーの狂気
「無茶するなよ、ナスカート」
ディバートが言う。ナスカートは、
「わかってるって」
ディバート機が敵機から離れる。敵機三機がそれを追尾する。
「性能より、腕がモノを言うのさ!」
ナスカート機は敵機を突き放して上昇した。敵機二機は更に加速し、ナスカート機に迫る。
「よォし、そのまま追って来い。SVSはその性能故に俺に撃墜されるんだよ」
ナスカートはレーダーに映る機影を見ながら、グッとレバーを引き、自機を垂直上昇させる。敵機は遂に機銃掃射を始めた。
「ちっ、もう撃って来やがったか」
敵機はナスカート機のエンジンを狙って来る。ナスカートは舌打ちして、
「ちょいと早いが、やってみるか」
ナスカート機はメインエンジンを停止し、一瞬推力を失った。敵機はナスカート機を追い越してしまい、ナスカート機の前に出てしまった。
「もらった!」
ナスカートは自由落下する自機の姿勢を制御しながら、機銃とミサイルで敵機を攻撃した。二機の敵機はこれをまともに食らい、爆発炎上し、空の彼方に錐揉みながら落ちて行って、消滅した。ナスカートはヘルメットのフードを上げて、
「ヤッホォイッ!」
と雄叫びを上げた。
一方ディバート機は三機の敵機に上と左右を塞がれ、ピンチに陥っていた。
「逃げ場を封じられたか」
ディバートは歯軋りした。
「しかし、SVSは配備されたばかりで、パイロットも未熟なはずだ」
ディバートは左端のレバーに手をかけ、レーダーを見る。その時、上の敵機が攻撃を開始した。
「くっ!」
ディバート機はスッと左に動き、三機の左斜め後ろに出た。
「食らえっ!」
ディバート機はミサイルを発射した。敵機の一機はこれを食らい、爆発した。他の二機は左右に旋回して、ディバート機から離れた。左に旋回した敵機が爆発する。ナスカート機が来たのだ。二対一の不利を知ると、残りの一機は逃げ始めた。ナスカートが追撃を始めると、
「追うな、ナスカート! イサグ達の救援が先だ」
ディバートが止める。ナスカートは肩を竦めて、
「了解」
その頃、イサグ達はヘリに対してバズーカ砲と対戦車砲で対抗していたが、相手にしているヘリは268ーKという小型のヘリで、動きが機敏な上、ミサイルも装備しており、とても勝ち目はなかった。
「畜生!」
イサグは空になった対戦車砲を投げ出した。
ラルゴーは通信機に、
「殺すな。人質にして、ディバート・アルターとナスカート・ラシッドをおびき寄せるのだ」
と命じた。
「遅かったか」
ディバートが呟く。ナスカートはキッとして、
「畜生、ラルゴーめ」
ラルゴーのヘリ部隊は、イサグ達を取り囲み、ホバーリングしていた。ラルゴーはヘリから身を乗り出し、
「ディバート・アルター、ナスカート・ラシッド、降りて来い。こいつらの命を助けたければな」
ディバートとナスカートは戦闘機を降下させ、着陸した。二人はコクピットから出て、砂漠に降りた。
「よォし、二人を縛り上げろ。レーア共を釣る囮にする」
「はっ!」
ヘリから五人の兵が降り立ち、ディバートとナスカートを縛り上げた。
他方、レーア達は、ケスミー財団の大型輸送機に乗り込み、アイデアルから飛び立った。大型輸送機はステルス加工されており、帝国のレーダーに感知される恐れはない。中の司令室で、
「オセアニアのパルチザンは予想以上に苦戦しているようだ。一刻も早く救援に行かないと」
ミタルアムが言った。レーアは窓の外の空を見て、
「そうですね。一人でも多く、助けなくては」
ディバートとナスカートは、縛り上げられたまま、ラルゴーのヘリに乗せられた。ヘリ部隊は上昇し、イサグ達から離れた。
「ディバート、ナスカート!」
イサグが叫ぶ。ディバートとナスカートはラルゴーを睨んでいたが、ディバートが、
「イサグ達は助けてくれるんだろうな?」
「もちろんだ。お前達を捕えるのが目的だったからな」
ラルゴーは言い、ヘリの機銃のスイッチに手を触れた。途端に機銃が掃射され、イサグ達を撃った。
「うわァッ!」
イサグを始めとして、パルチザン達は完全に意表を突かれ、逃げる間もなく死んで行く。ナスカートが、
「貴様ァッ!」
するとラルゴーは大笑いして、
「いやあ、すまん。手が滑ったんだ。悪気はない」
ディバートは目を見張った。
(こいつには、情けなんてものは一欠片もないのか?)
ラルゴーは部下の一人に、
「おい、後始末をしろ」
「はっ!」
ヘリの二機から、液体がばら撒かれた。ナスカートとディバートは仰天した。
「ま、まさか!?」
ラルゴーは葉巻を取り出し、大きなライターで火を点けた。そしてそれをわざとらしく外へ落とした。ラルゴーはディバート達を見てニヤリとし、
「おっと。高級なものだったのに、落としてしまったよ」
ディバートとナスカートが呆然としているうちに、ライターはイサグ達の遺体の上に落ち、巻かれていた液体燃料に火を点けた。ボオオッと炎が巻き上がり、パルチザンの遺体を焼き尽くして行く。中にはまだ息のある者もいたのか、絶叫が聞こえた。
「これはほんの礼だ。貴様らにしてやられたな」
ラルゴーは葉巻をディバートの喉に押しつけた。
「ぐうっ!」
ディバートは身をよじったが、ラルゴーに髪を掴まれて動けない。ディバートの身体から汗が噴き出す。
「レーアを釣る餌だ。そう簡単には殺さんから、安心しろ」
ラルゴーの笑みは、まさに悪魔の笑みであった。




