第三十六章 その二 ディバートの叫び
イサグ・レンタースは、兄リームの最期をディバートとナスカートから聞き、ニヤッとした。ディバートとナスカートはその反応を見て顔を見合わせた。
「そうか。あの堅物の兄貴がね……。好きな女に抱かれて死ぬなんてさ……。驚いたぜ」
イサグの顔は笑っていたが、目には涙が浮かんでいた。ディバートはイサグの肩に手をかけて、
「そうだ。リームは決して犬死にした訳じゃない。俺達にとってこの上ない味方になる女性を助けてくれたんだ」
イサグは涙を拭いながら、
「その女は誰なんだ? きっといい女なんだろうな」
「ああ、そりゃね。美人だぜ。ちょっと気が強いけどな」
ナスカートが肩を竦めて言った。イサグはナスカートを見て、
「名前、何て言うのさ?」
「レーアだよ」
「レーア?」
イサグはピクンと身を動かした。周りのパルチザン達はざわつき始め、険悪な空気が漂う。イサグは探るような目で、
「レーアって、まさか……?」
「そのまさかだ。レーア・ダスガーバン。ザンバースの愛娘だよ」
ディバートはわざと大声で言った。イサグ達は一斉に、
「何だって!?」
ナスカートはムッとして、
「おいおい、その言い方、気になるな。どういう事だよ?」
「どういう事だって? ナスカート、こいつらの肉親や友人は、ザンバースのせいで命を失ったんだぞ。俺の兄貴が、いくら何でもザンバースの娘を好きになったなんて、許せると思うか?」
イサグは怒りに満ちた目でナスカートに言い放った。
「イサグ……」
ディバートとナスカートは一瞬言葉を失った。イサグは両手を握りしめて、
「ザンバースの娘なんて、八つ裂きにしたって飽き足らないぜ!」
と怒鳴った。ディバートはしばらく黙っていたが、
「イサグ、そんな考え方じゃ、ザンバースには勝てないぞ」
「何だって!?」
イサグはムッとしてディバートを睨んだ。ディバートはMCMー208を見て、
「ザンバースはレーアを娘として扱わない決意をした、とレーアから聞いた。つまり、奴は肉親への情を捨てたんだ。そうまでして今の体制を守ろうとしている男を、ザンバースの娘だとか何だとか、血縁の事で揉めているような連中が、打倒できると思うか?」
「……」
イサグの両拳が緩み、下がった。ナスカートがニヤッとして、
「そうさ。レーアだって同じだ。もうザンバースは彼女にとって父親じゃない。敵なんだ」
「しかし……」
イサグは再び反論しようとした。しかしディバートが、
「レーアだって、実の父親が、実の伯父を殺すという苦い体験をしているんだ。お前らと大差ないと思うがな」
するとナスカートが、
「いや、レーアの方が、俺達を含めた、ここにいる誰よりもずっと苦しんでいるし、悲しんでいる。ダスガーバン家に生まれなければ、彼女はもっと平和に暮らしていたはずだからな」
といつになく真剣な表情で話した。ディバートはその時ヘリコプターの駆動音を聞きつけ、上を見た。
「はっ!」
丘陵の向こうから、次々にヘリコプターが現れ、更に上空には何機もの戦闘機が飛来している。
「い、いつの間に……」
イサグは歯軋りして対戦車砲を手にした。ナスカートとディバートは戦闘機に走り、飛び乗った。
「ラルゴーめ、たったこれだけの人数を殺すのに、何て大部隊で来やがるんだ!?」
イサグが呟くと、パルチザンの一人が、
「ヘリが来るぞ」
と叫んだ。ヘリコプターは丘陵の砂塵を巻き上げ、スーッとイサグ達に向かって降下して来る。
「やろう!」
ナスカートのMCMー209の機銃が唸る。しかし、ヘリコプターはビクともしない。ディバートはヘルメットを被り、
「ナスカート、上昇するぞ。イサグ達から敵を引き離すんだ」
「了解」
二機は急速上昇し、上空の戦闘機に向かった。
ラルゴーはヘリの一機に搭乗していて、
「バカめ、囮になるつもりか。俺にはそんな作戦は通用しないぞ」
ナスカートは敵機を見て仰天していた。
「おい、ディバート、相手が悪いぜ。こいつは……」
「帝国軍きっての爆撃機、SVSー777だ」
SVSー777は、元々旧帝国軍の残存部隊「グハマン」が、科学者を何人も誘拐し、連邦政府打倒のために開発させた爆撃機である。「グハマン」滅亡後、ザンバースは同タイプを大量生産させ、オセアニア州に二百機配備させていた。性能ではMCMシリーズを遥かに凌ぎ、基本操作はコンピュータ制御になっているので、ミスで撃墜される事はまずない。
「やってやろうじゃないの!」
ナスカートは操縦桿を引き、上昇した。敵機五機のうち二機が、ナスカート機を追った。